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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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063 ぼくのアイデアの価値

――ぼくのアイデアの価値――


行商人の帳簿を横から覗き込む。


さっき聞いたことが、まだ頭に残っていた。


考えたことでも。


誰かの役に立つなら、価値がつくことがある。


だったら。


「おじさん」


「ん?」


「いままでのは?」


「今まで?」


「ぼく、いっぱいかんがえたよ?」


狼のあみぐるみを置いた。


作っているところも見せた。


何度も来る人がいたから、菓子や飲み物を置いた。


寒そうな人を見て、スープも考えた。


「それも、かちある?」


行商人が少し黙る。


それから笑った。


「そこが気になったか」


「うん」


「じゃあ、見てみるか」


帳簿が開かれる。


椅子を引き寄せ、その隣へ座る。


「ただし」


「?」


「適当に『これくらいだ』とは決めんぞ」


「どうするの?」


「今までの数字を見る」


帳簿の上を指が動く。


行商人が町へ来てからの売上。


狼のあみぐるみを置く前。


置いたあと。


作っているところを見せ始めてから。


菓子や飲み物を置いてから。


スープを始めた今日。


いろいろな数字が並んでいる。


もちろん、自分ではまだ全部をすぐには読めない。


だから、行商人が一つずつ説明してくれる。


「まず、これだ」


数字を指す。


「お前が店先でいろいろ始めてから、売上は増えてる」


「いっぱい?」


「ああ。だが――」


嬉しくなりかけたところで止められた。


「増えた分が、全部お前のおかげとは限らん」


「どうして?」


「秋になって、必要な物を買いに来る奴もいる」


「あ」


季節が変われば、欲しいものも変わる。


前にも教えてもらった。


「たまたま客が多かった日もある。最初から俺の店で買うつもりだった奴もいる」


「うん」


「そいつらまで全部、お前が連れてきたことにはできん」


確かにそうだ。


狼を見なくても来た人。


灰白猫を作っていなくても買った人。


スープがなくても店へ来た人。


そういう人まで全部、自分のおかげにはできない。


「じゃあ、どうするの?」


「分かる奴だけ見る」


行商人が別のところを指した。


狼のあみぐるみを見て、足を止めた人。


「狼を見て来たって言った奴」


「うん!」


「作ってるところを見に、もう一回来た奴」


「いた!」


朝に来て。


昼にも来て。


夕方にも覗きに来た人もいた。


その人たちが買った菓子や飲み物。


スープの匂いにつられて来た人。


スープを食べたあと、店の干し肉まで買った人。


分かるものだけを、一つずつ拾っていく。


行商人が数字を書いていく。


その横から覗き込む。


途中から数字が大きくなってきて、自分だけではよく分からなくなった。


「…………」


行商人が計算する。


待つ。


まだ計算する。


待つ。


「まだ?」


「今やってる」


「いっぱい?」


「だから待て」


しばらくして。


行商人の手が止まった。


「大体、このくらいだな」


帳簿に数字を書く。


「お前がやったことが理由だと言えそうな売上だけで、銅貨四百二十から五百枚くらい」


「…………」


数字を見る。


もう一度見る。


「ごひゃく?」


「多い方ならな」


「そんなに!?」


思わず帳簿へ顔を近づける。


五百。


自分が最初にもらった五枚より、ずっとずっと多い。


けれど。


「喜ぶのはまだ早い」


「?」


「これは売上だ」


「うりあげ」


「俺が儲けた金じゃない」


「あ」


それはもう教えてもらった。


商品を売ったお金が、そのまま全部残るわけではない。


菓子にも仕入れ値がある。


飲み物にもある。


スープには干し肉や野菜を使った。


薪も使った。


それを引かなければならない。


「じゃあ、もうかったのは?」


「大体、百五十から百九十枚くらいだな」


「…………」


さっきより減った。


かなり減った。


「へった」


「当たり前だ」


行商人が笑う。


「しかも、本当に全部がお前のおかげだったかは分からん」


同じ客でも。


狼がなくても店へ来たかもしれない。


制作途中の猫を見なくても、菓子を買ったかもしれない。


完全には分けられない。


だから。


行商人は少ない方を見る。


「少なくとも、銅貨百五十枚くらいは、かなりお前が関わった利益として見ていいと思う」


「ひゃくごじゅう……」


指では足りない。


もちろん数えることはできても、目の前に百五十枚の銅貨が並んでいるわけではない。


それでも。


たくさんなのは分かる。


「じゃあ」


少し考える。


「ぼくのかんがえ、ひゃくごじゅう?」


「いや」


すぐに否定された。


「ちがうの?」


「ああ」


行商人は店に並ぶ干し肉を見る。


「今日のスープを考えてみろ」


「スープ?」


「お前は、俺の干し肉を使ってスープを作ろうと言った」


「うん」


「それで食べた奴が、干し肉そのものも買った」


「うん!」


「俺が次の町でも同じことをやったら?」


「…………」


少し考える。


寒い日に。


干し肉を使って。


スープを作る。


食べてもらう。


気に入った人がいたら。


「ほしにく、うれるかも」


「そうだ」


そこで、やっと分かった。


今日の分だけではない。


行商人は、やり方を覚えている。


自分がいなくても。


次の町で試せる。


その次でも。


「ぼくいなくても、できる?」


「ああ」


「…………」


なんだか少し不思議だった。


自分が考えたものが。


自分がいないところでも使われる。


「じゃあ、もっとかちある?」


「そう簡単でもない」


また止められた。


「なんで?」


「次の町でも同じように売れるとは限らんからだ」


「…………」


「暖かい場所なら?」


「スープ、いらないかも」


「近くにもっと旨いスープを売ってる店があったら?」


「そっちいく……」


「そもそも干し肉を食わない奴が多い場所なら?」


「うれない」


「そういうことだ」


町が変われば。


人も変わる。


天気も違う。


売っている店も違う。


好きなものも違う。


ここでうまくいったからといって、どこでも同じになるわけではない。


「だから、これから先にどれだけ儲かるかまで、全部今の値段にはできん」


「うん」


行商人はしばらく帳簿を見る。


今までの数字。


店先。


あみぐるみ。


空になった鍋。


一つずつ見てから。


「ただ――」


また帳簿に何かを書いた。


「もし最初から、俺がお前に『店の売上を増やす方法を考えてくれ』って頼んでたとする」


「うん」


「今までお前がやったことを全部教えてもらって、実際にこの結果まで出たなら」


少し考える。


「俺なら、銅貨二百から三百枚くらいの価値はあったと見る」


「…………」


目を丸くする。


「さんびゃく?」


「高い方ならな」


「いっぱい!」


「ああ」


実際に利益が増えたこと。


これから別の場所でも使えるかもしれないこと。


店先で客を見て。


考えて。


試して。


失敗したら変えて。


自分で動いたこと。


それらを全部合わせたら。


行商人なら、そのくらいに見るらしい。


「じゃあ、にひゃくとさんびゃく、どっち?」


「そこまで正確には決められん」


「まんなかは?」


「……二百五十だな」


「じゃあ、にひゃくごじゅう!」


「勝手に決めるな」


「まんなかだよ?」


「そういう問題じゃない」


笑われた。


でも。


二百五十。


覚えておこう。


そう思ったところで。


ふと、四冊の魔法書を見る。


全部合わせて――。


銅貨三千二百枚。


「…………」


さっきまで大きく見えていた二百五十が、急に小さくなった。


「ぜんぜんたりない」


「そりゃそうだ」


行商人が笑う。


「数日手伝っただけで本四冊全部持っていかれたら、俺が困る」


「いっぱいたかい……」


「魔法書だからな」


少しだけ肩を落とす。


でも。


ゼロではない。


何もなかったわけでもない。


自分が考えて。


動いて。


試してきたこと。


それを行商人は、ちゃんと価値があったと言ってくれた。


「ただし」


「?」


「今の二百五十は、そのまま本を二百五十枚値引きするって意味じゃないぞ」


「ちがうの?」


「ああ。もし最初から仕事として買っていたら、そのくらいに見るって話だ」


「…………」


また少し難しい。


「本の値段は、最終日に改めて決める」


「こうしょう?」


「そうだ」


「じゃあ、もっとやくにたったら?」


「その分も見る」


「うん!」


今度はすぐに頷いた。


まだ行商人がこの町にいる時間は残っている。


その間に。


もっと客を見る。


考える。


試す。


うまくいったか確かめる。


それを続ければいい。


行商人が帳簿を閉じかける。


そのとき。


「おじさん」


「今度はなんだ?」


「つぎのかんがえは?」


「ん?」


「それも、やくにたったら?」


行商人の手が止まった。


しばらくして。


にやりと笑う。


「……そこは、さっき決めた通りだ」


「あ」


そうだった。


まだ話していない考えは。


先に、どうするのか決めてから話す。


危うく忘れるところだった。


行商人が笑う。


「で――」


帳簿を軽く叩く。


「ここから先は、先に約束してからだったな」


「うん!」


まだ。


次の考えは話していない。


自分の考えが、いくらなのか。


そんなことは、まだ自分では決められない。


でも。


役に立ったことは。


ちゃんと数字を見て、確かめることができる。


そして。


役に立つ考えは、目には見えなくても。


誰かにとって、欲しいものになることがある。


四冊の魔法書を見る。


まだ遠い。


でも。


少しだけ。


そこへ近づくために使えるものが、増えた気がした。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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