068 同じ香りの売れないもの
――同じ香りの売れないもの――
蜜蝋。
木箱。
乾燥豆。
今まであまり売れていなかったものも。
見せ方や使い方を変えると、買ってもらえることがあった。
でも。
店には、まだ気になるものが残っている。
「…………」
香草の入った石鹸。
前に聞いた。
十一個持ってきて。
売れたのは一個。
普通の石鹸より高い。
いい匂いはするけれど。
身体を洗うだけなら、普通の石鹸でもいい。
だから。
香りのために余分なお金を払いたい人でなければ、なかなか買わない。
一つ手に取る。
鼻に近づける。
「いいにおい……」
前にも嗅いだ匂い。
「…………?」
少し考える。
どこかで。
似た匂いを嗅いだような気がする。
石鹸を見る。
荷馬車を見る。
「おじさん」
「ん?」
「このにおい」
「香草石鹸か?」
「うん」
もう一度嗅ぐ。
「においだけのも、なかった?」
「匂いだけ?」
「ちいさいびん」
「ああ」
行商人が荷馬車の奥を見る。
「香り油のことか?」
「たぶん」
「待ってろ」
荷馬車の中を探して。
小さな瓶を何本か取り出した。
「これか?」
「みせて!」
受け取る前に。
行商人が一本の蓋を開ける。
「嗅ぐだけだぞ」
「うん」
鼻を近づける。
「…………!」
香草石鹸より。
ずっと強い。
思わず少し顔を離す。
「つよい」
「そりゃ石鹸より濃いからな」
「でも、おなじ?」
「同じ香草から取った香りだ。石鹸にも、こいつを少し使ってる」
「へぇ……」
石鹸を嗅ぐ。
次に。
瓶から漂う香りを嗅ぐ。
確かに似ている。
「これも、うってる?」
「ああ」
「うれる?」
「……あんまり売れてないな」
「これも?」
「ああ」
まただ。
香草石鹸も。
香り油も。
あまり売れていない。
「なんで?」
「こいつは、何に使うのか分からんって奴が多い」
「みつろうとおなじ?」
「少し似てるな」
蜜蝋も。
最初はそうだった。
何に使うのか分からない。
説明されても。
実際にどう使うのか、よく分からなかった。
「これ、どうつかうの?」
「まず、肌につけるために作ったものじゃない」
「ぬらない?」
「ああ。直接身体に塗るのはやめた方がいい」
「じゃあ、どこ?」
行商人が近くにあった布を指差す。
「こういう布に、ほんの少し香りをつけたりする」
「ぬの?」
「ああ。あとは、使い方を分かってる奴なら、適切に薄めて部屋の香り付けに使うこともできる」
「へやが、いいにおい?」
「そういう使い方だな」
「へぇ……」
もう一度。
小さな瓶を見る。
いい匂い。
でも。
知らなければ。
何のための油なのか分からない。
「これも、ずっとある?」
「まあな」
行商人が瓶を並べる。
数えてみる。
「いち、に、さん、し、ご、ろく」
六本。
「ろっこ?」
「ああ」
「いっこも、うれてない?」
「少しは売れた。今残ってるのが六本だ」
「ふーん……」
香草石鹸を見る。
「せっけんは?」
「今は十個だ」
「じゅっこ」
石鹸。
十個。
香り油。
六本。
どちらも。
たくさん残っている。
「これも、くさる?」
「すぐ駄目になるような物じゃない」
「じゃあ、だいじょうぶ?」
そう聞いて。
すぐに。
「あ」
気づく。
荷馬車を見る。
行商人が笑った。
「分かったか?」
「ばしょつかう」
「そういうことだ」
すぐに腐らなくても。
売れなければ。
ずっと荷馬車に載せておかなければならない。
その場所には。
もっと売れるものを積めたかもしれない。
「…………」
香草石鹸を見る。
いい匂い。
でも。
普通の石鹸より高い。
次に。
香り油。
同じ匂い。
でも。
何に使うのか分からない人が多い。
「…………」
二つを近くに置く。
行商人がこちらを見る。
「…………」
こちらも見る。
「…………」
行商人が口を開きかけて。
止まった。
「?」
「いや」
「なに?」
「今度は俺から『どうする?』とは聞かん」
「あ」
前に決めたこと。
行商人も覚えている。
思わず笑う。
「こんかいは、いいよ?」
「それでもだ」
「なんで?」
「今回は協力って約束でも、何でも先に聞き出す癖をつけない方がいい」
「くせ?」
「商人としてな」
よく分からない。
でも。
行商人も。
少しずつ何かを考えているらしい。
「じゃあ、きいていい?」
「何をだ?」
「これ」
香草石鹸を指差す。
「ふつうのより、どれくらいたかい?」
「だいたい三割くらいだな」
「さんわり……」
分からない。
「どれくらい?」
「普通の石鹸を十枚の銅貨で買えるとしたら、こっちは十三枚くらいになるってことだ」
「さんこ、おおい?」
「そのくらいの差だと思えばいい」
「ふーん……」
石鹸を見る。
匂いはいい。
でも。
洗うだけなら普通のものでもできる。
その匂いのために。
多くお金を出してもらわなければならない。
次に。
香り油を見る。
「こっちは?」
「小瓶一つなら、石鹸より高い」
「もっとたかい?」
「ああ。ただ、一度に使う量はほんの少しだ」
「ちょっと?」
「そうだ。ちゃんと使えば、一瓶でかなり長く使える」
「…………」
香草石鹸。
普通の石鹸より高いから。
買わない人がいる。
香り油。
一つの値段はもっと高い。
それに。
何に使うのか分からない人が多い。
でも。
二つには。
同じ匂いがある。
「…………」
石鹸を嗅ぐ。
香り油の瓶を嗅ぐ。
やっぱり。
似ている。
同じ香り。
どちらも。
あまり売れていない。
でも。
売れない理由は。
同じではない。
「…………」
二つを並べたまま。
じっと見る。
まだ。
どうすればいいのかは分からない。
だから。
まず考える。
どうして売れないのか。
二つに。
一緒にできることがあるのか。
それとも。
別々に考えた方がいいのか。
答えは。
まだ出ていなかった。




