059 温かいスープと干し肉
――温かいスープと干し肉――
翌朝。
作りかけのねこと毛糸、編むための道具、それから昨日まで印を付けてきた紙を持って、行商人のところへ向かう。
「おじさん!」
「おう。今日も続きか?」
「うん!」
いつもの場所に小さな椅子と台を用意する。
作りかけのねこを膝に乗せる。
昨日までに、身体はだいぶ形になってきた。
最初に使ったのは、白い毛糸。
前に作った白猫の残りだ。
でも今日は、その隣に置いてある灰色の毛糸が気になった。
「…………」
白。
灰色。
二つを並べてみる。
白だけでも、ねこにはなる。
前にも作った。
でも、同じ白猫をもう一匹作るより、少し違うねこにしてみたい。
灰色の毛糸を手に取り、作りかけのねこの頭に重ねてみる。
「…………」
少しだけ。
灰色。
一度外して、今度は耳の辺りに置いてみる。
「…………こっち」
そのまま編み始める。
白かった頭に、少しずつ灰色が入っていく。
一段。
もう一段。
少し離して見る。
「かわいい」
「自分で言うのか」
「かわいいよ!」
「そうか」
行商人はそれ以上何も言わず、店の商品を並べていく。
もう一度ねこを見る。
白い身体に、灰色の頭。
まだ完成していない。
背中や尻尾をどうするかも決めていない。
けれど、少しだけ使ってみた灰色は、思っていたより白によく合っていた。
「ここも、はいいろにしようかな……」
作りながら決めればいい。
昨日までただの白い作りかけだったねこが、少しずつ白と灰色のねこになり始めていた。
◇ ◇ ◇
しばらく編んでいると、冷たい風が吹いた。
「……さむい」
首をすくめる。
昨日より少し寒い。
通りを見ると、手を擦りながら歩いている人もいる。
そのまま視線を動かしていくと、店先に並んだ保存食の干し肉で止まった。
「おじさん」
「……今度は何を思いついた?」
最近、返事がこれになっている。
「ほしにく、スープにしてうってみて」
「スープ?」
「うん。いま、さむくなってきたから――」
両手で器を持つ真似をする。
「あったかいの、よくうれるとおもうよ」
行商人も通りを見る。
制作途中のねこを見るために立ち止まっている客の中にも、風が吹くたび手を擦っている人がいる。
「……理屈は分かる」
ただし、昨日の菓子と同じようにはいかない。
干し肉なら保存できる。
けれどスープにすれば、長く置いておくのは難しくなる。
水もいる。
燃料もいる。
鍋や器も必要になる。
野菜や塩を加えるなら、その分の材料もいる。
作る手間もかかる。
そして売れ残れば、その分だけ損になる。
だから今回も、最初からたくさんは作らない。
まずは少量。
売れるかどうかを試すことになった。
◇ ◇ ◇
近所から大鍋を借り、水と燃料を用意する。
干し肉を戻し、少量の野菜を加える。
高価な料理を作るわけではない。
店で売っている保存食を使った、簡単な温かいスープだ。
干し肉を鍋へ入れていた行商人が、ふと店先の商品を見る。
「……これ、店で売ってる肉をそのまま使ってるんだよな」
「うん?」
「食って旨いと思った奴が、干し肉そのものを買う可能性もあるか」
「…………」
少し考える。
スープを飲んで美味しかったら。
同じものを家でも作りたいと思う人がいるかもしれない。
「ほしにくも、うれる?」
「かもしれん」
「じゃあ、もっと――」
「仕込む量は増やさんぞ」
「まだいってないよ!」
「言おうとしただろ」
「…………」
少しだけ思っていた。
行商人が笑う。
スープそのものを売るだけではない。
店で売っている干し肉を、実際に料理した状態で見せることにもなる。
本当に干し肉の売上まで増えるのか。
それも一緒に確かめることになった。
椅子へ戻り、ねこの続きを編む。
今度は白い背中へ、試しに少しだけ灰色を入れてみる。
「…………」
頭だけに入れたときより、まとまって見えた。
もう少し。
でも入れすぎない。
白い部分も残す。
少しずつ模様を足していくうちに、最初は白かったねこが、自然と灰白のねこへ変わっていった。
◇ ◇ ◇
昼前。
鍋から湯気が上がり始める。
ふわりとした香りが、通りへ流れていく。
あみぐるみとは、まったく違う客引きだった。
見て気づくのではない。
匂いで気づく。
「なんかいい匂いする」
通行人が店を見る。
「スープ?」
「今日だけ試しに売ってるよ」
行商人が答える。
一杯目。
売れる。
二杯目。
売れる。
編んでいた手が止まる。
「うれた!」
「まだ二杯だ」
「でも、うれた!」
「そうだな」
また編み始める。
しばらくすると、別の人が匂いにつられてやって来た。
スープを買ったあと、作りかけの灰白猫を見る。
「何作ってるんだ?」
「ねこ!」
「猫?」
少し持ち上げて見せる。
「まだとちゅう!」
「へえ」
男はスープを飲みながら、しばらく制作を眺めていった。
「…………」
今までとは逆だった。
これまでは、あみぐるみを見て足を止め、そこから店の商品を見てもらっていた。
今日はスープの匂いで足を止め、店へ来た人があみぐるみを見ている。
行商人と目が合う。
「今度はスープが客を連れてきたな」
「ぎゃくだね!」
「ああ」
店へ来る理由が、また一つ増えた。
◇ ◇ ◇
昼になると、さらに気温が下がった。
それに合わせるように、スープが売れる速度も上がっていく。
灰白猫の続きを見ながら飲む人。
買い物のついでに飲む人。
仕事の休憩で立ち寄る人。
匂いだけでやって来る人。
その横で、ねこの続きを編んでいく。
背中へ入れた灰色の模様は、そのまま残すことにした。
次は尻尾。
白だけで少し編んだところで、手が止まる。
「…………」
灰色の毛糸を合わせてみる。
全部ではなく、先の方だけ。
「ここも、はいいろ」
最初から模様を決めていたわけではない。
一か所入れてみる。
少し離して見る。
似合っていたら、別の場所にも少し入れてみる。
そうやって作っているうちに、灰白猫らしい模様が少しずつ決まっていった。
そのとき。
一人の男性が、スープの器を見ながら尋ねる。
「この肉、売ってるやつ?」
「そうだ」
行商人が干し肉を指す。
「家でもスープにできる?」
「ああ。水で戻して煮ればいい。野菜を入れてもいい」
男性は器の中を見て、それから店に並んだ干し肉を見る。
「じゃあ、これも少しくれ」
「…………!」
行商人と目が合う。
「……一人目だな」
「うん!」
考えていたことが、本当に起きた。
ただし、まだ一人だけ。
これだけで決めつけるのは早い。
その後も様子を見る。
すると別の客も、スープを飲んだあとに干し肉を買った。
さらにもう一人。
全員ではない。
スープだけで帰る人の方が多い。
それでも、スープをきっかけに干し肉まで買う人が実際に出てきた。
◇ ◇ ◇
夕方。
鍋はほとんど空になっていた。
完全な完売ではない。
最後に一杯にも満たないくらいが残っている。
「のこった」
「このくらいなら俺たちで食う」
「たべていいの?」
「売り物にはならん量だからな」
残ったスープを分けてもらう。
器を両手で持つ。
「あったかい……」
一口。
干し肉は、そのまま食べるときより柔らかい。
「おいしい!」
「そうか」
「ほしにく、やわらかい!」
「煮てるからな」
もう一口。
確かに、寒い日にこれは嬉しい。
◇ ◇ ◇
片づけが終わると、行商人が帳簿を開いた。
材料費。
燃料費。
売れた杯数。
スープで受け取った金額。
横から覗き込む。
「どう?」
「今計算してる」
「もうかった?」
「だから待て」
「…………」
少し待つ。
数字を確認し終えた行商人が、ようやく顔を上げた。
「ちゃんと黒字だ」
「くろじ?」
「使った金より、売った金の方が多かったってことだ」
「もうかった!」
「ああ」
「やった!」
でも、今日の結果はそれだけではない。
スープを飲んだあとに、干し肉を買った客が何人かいた。
行商人も、その記録を見る。
「……これ、単なる客寄せじゃないな」
「?」
「今までは、干し肉をそのまま並べてただろ」
「うん」
「客から見れば、保存できる肉だ」
店に並んでいる干し肉を指す。
「でも今日、実際にスープにして食わせた」
「うん」
「そうしたら、この肉を買えばこんな料理にできるって分かった」
「…………」
実際、そのあと干し肉を買った人がいた。
「つくったところ、みせたから?」
「作ったものを食わせたから、の方が近いな」
「…………」
昨日までは、ねこを作っているところを見せていた。
今日は、行商人の商品を使ったところも見せた。
そのまま置いてあるだけでは分からないことが、使ってみれば伝わる。
「じゃあ、あしたもスープ!」
「待て」
「また?」
「今日売れたからって、明日も同じとは限らん」
「…………」
また同じだ。
「今日は寒かった」
「うん」
「暖かい日なら、今日ほど売れないかもしれん」
「うん」
「毎日やったら、珍しくなくなるかもしれん」
「うん」
「燃料も人手もいる」
「うん」
「だから、何日か試す」
「わかった!」
今日は黒字だった。
干し肉も売れた。
でも、それだけでずっと成功するとは決めない。
天気。
気温。
作った量。
売れた量。
残った量。
それも見ていく。
◇ ◇ ◇
帳簿を閉じた行商人が、しばらく黙って店の奥を見る。
そこには四冊の魔法書が並んでいる。
「坊主」
「なに?」
「最終日の本の交渉な」
「うん!」
「最初は、少しくらい値引きしてやるかと思ってたんだが……」
つられて四冊を見る。
「やすくならない?」
「最後まで聞け」
「うん」
行商人は今日の帳簿を軽く叩く。
「もう『子供へのおまけ』として値段を決めるのはやめる」
「…………」
「お前が店先で作り始めてから、客が増えた」
「うん」
「その客が俺の商品も買った」
「うん!」
「昨日は菓子。今日はスープまで始めた」
「うん」
「それで実際に利益が出てる」
もう一度、帳簿へ目を落とす。
「だから最終日まで、お前が俺の店にどれだけ利益を作ったのかを見る」
「…………」
「その価値を、ちゃんと本の値段に反映する」
四冊の本を見る。
「ぼくが、おじさんをもうけさせたぶん?」
「まあ、そういうことだ」
「じゃあ、いっぱいもうけたら――」
「全部ただになるとは言ってないぞ」
「まだいってないよ!」
「顔に書いてある」
「…………」
少しだけ思っていた。
行商人が笑う。
でも、最初とは違う。
三歳だから。
可哀想だから。
欲しがっているから。
そんな理由で安くしてもらうのではない。
考えたことを試した。
それで店に来る人が増えた。
商品が売れた。
利益も増えた。
最後の日には、その結果を見ながら本の値段を話す。
◇ ◇ ◇
帰る準備をする。
道具をしまい、紙も大事に持つ。
最後に、今日一日編んでいたねこを見る。
昨日までは、白い毛糸を中心に作っていた。
今日は頭へ少し灰色を入れた。
似合っていたから、背中にも入れた。
尻尾にも少し。
最初から灰白猫を作ろうと決めていたわけではない。
余っていた灰色の毛糸を合わせてみて。
少し編んで。
見て。
また少し変えて。
気づけば、腕の中には白と灰色の模様を持つねこがいた。
少し離して見る。
「かわいい」
「また自分で言ってるのか」
「かわいいよ!」
「はいはい」
大事に抱える。
今日のスープも、最初から全部分かっていたわけではない。
寒いから、温かいものなら売れるかもしれない。
そう思って、少しだけ試した。
するとスープが売れた。
匂いで人が来た。
その人があみぐるみを見た。
スープを飲んだ人が、材料になった干し肉まで買った。
やってみたから、分かったことが増えた。
灰白猫も。
スープも。
少し試して。
見て。
それから次を決めた。
明日も同じようにうまくいくかは、まだ分からない。
だから、また確かめる。




