061 ぼくのかんがえたやり方
――僕の考えたやり方――
行商人は帳簿を見ながら、今日の売上をもう一度確かめていた。
スープは黒字。
それだけではなく、スープを飲んだ客の中から、店の干し肉を買っていく人まで出た。
しばらく数字を眺めていた行商人が、ふっと息を吐く。
「それにしても、お前の思いつきはすごいな」
「…………」
「狼のあみぐるみから始まって、作ってるところまで見せ始めたと思ったら、今度は菓子に飲み物。それで今日はスープだ」
感心したように笑う。
「次から次へと、よく思いつくもんだ」
「…………」
褒められている。
たぶん。
でも。
少し違う。
「おじさん」
「ん?」
頬を少し膨らませる。
「ぼく、ちゃんとかんがえてやってるよ」
「何をだ?」
「おもいついただけじゃないよ」
「ほう?」
「おきゃくさんがこうなるかなって、かんがえてやってる」
行商人の表情が少し変わる。
「どういうことだ?」
店先を指差す。
最初に置いたのは、狼のあみぐるみだった。
「オオカミさんおいたら、みんなみるとおもった」
実際、たくさんの人が足を止めた。
売り物ではないと知って残念そうにする人もいた。
けれど、その中から白い猫の注文が生まれた。
だから次は、その完成した白猫を少しだけ展示させてもらった。
「ねこもおいたら、オオカミさんだけじゃなくて、ほかのもつくれるってわかるでしょ?」
「……ああ」
狼しかなければ、狼を作れることしか分からない。
でも、狼と猫が並んでいれば。
違う動物も作れるのかもしれない。
そう思ってもらえる。
実際に、犬や兎や鳥について尋ねる人が出てきた。
「それで、つぎはつくってるところみせた」
「どうしてだ?」
「できたのだけなら、みたらおわりだから」
完成したものは、一度見れば分かる。
けれど途中なら。
昨日は頭だけ。
今日は耳がついた。
次は身体ができるかもしれない。
「つづき、みたくなる」
行商人の表情が少し変わった。
「それで、何度も来る奴が出ると思ったのか?」
「くるとおもった」
「最初から?」
「うん。でも、ほんとにくるかはわからなかったよ」
だから試した。
そして、本当に戻ってくる人がいた。
朝に来て。
昼にも来て。
夕方にも覗きに来る。
そこまで見てから、次を考えた。
「なんかいもきても、はりとかいと、なんかいもかわない」
「まあな」
「だから、おかしとかのみもの」
一度買えばしばらく使えるものではなく、その場で食べたり飲んだりできるもの。
それなら、同じ人がまた来たときにも買えるかもしれない。
実際に売れた。
そして今日は――。
空になりかけた鍋を指差す。
「さむそうだったから、スープ」
「…………」
「それにね」
今度は保存食の棚を指差す。
「ほしにく、おじさんのおみせにあった」
「ああ」
「だから、スープにしたら、ほしにくもみてもらえる」
行商人が完全に黙った。
「しろいねこのときも」
「まだあるのか?」
「あるよ!」
白猫を注文してもらったときも、必要なものを何も考えずに約束したわけではない。
白い毛糸。
赤い毛糸。
詰め物。
黒いボタン。
リボン。
何が必要なのかを考えて、家にあるものと行商人の店にあるものを確認した。
もちろん、全部を最初から完璧に考えられていたわけではない。
白猫を作る途中でも失敗した。
実際の猫を見て、作り直したところもある。
果実水だって余った。
スープだって、今日やってみて初めて分かったことがたくさんある。
それでも。
何となく思いついたことを、次々にやっていたわけではなかった。
客が足を止めた。
だから、次はもう一度来てもらえないか考えた。
本当に戻ってきた。
だから、何度来ても買えるものを考えた。
寒そうにしていた。
だから、温かいものを考えた。
そのときも、できるだけ今ある商品を使えないか先に見た。
一つやって、その結果を見て、次を考えていた。
「だからね」
行商人を見上げる。
「たくさんかんがえたよ?」
「…………」
しばらく返事がなかった。
行商人は店先を見る。
狼のあみぐるみ。
制作途中の灰白猫。
菓子や保存食。
ほとんど空になった鍋。
それから、手元の帳簿。
一つずつ確かめるように視線を動かしていく。
やがて。
「……なるほどな」
帳簿を閉じた。
「?」
「俺がお前を、ちょっと低く見積もってた」
「ひくく?」
「ああ」
行商人はしゃがむと、地面に指で線を引いた。
「最初に、狼で人を止めた」
「うん」
その先へ線を伸ばす。
「白猫を見せて、別のものも作れると分からせた」
「うん!」
「次に、作ってるところを見せた」
さらに線が伸びる。
「それで、また来る理由を作った」
「そう!」
「本当に何度も来る奴が出てきたから、菓子や飲み物を置いた」
「うん!」
「今日は寒そうな客を見て、スープを出した」
「うん!」
「しかも、店にある干し肉を使った」
「そう!」
地面に伸びた線を見る。
一つ一つは、そのときの客を見ながら考えたものだった。
最初から、最後のスープまで全部決めていたわけではない。
でも。
前にやったことと、次にやることはつながっている。
行商人も、そこに気づいたらしい。
「全部を最初から決めてたわけじゃない。でも、前の結果を使って次を考えてたわけか」
「うん!」
「客を集めて終わりじゃない。もう一回来るようにして、来た奴が買えるものを増やして――今日は元の商品まで売った」
「ほしにく!」
「ああ」
昼間。
スープを飲んだ客が、実際に干し肉も買っていった。
一度だけなら偶然かもしれない。
でも、スープを作る前から。
食べた人が干し肉そのものに興味を持つかもしれないとは考えていた。
行商人は腕を組んだ。
「……さっき、商売の勘がいい初心者って言ったな」
「いった」
「知識も経験も初心者なのは変わらん」
「えー」
「そこは変わらん」
きっぱり言われた。
帳簿も一人ではつけられない。
町ごとの相場も知らない。
仕入れ先も知らない。
荷馬車で商売をしたこともない。
売れ残った大量の商品を抱えた経験もない。
知らないことは、まだいくらでもある。
「でも」
行商人が続ける。
「売り方を考える方は、俺が思ってたよりずっと考えてるらしい」
「でしょ?」
「そこで得意そうな顔をするな」
「えへへ」
褒められたのだから、少しくらいはいいと思う。
行商人は地面の線をもう一度見る。
「それに、なるべく今ある物を使おうとしてたのも悪くない」
「だって、いっぱいかったら――」
「売れなかったときに困る」
「うん!」
そこはもう分かる。
買ったものは、売れなければそのまま損になることがある。
だから最初は少しだけ。
売れるか確かめてから考える。
「まあ、果実水みたいに新しく買ったものもあるし、全部がうまくいってるわけじゃないけどな」
「うん」
失敗していないわけではない。
むしろ、失敗したから分かったこともある。
「……なるほど」
行商人がもう一度呟いた。
そして、少し笑った。
「じゃあ、聞き直すか」
「?」
さっきまでとは少し違う顔だった。
子供が何を思いついたのか聞くような顔ではない。
店先。
通り。
帰っていく人たち。
その全部を見てから、こちらへ視線を戻す。
「坊主」
「なに?」
「このあと、客をどう動かすつもりなんだ?」
「…………」
すぐには答えなかった。
さっき見つけたばかりのことがある。
昼にはスープが売れた。
そして売り切れたあと。
仕事帰りの人が二人、鍋を見て帰っていった。
だから次は、夕方の分を少しだけ残してみる。
それはもう決めた。
でも。
その先は、まだ分からない。
明日、本当に夕方にも売れるのか。
どんな人が買うのか。
一人分なのか。
家族の分まで欲しがるのか。
それを見なければ、次は決められない。
少し考えてから答える。
「まだわかんない」
「ほう?」
「まず、ゆうがたにスープうってみる」
「それで?」
「かったひと、みる」
「何を見る?」
「なんこかうかとか、だれがかうかとか……」
指を折りながら考える。
「それから、つぎかんがえる!」
行商人が笑った。
「なるほど」
最初から全部の答えを持っているわけではない。
でも。
見る。
考える。
少しだけ試す。
それから、また見る。
偶然うまくいくのを待っているわけではない。
次に何をするか決めるために――
明日も、ちゃんと客を見る。




