062 ぼくがかんがえたこと
――ぼくがかんがえたこと――
「このあと、客をどう動かすつもりなんだ?」
行商人に聞かれて、口を開きかける。
けれど。
「…………」
少し考えて、そのまま行商人の顔を見る。
「なんだ?」
「おじさん」
「ん?」
「ぼくがかんがえたこと、おしえるでしょ?」
「ああ」
「おじさん、それやる?」
「使えそうならな」
「それで、いっぱいうれたら?」
「そりゃ、ありがたいな」
「…………」
そこまでは分かる。
でも。
何かが引っかかった。
さっき、行商人から教えてもらったばかりのことがある。
自分の商品が客を連れてきて。
その客が行商人の商品まで買う。
それなら、自分は商品を置かせてもらっているだけではなく、行商人の役にも立っている。
だったら。
「ぼくがかんがえたのも?」
「ん?」
「おじさんのやくにたつ?」
行商人が少し黙った。
「……そうだな。うまくいけば」
「じゃあ」
首を傾げる。
「それも、いっしょ?」
「一緒?」
「オオカミさんとか、スープとか」
今までやってきたことを思い出す。
狼のあみぐるみで人が足を止めた。
作っているところを見せたら、何度も来る人が出てきた。
菓子や飲み物を置いたら、その人たちが買ってくれた。
スープを作ったら、干し肉まで売れた。
それは、自分が行商人の役に立ったこととして数えている。
でも。
今度は少し違う。
まだやっていない。
頭の中にあるだけ。
「これも、ぼくがやくにたったことになる?」
行商人が目を瞬いた。
それから。
ゆっくりと口元を上げた。
「……なるほどな」
「?」
「そこに気づいたか」
「?」
何か変なことを言っただろうか。
行商人が腕を組む。
「お前の言う通りだ。お前が考えた方法を俺が使って、それで本当に利益が増えたなら――」
少し考えてから続ける。
「その考えにも、価値があったことになる」
「かち?」
「ああ。役に立ったってことだ」
それなら分かる。
「じゃあ、いっしょ?」
「まあ、似たようなもんだ」
「へぇ……」
少し不思議だった。
マフラーなら触れる。
あみぐるみも触れる。
スープなら飲める。
でも。
考えたことは触れない。
それでも役に立つことがあるらしい。
「じゃあ、おしえる!」
「待て待て」
「?」
行商人に止められた。
「そこですぐ教えるのか」
「だめ?」
「駄目じゃないが……」
行商人は少し考える。
「せっかくだ。もう一つ教えてやる」
「なに?」
「そういうものを教えるときも、先に決めておいた方がいいことがある」
「なにを?」
「もし、その考えが本当に役に立ったらどうするか、だ」
「…………?」
よく分からない。
行商人が帳簿を開く。
「たとえば、お前の考えを聞いて、明日試したとする」
「うん」
「客が増えた」
「うん!」
「売れるものも増えた」
「うん!」
「俺も儲かった」
「やった!」
思わず笑う。
行商人も笑った。
「そこで終わったら、お前は?」
「…………?」
また首を傾げる。
行商人が帳簿を指で叩く。
「今までなら、お前が俺の店に作った利益は、最終日の本の交渉に使うことになってるだろ?」
「あ!」
四冊の魔法書を見る。
忘れていたわけではない。
ずっと欲しい本だ。
「ほん!」
「そうだ」
行商人が笑う。
「だったら、これからお前が考えた方法で利益が増えた場合も、同じように数えるのか。それとも別にするのか」
「…………」
そこまで考えていなかった。
ただ。
自分が考えたことも、行商人の役に立つのではないか。
そう思っただけだった。
「どっち?」
「それを今から決めるんだよ」
「おじさんが?」
「俺とお前で、だ」
「ぼくも?」
「ああ」
少し嬉しい。
何かを任されたような気がする。
「じゃあ、ほん!」
「即答か」
「ほんほしい!」
「知ってる」
行商人が笑う。
でも、すぐに首を横に振った。
「ただし、考えたってだけじゃ駄目だぞ」
「どうして?」
「役に立つか分からないからだ」
「やくにたつよ?」
「まだ試してないだろ」
「…………」
そうだった。
いいと思っている。
でも。
果実水だって余った。
やってみなければ分からないことは、今までにもあった。
「じゃあ、やってみる?」
「ああ。まず俺が聞く。それで、できそうなら試す」
「うん」
「本当に客や利益が増えたら、その分を記録する」
行商人が帳簿を指す。
今までにも。
何人が店の前で止まったのか。
その中で誰が買ったのか。
何が売れたのか。
少しずつ記録してきた。
「でもな」
「?」
「客が増えたからって、全部お前のおかげとは限らん」
「どうして?」
「急に人通りが増える日もある。寒くなったから売れたってこともある」
「…………」
今日のスープもそうだった。
寒かったから、温かいものを欲しがる人がいた。
「だから、前の日までと比べながら見る」
「ほんとにぼくのかんがえでうれたか?」
「そういうことだ」
少しずつ分かってきた。
考えただけでは駄目。
やってみる。
それで、本当に役に立ったのかを見る。
今までと同じだ。
「それで、やくにたったら?」
「最終日の交渉材料に加える。それでどうだ?」
「ほん?」
「ああ」
ぱっと顔が明るくなる。
「じゃあ、やる!」
「本当に分かりやすいな、お前は」
四冊の魔法書を見る。
少しでも近づけるなら嬉しい。
でも。
そこで、ふと気になった。
「おじさん」
「なんだ?」
「かんがえたことも、ほんみたいなの?」
「本?」
「だって」
魔法書を指差す。
「ぼく、かみがほしいんじゃないよ?」
行商人が少し驚いた顔をした。
「まほうのこと、しりたい」
「……ああ」
「だから、ほんほしい」
紙だけなら、魔法書でなくてもいい。
欲しいのは、その中に書いてあること。
知らないことを知るために、本を買う。
行商人が頷いた。
「そうだな。似てるところはある」
「しってることも、かちある?」
「役に立つことならな」
「へぇ……」
もう一度、本を見る。
今まで。
売れるものは、手で持てるものだと思っていた。
マフラー。
あみぐるみ。
食べ物。
でも。
誰かが知りたいこと。
誰かの役に立つ考え。
そういうものにも、価値がつくことがあるらしい。
「じゃあ、おしえるね!」
「待て」
「?」
また止められた。
行商人が笑っている。
「今、何の話をしてた?」
「…………」
何だっただろう。
少し考える。
考えたことが役に立ったら。
本の交渉に――。
「あ」
その前。
「さきにきめる?」
「そうだ」
思い出した。
「じゃあ、さきにきめる!」
「ああ」
行商人が帳簿をこちらへ向ける。
その横から覗き込む。
まだ次に何をするのかは話していない。
まず。
どうなったら「役に立った」とするのか。
それを決めてから試す。
考えたことは、手では持てない。
触ることもできない。
それでも。
誰かの役に立つなら。
そこにも価値が生まれることがある。
また一つ。
知らなかったことを知った。




