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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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069 はじめての仕入れ

――はじめての仕入れ――


香草石鹸を見る。


十個。


その隣には。


香り油の小瓶。


六本。


どちらも。


あまり売れていない。


でも。


同じ香りがする。


「…………」


しばらく二つを見比べてから。


行商人を見る。


「おじさん」


「ん?」


香草石鹸を指差す。


「そのせっけん、ぜんぶと」


次に。


香り油を指差す。


「においのあぶら、ひとつ」


「……まさか」


「ぼくがかってもいい?」


行商人が黙った。


すぐには返事をしない。


こちらを見る。


それから。


香草石鹸を見る。


「全部か?」


「うん」


「石鹸十個と、香り油を一瓶?」


「うん!」


今までとは違う。


蜜蝋と木箱は。


行商人の商品だった。


豆と干し肉も。


行商人の商品だった。


売れなかったとしても。


自分の商品が残るわけではなかった。


でも。


今回は。


「それでね」


「まだあるのか?」


「うん!」


香草石鹸を指差す。


「ぼくが、せっけんのうりかた、じっさいにみせてあげる!」


「…………」


行商人の眉が上がった。


少しして。


口元が緩む。


「なるほどな」


「いい?」


「待て」


「?」


「まず値段だ」


「あ」


買うなら。


お金がいる。


行商人が帳簿を開いた。


香草石鹸の仕入れ。


普段の売値。


香り油の値段。


一つずつ確認していく。


横から覗き込む。


数字は見える。


でも。


次々と書かれているものを全部まとめて計算するのは難しい。


「普通に一個ずつ売る値段で計算すると――」


行商人が数字を書く。


「全部で銅貨百六十五枚だ」


「ひゃく……」


指では足りない。


もちろん。


目の前に並べても、すぐには数えられない。


「ひゃくろくじゅうご?」


「ああ」


「…………たかい」


「そりゃそうだ。十個と一瓶だからな」


自分のお金を思い浮かべる。


払えないわけではない。


でも。


簡単に出していい数ではない。


行商人は帳簿を見ながら。


少し考えた。


「ただ――」


「?」


「十個まとめて買うなら、同じ値段にはしなくていい」


「やすくなる?」


「ああ」


「なんで?」


「俺にも得があるからだ」


「おじさんも?」


「ああ」


行商人が石鹸を指差す。


「一個ずつ売れるのを待つなら、いつ売れるか分からん」


「うん」


「その間、ずっと荷馬車に積んでおくことになる」


「あ」


さっき聞いたことだ。


売れないものも。


荷馬車の場所を使う。


「でも、お前が十個まとめて買うなら、俺は今日ここで全部売れる」


「ぜんぶなくなる」


「そういうことだ」


だから。


一個ずつ売るときより。


少し安くできる。


でも。


いくらでも安くなるわけではない。


行商人がしばらく計算する。


待つ。


まだ計算している。


「…………」


待つ。


「いくら?」


「急かすな」


「うん」


また待つ。


やがて。


行商人の手が止まった。


「石鹸十個と、香り油一瓶」


「うん」


「まとめて銅貨百二十五枚」


「ひゃくにじゅうご……」


百六十五枚から。


百二十五枚。


安くなった。


でも。


やっぱり大きい。


「これより下げると、俺の仕入れ値に近くなりすぎる」


「おじさん、もうからない?」


「そういうことだ」


売れないからといって。


何でも安くしてくれるわけではない。


行商人も。


仕入れるときにお金を払っている。


「どうする?」


「…………」


すぐには答えず。


自分のお金を確かめる。


白猫を渡して。


残りのお金も受け取った。


マフラーを売ったお金もある。


でも。


持っているものが全部。


好きに使っていいお金ではない。


母に返す材料のお金。


次に何かを作るために必要なお金。


分けて考えなければならない。


行商人にも手伝ってもらいながら。


使っていい分だけを確かめる。


百二十五枚。


払える。


でも。


払ったら。


その分はなくなる。


石鹸が売れなければ。


戻ってこない。


「一つ確認するぞ」


「うん」


行商人が石鹸を指差した。


「お前が買ったあと、売れなかったから返すってのはなしだ」


「…………」


「十個全部残っても、お前の物だ」


石鹸を見る。


十個。


一個なら。


それほど多く見えない。


でも。


十個並ぶと。


ちゃんと多い。


「俺は買い戻さない」


「ぜんぶ、ぼくの?」


「ああ」


「うれなくても?」


「お前のだ」


「…………」


少しだけ。


怖くなる。


今までは。


売れなかったら。


どうすれば売れるのか考えればよかった。


今回は。


売れなかったら。


自分のお金が。


売れない石鹸に変わったままになる。


「それでも買うか?」


「…………」


香草石鹸を見る。


香り油を見る。


同じ香り。


考えていたことを。


もう一度、頭の中で確かめる。


絶対に売れる。


そんなことは分からない。


今までだって。


果実水は余った。


試して。


うまくいかなかったこともある。


それでも。


「うん!」


頷く。


「かう!」


「分かった」


自分のお金を出す。


一枚。


二枚。


三枚。


途中で分からなくならないように。


十枚ずつ分ける。


行商人にも確認してもらう。


十枚。


二十枚。


三十枚。


少しずつ。


目の前のお金が減っていく。


百枚を越えるころには。


さっきよりも。


石鹸十個が大きく見えた。


最後の五枚。


行商人が数を確かめる。


「百二十五枚。確かに受け取った」


「…………」


お金を見る。


石鹸を見る。


「これ、ぼくの?」


「ああ」


「ぜんぶ?」


「十個全部。それと香り油一瓶もな」


「…………」


もう。


行商人の商品ではない。


自分の商品だ。


売れれば。


受け取ったお金は自分のもの。


売れなければ。


残る石鹸も自分のもの。


「なんか……」


「なんだ?」


「へんなかんじ」


「自分で仕入れたからな」


「しいれ?」


「売るための商品を、自分で買うことだ」


「これが?」


「ああ」


石鹸を見る。


買った。


でも。


使うためではない。


売るために買った。


「しいれ……」


新しい言葉を。


小さく繰り返す。


行商人が少し面白そうに笑った。


「それで?」


「?」


「買ったんだろ?」


「あ」


「どう売る?」


行商人を見る。


今度は。


すぐに笑う。


「それを、いまからみせる!」


「分かった。見てるよ」


行商人は。


それ以上、口を出さなかった。


今回は。


自分の商品だから。


◇ ◇ ◇


まず。


香草石鹸を一つ取り出す。


でも。


すぐには売り場へ並べない。


次に。


買った香り油を置く。


同じ香り。


二つを見比べる。


「…………」


香草石鹸が売れなかった理由。


普通の石鹸でも。


身体は洗える。


なのに。


香りが付いているだけで。


値段は高くなる。


だから。


買わない人が多かった。


蜜蝋のときは。


何に使うのか分からなかった。


だから。


実際に使うところを見せた。


豆のときは。


この町でも作っているから。


わざわざ買う理由が少なかった。


だから。


干し肉と一緒にスープにした。


食べてもらって。


家でも作れるようにした。


でも。


この石鹸は違う。


洗い方が分からないわけではない。


石鹸の使い方なら。


みんな知っている。


「…………」


普通の石鹸より。


高い。


だったら。


安くすれば売れるかもしれない。


でも。


それでは。


せっかく高いお金を出して買った意味がない。


百二十五枚。


自分のお金で買った。


安くしすぎれば。


売れても。


お金が戻ってこない。


「…………」


石鹸を鼻に近づける。


いい匂い。


次に。


香り油。


こっちは。


もっと強い。


同じ香り。


「…………」


必要なのは。


安くすることではない。


この匂いがあるから。


これが欲しい。


そう思ってもらうこと。


行商人は。


何も言わない。


腕を組んで。


こちらを見ている。


石鹸を見る。


香り油を見る。


もう一度。


石鹸を見る。


今度は。


自分のお金がかかっている。


失敗しても。


行商人の商品が残るわけではない。


自分の商品が残る。


だから。


今までより。


少しだけ慎重に考える。


それでも。


試してみたい。


行商人が笑った。


「よし、商人さん」


「?」


店先に。


少し場所を空ける。


「その売れなかった石鹸を、どうやって売るのか見せてもらおうか」


「うん!」


香草石鹸十個。


香り油一瓶。


初めて。


売るための商品を。


自分のお金で買った。


ここから先は。


売れても。


売れなくても。


自分の商売だ。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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