076 ちいさなぼくの仕入先
――ちいさなぼくの仕入先――
行商人は帳簿を開き直し、何やら計算を始めていた。
向かいの雑貨屋へ挨拶に行っただけなのに、どうしてそんなに困っているのだろう。
不思議に思いながら、店先に置いてある荷物を眺める。
片付けられた商品に、使い終わった道具。そして、あみぐるみを作るための材料。
「……あ!」
そこで、ふと思いついた。
さっき行った雑貨屋にも、毛糸やボタンが置いてあった。
もしかしたら、行商人のお店より安く買えるものがあるかもしれない。
「おじさん!」
「……今度はなんだ?」
「もういっかい、ざっかやさんにいってくる!」
行商人の手が止まった。
「……は?」
「ちょっと、きいてくるね!」
「待て待て! 今度は何を聞きに行くんだ!」
「ざいりょう!」
「材料?」
「うん! あみぐるみの!」
行商人は、しばらくこちらを見つめていた。
それから、大きなため息をつく。
「……今度は向かいの店で材料を買うつもりか?」
「まだわかんない!」
「……そうか」
「やすかったら、かうかも!」
「俺の目の前で競合店の値段を調べに行くのか……」
行商人が苦笑した。
けれど、すぐに頷く。
「まあ、仕入れ値を比べるのは悪いことじゃない。行ってこい」
「うん!」
「ただし、安いからって必要のないものまで買ってくるなよ」
「はーい!」
行商人に手を振り、再び雑貨屋へ向かった。
◇ ◇ ◇
「こんにちは!」
雑貨屋へ入ると、先ほど挨拶をした主人が振り返った。
「おや? 坊主、また来たのか?」
「うん!」
「何か忘れ物でもしたか?」
「ちがうよ!」
主人が不思議そうに首を傾げる。
「あのね、おじさん。ここでも、あみぐるみのざいりょう、かえる?」
「もちろんだ。何が欲しいんだ?」
「けいとと、ぼたんと、いと!」
「それなら、こっちだな」
主人が棚を指差した。
そこには毛糸や縫い糸、さまざまな大きさのボタンが並んでいる。近くには、あみぐるみの中に使えそうな詰め物もあった。
「わあ!」
さっそく値段を確かめる。
これまでは、必要な材料を行商人から買うことが多かった。
でも、雑貨屋でも買えるなら、どちらのお店で買うか選ぶことができる。
しかも、ここは町にあるお店だ。
行商人が別の町へ行ってしまっても、必要なときに買いに来られる。
「……なるほどな」
主人が、こちらの様子を見て笑った。
「向かいの行商人と値段を比べているのか?」
「うん!」
「ははっ! 正直だな!」
「だって、おなじなら、やすいほうがいいでしょ?」
「そりゃそうだ。俺だって仕入れるときは比べるよ」
主人は楽しそうに頷いた。
けれど、実際に比べてみると、全部が雑貨屋の方が安いわけではなかった。
毛糸は、行商人のお店の方が種類が豊富で、まとめて買うなら少し安い。
詰め物は、どちらもほとんど同じ値段。
ところが、ボタンと縫い糸は雑貨屋の方が安かった。
特にボタンは、必要な数だけ買えるのが嬉しい。
あみぐるみの目に使うボタンは、作るものによって大きさも色も違う。たくさん買っても、使わないものが残ってしまうかもしれない。
「おじさん!」
「なんだ?」
「ぼたんといとは、こっちでかうかも!」
「おっ、そうか! 毎度あり!」
主人が嬉しそうに笑った。
けれど、商品を取ろうとしたところで、こちらが何も持っていないことに気づいたらしい。
「……あれ? 今日は買わないのか?」
「うん! まだあるよ!」
「なるほど。今すぐ必要なわけじゃないんだな」
「うん!」
安く買えるのは嬉しい。
でも、使う予定のない材料まで買ってしまえば、その分だけ手元のお金が減ってしまう。
今はまだ材料が残っているのだから、必要になったときに買えばいい。
今日は、どこに何が売っているのか、値段がいくらなのかを覚えておくことにした。
「それなら、必要になったら買いにおいで」
「うん!」
そう答えてから、もう一つ気になることができた。
「ねえ、おじさん」
「今度はなんだ?」
「ぼくが、あみぐるみいっぱいつくるようになったら、いっぱいかったら、もっとやすくなる?」
主人が目を丸くした。
それから、声を上げて笑う。
「はははっ! 今度はまとめ買いの値引きか!」
「だめ?」
「いや、駄目じゃないぞ。買ってくれる数によるな」
主人は棚からボタンを取り出し、分かりやすく説明してくれた。
例えば、二個だけ買う場合と、二十個まとめて買う場合。さらに、五十個まとめて買う場合。
一度にたくさん買ってもらえれば、包装や会計の手間が少なくなる。その分、少し安くできることもあるという。
「でもな、俺だって仕入れるときに金を払っているんだ。何個でも安くできるわけじゃないぞ」
「そっか!」
「それに、種類によっても違うからな。実際に買うときに相談してくれ」
「うん!」
今すぐ大量に買うつもりはない。
けれど、もしこれからもっとたくさんのあみぐるみを作るようになったら、まとめて材料を買った方が安くなるかもしれない。
そのときに、また相談すればいい。
主人はボタンを棚に戻しながら、ふと尋ねてきた。
「ところで、向かいの行商人から材料を全部買う約束はしていないのか?」
「してないよ?」
「そうなのか。てっきり、あの人から仕入れることになっているのかと思っていたよ」
「ちがうよ!」
「じゃあ、どこで買うかは自由なんだな?」
「うん!」
主人は納得したように頷いた。
「それなら、うちも遠慮なく商売させてもらおうかな」
「えへへ! よろしくね!」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
改めて頭を下げると、主人も笑顔で応えてくれた。
これまでは、あみぐるみを作るために必要なものがあれば、行商人のお店で探していた。
でも、材料を売っているお店は一つだけではない。
毛糸なら、種類が豊富でまとめ買いもできる行商人。ボタンや縫い糸なら、必要な分だけ安く買える雑貨屋。
詰め物は値段がほとんど同じだから、必要になったときに買いやすい方を選べばいい。
値段だけでなく、種類や品質、必要な量も考えて決められる。
それに、行商人がいない間でも買えるというのは、大きな違いだった。
今まで、どうすれば作ったものを買ってもらえるか、たくさん考えてきた。
けれど、作るための材料をどうやって買うかによっても、手元に残るお金は変わってくるらしい。
「じゃあ、おじさん、またね!」
主人に頭を下げ、出口へ向かおうとした。




