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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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077 はじめての設備投資

――はじめての設備投資――


雑貨屋の主人に頭を下げ、出口へ向かおうとした。


けれど、その途中で、調理道具が並んでいる棚に目が留まった。


大小さまざまな鍋や木べら、おたまが並んでいる。


その中に、自分でも使えそうな小さな鍋を見つけた。


「……あ!」


思わず足を止める。


「おじさん!」


「おや、どうした? 忘れ物かい?」


「ちがう! これ、かいたい!」


君が指差したのは、小さな片手鍋だった。


主人が少し驚いた顔をする。


「鍋を? 坊主、料理もするのか?」


「うん! でも、おおきいのはおもいから、ぼくでもつかえるのがいい!」


「なるほどな。小さい方が扱いやすいってわけか。ちょっと待ってろ」


主人は棚から鍋を下ろし、君の前に置いた。


「ほら。持ってみな」


「うん!」


両手で鍋を抱える。


思っていたよりもしっかりした重さがあったけれど、何とか持ち上げられた。


「どうだ?」


「もてる!」


「おお、ちゃんと持てたな!」


主人が笑う。


「でもな、中に水を入れたら、もっと重くなるぞ」


「うん。きをつける!」


「それに、火にかけた鍋は熱くなる。料理をするときは、お母さんか大人と一緒だぞ」


「はーい!」


「返事はいいな。ちゃんと守るんだぞ?」


「うん!」


空の鍋なら持てても、水やスープが入った鍋を安全に運べるとは限らない。


ましてや、火を使うときは大人に手伝ってもらわなければならない。


それでも、自分の鍋があれば、今までよりできることが増えるかもしれなかった。


以前、行商人のお店でスープを売ったときは、行商人の鍋や道具を使っていた。


けれど、自分の道具があれば、行商人がいないときでも、母に手伝ってもらいながら料理ができる。


「おじさん、これ、いくら?」


「その鍋か? 銅貨三十八枚だ」


「さんじゅうはちまい……」


君は鍋を見つめた。


安い買い物ではない。


けれど、鍋は一度使ったらなくなってしまうものではない。


大切に使えば、何度も料理ができる。


そう考えると、やっぱり欲しくなった。


ただ、鍋だけでは料理はできない。


隣の棚には、おたまと木べらも並んでいた。


「おじさん。これも、いる?」


「おたまと木べらか? 何を作るかにもよるな」


主人は棚の商品を見比べる。


「鍋だけでも料理はできるが、スープをすくうなら、おたまがあった方が便利だ。混ぜるなら木べらだな」


「じゃあ、いる!」


「おやおや、ずいぶん早い返事だな」


「じぶんのどうぐで、つくりたいの!」


「家の道具を借りるんじゃなくてか?」


「うん! おかあさんのどうぐじゃなくて、ぼくの!」


主人は少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。


「なるほどな。自分の商売に使う道具は、自分でそろえたいってわけか」


「うん!」


「そりゃ立派な心がけだ。だが、買いすぎるなよ?」


「かいすぎないよ!」


「本当か?」


「ほんとう!」


「はははっ! じゃあ、必要なものだけ選んでみな」


母が普段使っている道具を借りれば、お金を使わずに済むかもしれない。


けれど、母が料理をしているときには使えないし、借りた道具を傷つけてしまう可能性もある。


何より、自分の商売に使うものは、自分のお金でそろえたかった。


ただし、だからといって何でも買うつもりはない。


今必要なものだけを選ぶ。


君は棚を眺めながら、鍋と一緒に使う道具を考えた。


スープをすくうためのおたま。


材料を混ぜるための木べら。


まずは、この三つがあればよさそうだった。


「おじさん! これと、これも!」


「よし、決まりだな。値段を確認しようか」


主人が商品を一つずつ並べる。


「小さな片手鍋が銅貨三十八枚。木製のおたまが六枚。小さな木べらが四枚」


そして、指で数えながら続けた。


「合わせて……銅貨四十八枚だ」


「よんじゅうはちまい!」


「そう。ちゃんと払えるかい?」


「うん!」


財布から銅貨を取り出し、数を間違えないように並べていく。


「いち、に、さん……」


主人も隣で見守りながら、声を合わせて数えた。


「……四十八枚。よし、ぴったりだ」


「まちがってない?」


「間違ってないとも。確かに四十八枚だ」


主人が銅貨を受け取り、にっこり笑う。


「毎度あり!」


「ありがとう!」


ちゃりん、と最後の銅貨が主人の手元に落ちた。


主人は鍋の中におたまと木べらを入れ、持ち帰りやすいように包んでくれた。


「ほら、忘れ物はないか?」


「うん! なべ、おたま、へら!」


「よし、全部あるな」


包みを渡しながら、主人がふと思い出したように尋ねる。


「それにしても、今度は調理道具か。あみぐるみだけじゃなく、料理まで始めるつもりなんだな」


「うん! おりょうりもする!」


「へえ。ところで、何を作るんだ?」


君は包みを抱えたまま、にこっと笑った。


「えへへ! まだきめてない!」


「まだ決めてないのかい?」


「うん!」


「はははっ! 何を作るか決める前に、道具を買ったわけか!」


「でもね、これがあったら、いろいろつくれるよ!」


「まあ、それもそうだな」


主人は頷きながら、包みの紐をきゅっと結び直した。


「大切に使うんだぞ。鍋も、おたまも、木べらもな」


「うん! たいせつにつかう!」


「それから、火を使うときは?」


「おかあさんか、おとなといっしょ!」


「よし、合格だ」


主人は満足そうに笑った。


先ほどまでは、商品の値段を調べに来ただけだった。


けれど、今度は実際に買い物をした。


雑貨屋の主人にとっても、これで自分は商品を見に来るだけの子供ではなく、お金を払って買い物をするお客さんになった。


これから材料を買いに来ることもあるだろうし、ほかにも必要な道具が見つかるかもしれない。


また一つ、町のお店とのつながりができたようで嬉しかった。


◇ ◇ ◇


買った道具を確認しながら、帳面を開いた。


今日使ったお金は、銅貨四十八枚。


まずは、忘れないように記録しておく。


けれど、そこで少し考えた。


毛糸やボタンを買ったときは、あみぐるみを作るための材料費になる。


石鹸を仕入れたときも、売るための商品を買ったことになる。


でも、鍋は違う。


一度スープを作ったからといって、鍋がなくなるわけではない。


次の日も、その次の日も使える。


おたまも木べらも同じだった。


「……あ!」


以前、行商人に教えてもらったことを思い出す。


商売では、商品を売って受け取ったお金が、そのまま全部自分の利益になるわけではない。


材料を買うお金も必要だし、道具をそろえるためのお金も必要になる。


今回買った鍋は、材料ではなく、何度も使うための道具だった。


帳面に、銅貨四十八枚を使ったことと、買った道具を書き残す。


もし、この鍋を使って二十回スープを作るとしたら、一回目のスープだけに四十八枚全部を負担させるのは、何だかおかしい。


かといって、一度買えば永久に使えるわけでもない。


使っているうちに傷んだり、壊れたりすることもある。


いつか買い替えることまで考えたら、道具に使ったお金も、少しずつ料理の費用として考える必要がありそうだった。


「……むずかしい」


まだ、どう計算すればいいのかまでは分からない。


けれど、材料を買うことと、何度も使う道具を買うことは違う。


その違いだけは、覚えておこうと思った。


帳面を閉じて、買ったばかりの鍋を眺める。


今まで、スープを売るときは行商人の道具を使わせてもらっていた。


でも、これからは違う。


もちろん、料理をするときには母や大人に手伝ってもらう必要がある。


それでも、道具そのものは自分のものだ。


母が料理をしていても、道具を借りる必要はない。


行商人が別の町へ行ってしまっても、自分の鍋は手元に残る。


あみぐるみを作るための材料。


それを売るために覚えた工夫。


そして、新しく手に入れた料理の道具。


まだ、何を作るかは決まっていない。


けれど、自分のお金で買った小さな鍋を見ていると、これから何ができるだろうと、考えるだけで楽しくなってきた。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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