079 ちいさなおみせの下準備
――ちいさなおみせの下準備――
「あと、おじさん!」
ぼくは小さな荷車の横で、もう一度声をかけた。
「お? まだ何かあるのか?」
「ほぞんにつかえる、いれものある?」
「保存容器か?」
おじさんは、ちょっと驚いた顔をした。
「今度は保存容器か。何を入れるつもりなんだ?」
「まだ、いろいろ!」
「……まだ決めてないのか?」
「うん!」
おじさんは、ぼくの顔を見てから笑い出した。
「はははっ! 鍋のときと同じだな!」
「えへへ!」
「まあ、いろいろ使いたいなら、同じものを何個も買うより、種類を分けた方がいいだろうな」
そう言って、おじさんは店の棚へ向かった。
ぼくも後ろをついていく。
棚には、大きさも形も違う容器がたくさん並んでいた。
丸い壺。
細長い瓶。
木で作られた箱のような容器。
蓋が付いているものもあれば、付いていないものもある。
「まずは、これだな」
おじさんが取り出したのは、小さな陶器の壺だった。
「乾燥豆や塩、香草なんかを入れるなら、こういうのが使いやすいぞ」
「ふたもある!」
「ああ。ちゃんと蓋をしておけば、虫や湿気が入りにくくなるからな」
「じゃあ、これ、ふたつ!」
「二つだな」
おじさんは、同じ壺をもう一つ並べた。
「それから、液体を入れるなら、こっちの方がいい」
次に取り出したのは、少し細長い陶器の瓶だった。
さっきの壺よりも、蓋がしっかり閉まるようになっている。
「これなら、調味料なんかを入れるのに向いてるぞ」
「これも、ひとつ!」
「よし」
最後に、おじさんは木製の容器を持ってきた。
「こっちは乾いた食べ物を入れるのに使える。焼き菓子なんかにもいいな」
「おかし!」
思わず、木製の容器を覗き込む。
今はまだ何を作るか決めていない。
でも、お菓子を作って売るのも楽しそうだった。
「これも、ふたつ!」
「はいよ。これで全部か?」
「うん!」
おじさんは選んだ容器を並べ、値段を確認した。
小さな蓋付きの陶器壺が二つ。
蓋がしっかり閉まる陶器瓶が一つ。
蓋付きの木製容器が二つ。
全部で五つになった。
「合わせて、銅貨三十四枚だな」
「さんじゅうよんまい!」
さっき買った鍋や調理道具と合わせると、結構なお金になる。
でも、材料をきちんと保管するためには、必要な道具だと思った。
「これ、ください!」
「はいよ。ただし、買う前に一つ覚えておけよ」
「なに?」
おじさんは陶器の壺を手に取った。
「保存容器に入れたからって、何でも長持ちするわけじゃないぞ」
「そうなの?」
「ああ。乾燥豆や塩なんかはいいが、肉や料理したものは別だ」
おじさんは、さっき買った鍋に目を向けた。
「特にスープなんかは気をつけろよ。今日作ったものを、明日も売ろうなんて考えるんじゃないぞ」
「どうして?」
「傷んでしまうからだ。見た目や匂いだけじゃ、分からないこともある」
「そっか……」
「容器は便利だが、食べ物が傷まなくなるわけじゃない。売るものなら、なおさら気をつけないとな」
「うん! きをつける!」
おじさんは満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ、割らないように持って帰るんだぞ」
「はーい!」
選んだ容器を確認して、銅貨三十四枚を支払った。
◇ ◇ ◇
「おじさん! さっきのにぐるま、もういっかい、つかっていい?」
「ん? ああ、構わんぞ」
ぼくは、小さな荷車のところへ戻った。
荷台には、さっき買った鍋を載せる。
鍋の中には、おたまと木べら。
その隣に、今買った保存容器を並べてみた。
「おお!」
まだ、荷台には少し余裕がある。
あみぐるみや毛糸も載せられそうだ。
「おじさん! ちょっとおしてみる!」
「おう。ゆっくりな」
両手で持ち手を握る。
ぐっと力を入れて、前へ押してみた。
ころころ……。
「おせる!」
「ははっ! そりゃ、まだ中身が空っぽだからな」
「あ!」
確かに、今載せている容器には、何も入っていない。
ここに豆や調味料を入れたら、もっと重くなる。
それに、料理の材料や商品まで載せるとしたら、どうだろう。
「いっぱいのせたら、おもくなる?」
「当然だ。だから、買ったとしても、最初から何でも積もうとするなよ」
「うん!」
「実際に使うときは、少しずつ荷物を増やして、どれくらい運べるか確かめるんだ」
「わかった!」
ぼくは、もう一度荷車を押してみた。
ころころ……。
鍋。
おたま。
木べら。
保存容器。
今はまだ、中身のない道具ばかりだ。
でも、ここに材料を入れて、作った商品を載せたら……。
「えへへ!」
また、楽しくなってきた。
◇ ◇ ◇
「それにしても……」
雑貨屋のおじさんが、荷台を眺めながら腕を組んだ。
「鍋に、おたまに、木べら。それから保存容器まで買ったのか」
「うん!」
「それで、自分で動かせる小さな荷車まで探してるんだよな?」
「うん!」
「…………」
おじさんは、しばらく何かを考えていた。
そして、ぼくの顔をじっと見た。
「なあ、坊主」
「なに?」
「お前、もしかして……自分の店を作ろうとしてるのか?」
「……!」
思わず、荷車を見た。
自分のお店。
まだ、建物を買ったり建てたりするお金なんてない。
それに、どこで何を売るのかも、ちゃんと決めていない。
でも、荷車があればどうだろう。
あみぐるみを並べることもできる。
料理の材料や道具を運ぶこともできる。
場所を決めて、そこで商品を売ることだって、できるかもしれない。
もちろん、料理をするときは大人に手伝ってもらわないといけないし、勝手にどこでも売っていいわけじゃない。
それでも、少しずつ準備を進めることはできそうだった。
「えへへ!」
「……やっぱり、何か考えてるな?」
おじさんが笑った。
そのときだった。
「……おい、坊主」
通りの向こうから、行商人のおじさんの声が聞こえてきた。
「なに?」
顔を上げると、行商人のおじさんも荷車を見ていた。
鍋と調理道具。
新しく買った保存容器。
そして、ぼくが押している小さな荷車。
行商人のおじさんは、それらを順番に見てから、ゆっくり口を開いた。
「お前……俺が町を出た後も、商売を続けるつもりだろ?」
「……えへへ!」
雑貨屋のおじさんと、行商人のおじさん。
二人とも、ぼくの顔を見ていた。
どうやら、何を準備しているのか、少しずつ分かってきたみたいだ。
ぼくは、もう一度荷車を見た。
まだ、この荷車を買うと決めたわけじゃない。
何を作って売るのかも、これから考えなきゃいけない。
でも、自分の道具が少しずつ増えている。
自分で考えて、自分で準備して。
いつか、この小さな荷車がお店になったら。
そう思うと、今から楽しみで仕方がなかった。




