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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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065 蜜蝋と売れない木箱

――蜜蝋と売れない木箱――


もう一度、蜜蝋を見る。


黄色っぽい塊。


これを木にも使えると、行商人は言っていた。


でも。


まだ分からないことがある。


「おじさん」


「なんだ?」


「これ、きにつかったらどうなるの?」


「蜜蝋か?」


「うん」


行商人が一つ持ち上げる。


「ちゃんと使えば、木の表面を綺麗にしたり、傷みづらくしたりできる」


「きれいになる?」


「ああ。ただし――」


蜜蝋を軽く指で叩く。


「これをそのまま木に擦りつければ、何でも綺麗になるってわけじゃないぞ」


「?」


「使う物に合わせて手を加えて、薄く塗って、磨く。木の種類や状態によってもやり方は変わる」


「むずかしい?」


「何にでも同じやり方でいい、ってほど簡単じゃないな」


「…………」


蜜蝋を見る。


それから。


店の中を見る。


木箱。


削られた表面を指でなぞる。


「つるつるになる?」


「物によるが、磨けば艶も出るぞ」


「つや?」


「少し綺麗に光って見えるようになる」


「へぇ……」


黄色い塊をじっと見る。


これを使ったら。


木が少し綺麗になる。


「…………」


視線が動く。


蜜蝋。


その隣。


小さな木箱。


さっき見たものだ。


七個持ってきて。


売れたのは、一個。


「…………」


木箱を見る。


蜜蝋を見る。


また木箱を見る。


行商人がその様子に気づいた。


「…………」


何も言わない。


木箱を一つ手に取る。


蓋を開ける。


閉じる。


表面を指でなぞる。


特別変な箱ではない。


壊れてもいない。


でも。


町の人には言われる。


箱なら家にある。


だから、わざわざ買う理由がない。


「…………」


その指を見る。


次に。


蜜蝋を見る。


九個。


一つも売れていない。


何に使うのか分からない人が多い。


木箱も売れない。


蜜蝋も売れない。


でも。


蜜蝋は、木に使える。


「…………あ」


小さく声が出た。


行商人の眉が上がる。


「…………」


こちらを見る。


蜜蝋を見る。


木箱を見る。


また、こちらを見る。


口を開きかけて――。


閉じた。


「…………?」


今度はこちらが首を傾げる。


行商人が腕を組んだ。


「聞かんぞ」


「?」


「その顔、何か思いついてるだろ」


「…………」


思わず木箱を見る。


それから蜜蝋。


「…………うん」


「やっぱりな」


行商人が笑った。


でも。


「何を思いついた?」


とは聞かなかった。


「さっき覚えたからな」


「?」


「続きを聞くなら、先に条件を決めるんだっただろ?」


「あ!」


そうだった。


忘れかけていた。


「やくそく!」


「そうだ」


行商人が笑う。


「危ない危ない。また無料で聞くところだった」


「…………」


そこで少し考える。


行商人を見る。


蜜蝋を見る。


四冊の魔法書も見る。


「おじさん」


「なんだ?」


「こんかいは、いいよ」


「……何が?」


「やくそく」


「ん?」


「おかねとか、きめなくていい」


行商人が眉を上げた。


「いいのか?」


「うん!」


「さっきまで、考えたことにも価値があるって話をしてたのに?」


「うん」


「なのに今回はタダで教える?」


「うん!」


迷わず頷く。


行商人が少し不思議そうな顔をした。


「なんでだ?」


「だって」


少し考える。


うまく言える言葉を探す。


「ぼくも、おじさんにいっぱいおしえてもらったよ?」


「…………」


値段の決め方。


売上と儲けの違い。


材料のお金。


手数料。


売れない理由が、全部同じではないこと。


まだまだ他にもある。


「ぼくも、まだおべんきょうしてる」


「まあ、そうだな」


「だから、こんかいはいいの」


それだけではない。


自分の考えが、本当に役に立つのか。


まだ、自分でも分からない。


今まではうまくいったこともある。


でも。


果実水は余った。


作ってみなければ分からなかったこともある。


「それに」


「ん?」


「ほんとにうれるか、まだわかんない」


蜜蝋を見る。


木箱を見る。


頭の中では、うまくいきそうな気がする。


でも。


まだやっていない。


「やってみたい」


「なるほどな」


行商人が腕を組む。


少し考えている。


「今回は、自分の勉強も兼ねて試してみたいってことか」


「うん!」


「それで、俺にも本当に役に立つか見てもらう」


「うん」


「次に俺が来たときは?」


「…………」


次。


いつになるのかは、まだ分からない。


でも。


また来たとき。


今日までにやったことを、行商人は覚えている。


帳簿にも残る。


「こんどは」


少し考える。


「ちゃんと、さきにきめる」


「報酬を?」


「うん!」


行商人の口元が上がった。


「なるほど」


「?」


「今回が、お試しみたいなもんか」


「おためし?」


「ああ」


行商人が帳簿を軽く叩く。


「お前の考えが本当に商売で使えるのか。今回の滞在中に、俺も見られる」


「うん」


「結果が残れば、次に来たときは話が早い」


「なんで?」


「『俺の考えには価値がある』って言うだけの奴と」


帳簿を指す。


「『前にこれだけ結果を出した』って数字を見せられる奴。どっちの話を信じやすいと思う?」


「…………」


考える。


「すうじあるほう?」


「そうだ」


「じゃあ、いっぱいかく!」


「そこじゃない」


「?」


「数字を増やすんじゃなくて、ちゃんと結果を出せ」


「あ!」


笑われた。


「かってにふやしたらだめ?」


「当たり前だ」


「そっか」


それなら。


本当に売れるようにしないといけない。


行商人は少し考えてから、手を差し出した。


「分かった」


その手を見る。


「今回の滞在中は、今まで通り協力ってことにしよう」


「うん」


「ただし、お前が俺の商売にどれだけ役立ったかは、今まで通り記録する」


「ほんのため?」


「ああ。最終日に本の値段を交渉するときには、ちゃんと考える」


「うん!」


それならいい。


今回やったことが、全部なくなるわけではない。


最初から話していた通り。


行商人の役に立てば。


最後に、魔法書の値段を相談するときの材料になる。


「それで――」


行商人が続ける。


「次に俺がこの町へ来たときからは、新しく何か考えてもらうなら先に条件を決める」


「やくそく?」


「ああ」


何をもらうのか。


どうやってもらうのか。


それは、そのとき決めればいいらしい。


お金でもいい。


商品でもいい。


自分の商品を置いてもらうときの手数料を少なくしてもらう方法もある。


考えた方法がうまくいったときだけ、何かをもらう決め方もできる。


「毎回同じじゃなくていい。俺とお前が納得できる形を、その都度決める」


「そのとききめる?」


「そうだ」


「わかった!」


差し出された手を握る。


もちろん。


行商人の手の方がずっと大きい。


「これでいいか?」


「うん!」


手を離す。


これで。


続きを話しても大丈夫。


「じゃあ、おじさん」


「おう」


蜜蝋を一つ手に取る。


次に。


小さな木箱を指差す。


「これと」


蜜蝋を持ち上げる。


「これ」


「木箱と蜜蝋だな」


「うん」


二つを近くに置く。


木箱は、七個持ってきて一個しか売れていない。


蜜蝋は、九個あって一個も売れていない。


木箱は。


家に箱があるから、わざわざ買わなくてもいいと思われている。


蜜蝋は。


何に使うのか分からない人が多い。


でも。


「みつろう、きにつかえるんだよね?」


「ああ」


「きれいになる?」


「ちゃんと使えばな」


「じゃあ」


木箱を指差す。


「これにつかったら?」


行商人が黙った。


木箱を見る。


蜜蝋を見る。


もう一度、木箱を見る。


「……なるほど」


「やってみたい」


「木箱に蜜蝋を使って、仕上がりを見せるのか?」


「うん!」


蜜蝋がどう使えるのか。


言葉だけでは分からないなら。


実際に使ったものを見てもらう。


それなら。


使う前の木箱と。


使ったあとの木箱を比べられる。


「こっち、そのまま」


木箱を一つ指差す。


次に、別の一つを指差す。


「こっち、みつろうつかう」


「並べて見せるってことか」


「うん!」


同じ木箱なら。


違うところが分かりやすいかもしれない。


行商人は二つの木箱を見る。


すぐには答えなかった。


「考え方は悪くない」


「やる?」


「待て」


「?」


止められた。


「蜜蝋を使うってことは、商品を使うってことだ」


「あ」


「それに、失敗したら?」


「…………」


木箱を見る。


変になったら。


今より売れなくなるかもしれない。


「うれなくなる?」


「そういうこともある」


「…………」


それは困る。


売れないものを売れるようにしたいのに。


もっと売れなくなったら意味がない。


「だから、勝手にやるなよ」


「うん」


「実際に商品を加工するときは、先に俺に確認する」


「やくそく?」


「ああ」


「わかった」


行商人が木箱を一つ手に取る。


表面を確かめるように指でなぞった。


次に蜜蝋を見る。


「この箱なら、試すこと自体はできる」


「ほんと?」


「ああ。ただ、一つ丸ごと駄目にするようなやり方はしない」


「ちょっとだけ?」


「最初はな」


「うん!」


いきなり一個全部を使わない。


まず。


目立たないところで少しだけ試す。


変にならないか確かめる。


大丈夫そうなら。


それから広げる。


「できたら、ならべる?」


「仕上がりがちゃんとしてたらな」


「うん!」


行商人が笑う。


「売り物を使うんだ。試すなら慎重にやるぞ」


「わかった!」


もう一度。


蜜蝋と木箱を見る。


売れないもの。


売れないもの。


二つとも。


今のままでは、あまり欲しがってもらえない。


でも。


一緒に使ったら。


片方の使い方を見せながら。


もう片方にも、今までとは違うところを作れるかもしれない。


まだ分からない。


本当に綺麗になるのか。


客が欲しがるのか。


蜜蝋まで買ってくれるのか。


何も分からない。


だから。


まずは、少しだけ。


失敗しても大きく駄目にしないように試してみる。


うまくいくかどうかは。


やってみてからだ。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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