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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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058 ねこと、おかしと、お客さん

――ねこと、おかしと、お客さん――


翌朝。


作りかけのねこと毛糸、編むための道具、それから昨日印を付けた紙を全部持って、行商人のところへ向かう。


「おじさん!」


「おう。今日もやるのか?」


「うん!」


昨日と同じ場所に、小さな椅子と台を用意する。作りかけのねこを出すと、昨日より少しだけ形になっていた。


座ろうとして、店の商品を見る。


毛糸、針、布、保存食、石鹸、菓子。


「…………」


昨日は、同じ人が二回来た。朝に来て、昼前にもう一度来た。ねこの続きを見るために。


もし、今日も来たら?


明日も来たら?


店の商品を見ながら考える。針は、一度買ったらすぐにまた買うものではない。毛糸も、必要なら買うだろうが、朝に買ったものを昼にまた買う人は少ないだろう。


「おじさん」


「なんだ?」


「はりって、なんかいもかう?」


「何本も必要なら買うだろ」


「でも、あさかったひとが、ひるにまたかう?」


「普通は買わんな」


「けいとは?」


「必要なら買う」


「あさかったのに、ひるも?」


「使い切ったならな」


「そんなにはやく?」


「何を作ってるかによる」


少し考える。


布は? 鍋は? 石鹸は?


朝に買ったものを、同じ日の昼にまた買う。そんな人は、あまりいない気がする。


でも、昨日は同じ人が二回来た。何も買わなくても、ねこの続きを見るために、また来た。


「おじさん」


「今度はなんだ?」


「なんかいもくるひとが、なんかいもかえるもの、あったら?」


行商人の手が止まった。


「どういう意味だ?」


「はりは、いっかいかったら、またすぐかわない」


「まあな」


「でも、なんかいもくるひとがいたら、なんかいもかえるものがあったほうがいい」


店を見る。何度も買えるもの。使ったらなくなるもの。


目が止まった。


菓子。保存食。


「たべもの!」


「…………」


「たべたらなくなる!」


行商人が黙る。


こちらは、もう少し考える。


「のむのも!」


「お前な……」


「だめ?」


「いや」


行商人は店先を見て、それから作りかけのねこを見た。


「なるほどな」


「?」


「続きを見に何度も来る奴がいるなら、そのたびに買えるもんを置くってことか」


「うん!」


そこまでは考えていなかった。でも、言われてみれば、そういうことになる。


「やる?」


「待て」


「?」


すぐに止められた。


「昨日、一日だけで決めるなって話したばかりだろ」


「わすれてないよ!」


「なら、いきなり大量に仕入れるとか言うなよ」


「いってないよ!」


「お前なら言いそうだから、先に言った」


行商人が笑う。


けれど、そのまま終わりにはしなかった。店の荷物を見ながら、少し考える。


「試すだけなら、今あるものでやればいい」


「ある?」


「ああ」


行商人が箱を一つ開ける。中には、保存の利く食べ物が入っていた。干した果物と、小さな焼き菓子。旅の途中でも売れるように持ってきたものらしい。


「これ!」


「ただし」


「?」


「勝手に触るなよ」


「なんで?」


「食い物だからだ。毛糸を触った手で、そのまま客に渡すのもよくない」


「じゃあ?」


「売るのは俺がやる」


「うん!」


「お前はいつもどおり、そっちをやれ」


行商人が作りかけのねこを指差す。


「わかった!」


          ◇ ◇ ◇


店先には、いつもの札を出す。


『あみぐるみ 注文相談できます』


その近くに、もう一枚。


『おやつ あります』


難しいことは書かない。値段も、行商人が分かるように付けた。


その横で、昨日の続きを編む。


今日は、昨日より少し慣れている。誰かに話しかけられても、一段の途中なら、まずそこまで終わらせてから話す。


「…………」


一つ、二つ、三つ。


「お」


声がして、顔を上げる。


「あ!」


昨日、作っているところを見ていた男だった。


「今日はどこまでできた?」


「ここ!」


作りかけのねこを見せる。昨日より、少し大きくなっている。


「胴体か?」


「うん!」


「だいぶ猫らしくなってきたな」


「ほんと?」


「ああ」


男は少し話してから、店の商品を見た。それから帰ろうとして、ふと足を止める。


「…………ん?」


札を見る。


「菓子も売ってるのか?」


「うん!」


答えてから、行商人を見る。


「おじさん!」


「聞こえてるよ」


行商人が焼き菓子を見せる。男は一つ買い、食べながら帰っていった。


「…………」


紙を見る。


昨日も来た人。今日も来た。ねこを見て、今日は菓子を買った。


印を付ける。


「…………!」


顔を上げると、行商人もこちらを見ていた。


「ひとり!」


「まだ一人だ」


「わかってる!」


昨日、覚えたばかりだ。一人だけで、全部を決めてはいけない。


でも、考えたことが一回、本当に起きた。


          ◇ ◇ ◇


しばらくして、子供が二人、店の前へやって来た。


「猫できた?」


「まだ!」


「昨日より大きい!」


「うん!」


二人は、じっとねこを見る。やがて片方が、作りかけのねこの横から店の方へ目を向けた。


菓子。干した果物。


「おかあさん」


近くにいた母親を呼ぶ。


「あれほしい」


「さっき家で食べたでしょう?」


「でもほしい」


母親が少し困った顔をする。結局、干した果物を一つ買い、二人で分けることになった。


二人は食べながら、またねこを見る。


「いつできる?」


「できたとき!」


「昨日も言ってた」


「まだできてないから!」


「明日?」


「わかんない!」


「じゃあまた来る」


「うん!」


また来る。


昨日なら、それだけだった。でも今日は、来て、見て、食べ物も買った。


紙へ、また印を付ける。


          ◇ ◇ ◇


昼を過ぎると、何人かがやって来た。


ねこを見る人。店だけを見る人。菓子を買う人。何も買わない人。いろいろだった。


そして。


「こんにちは」


「あ!」


昨日、朝と昼の二回来た女性だった。


「今日はどこまで進んだ?」


「ここ!」


「昨日よりずいぶんできてるわね」


「うん!」


女性が少ししゃがみ込む。


「本当に猫になってきた」


「ねこっていったでしょ!」


「昨日はまだ分からなかったもの」


確かに、昨日の朝は丸い毛糸に近かった。


「完成するの、いつ頃?」


「まだわかんない!」


「じゃあ、また見に来ないとね」


女性は笑って立ち上がる。そして店先を見る。


干した果物。焼き菓子。


少し迷ってから、焼き菓子を一つ買った。


「…………!」


また、同じことが起きた。


ねこを見るために来た人が、帰る前に食べるものを買った。


「おじさん」


「分かってる」


「ふたり!」


「だから、まだ数えとけ」


「うん!」


          ◇ ◇ ◇


夕方になり、道具を片づける。作りかけのねこも、昨日より進んでいた。そして紙には、今日の印が増えている。


行商人も帳簿を確認していた。


「どう?」


「待て」


「…………」


昨日より、少しだけ待てるようになった。


行商人は今日売れたものを確認し、それから残っている菓子と干した果物を見る。


「まあ」


「まあ?」


「売れたな」


「やっぱり!」


「だから最後まで聞け」


「うん!」


「ねこを見に来た奴が買ったのも確認できた」


「うん!」


「だが」


また、だが。


「菓子だけ買いに来た奴もいる」


「うん」


「ねこを見に来ても、何も買わなかった奴もいる」


「うん」


「それから」


行商人は残った菓子を見る。


「売れ残ったものもある」


全部が売れたわけではない。


「でも、あしたもうれる?」


「これはな」


行商人が焼き菓子と干した果物を見る。


「すぐ駄目になるものじゃない」


「じゃあ、だいじょうぶ?」


「今日の分はな」


今日の分。また、その言葉だ。


でも、今度は少し違う意味に聞こえた。売れ残っても、明日また売れるなら、すぐに捨てなくていい。


「じゃあ、すぐだめになるのは?」


「売れなかったら困るな」


「なんで?」


「捨てることになるだろ」


「…………」


「金を払って仕入れて、売れなくて、捨てる」


それは、もったいない。


「じゃあ、だめ?」


「駄目じゃない」


「?」


「売り切れるくらいだけ用意できるならな」


全部、多ければいいわけではない。足りなければ、売れるはずだったのに売れない。でも、多すぎれば余る。


しかも食べ物なら、ずっと残しておけないものもある。


「むずかしい」


「商売は難しいって、何回言わせるんだ」


「いっぱい!」


「数えるな」


          ◇ ◇ ◇


行商人が、今日の紙を見る。


「それで」


「?」


「昨日来た奴で、今日も来たのは?」


紙を見る。


「このひと!」


一つ。


「このひとも!」


二つ。


「このこたちも!」


「二人は別々に数えろ」


「…………」


印を見る。


「あ」


印を直す。


一人。もう一人。


誰が何回来たのか。その中で何を買ったのか。少しずつ分けて見ていく。


そこで、気づいた。


「おじさん」


「なんだ?」


「きのう、けいとかったひと」


「おう」


「きょう、けいとかってない」


「そうだな」


「でも、おかしかった」


「ああ」


昨日、毛糸を買った。今日、また来た。毛糸は買わなかった。


でも、菓子を買った。


「…………!」


何度も来る人がいるなら、何度も買えるものがあれば、また売れる?


紙を見ながら尋ねる。


「なんかいもくるなら、なんかいもかえるものがあったら、またうれる?」


「そうなることもあるな」


最初に思ったことが、少しだけ本当に起きた。


一度、客が来る。商品を買う。それで終わり。


ではなく、また来る。そのとき、別のものを買う。


でも、行商人が先に言った。


「明日も同じとは限らんぞ」


「わかってる!」


「お」


「なんにちもみる!」


「そうしろ」


紙を抱える。


今日、また一つ、見るものが増えた。


店へ来た人。あみぐるみを見た人。買った人。何回来た人なのか。そして、何を買ったのか。


いっぱいある。


でも、もう全部を最後の日に本の値段を話すためだけに見ているわけではなかった。


どうしたら人が来るのか。どうしたらまた来るのか。来た人が何を見るのか。何を買うのか。


それを見るのが、少し面白くなってきた。


「おじさん」


「ん?」


「あしたも、おかしおく?」


行商人は残っている分を見る。


「残ってるからな」


「もっとふやす?」


「まだ増やさん」


「なんで?」


「今日売れたからって、明日も同じだけ売れるとは限らん」


「…………」


「まず今ある分が、どれくらい売れるか見る」


「うん!」


やっぱり、ここでもすぐには増やさない。


まず、見る。


行商人が少し考える。


「ただ」


「?」


残った焼き菓子を見る。


「次の町で、日持ちする菓子を少し見てみてもいいかもしれんな」


「かう?」


「値段次第だ」


「いっぱい?」


「少しだ」


「…………」


「お前、何でそんなにいっぱい買わせたがるんだ」


「いっぱいあったら、いっぱいうれる!」


「売れ残る話を今したばっかりだろ!」


「…………あ」


行商人が大きくため息をつく。


でも、少し笑っていた。


「まあ」


「?」


「お前のせいで、次の仕入れで見るものが一つ増えたな」


「おかし?」


「ああ」


「…………!」


自分が考えたことが、今日、少しだけ試された。その結果を見て、行商人が次に仕入れるものまで考え始めた。


なんだか嬉しい。


作りかけのねこを見る。


まだ完成していない。


でも、このねこを見に、また人が来る。その人が何かを買う。そして、それを見て、行商人が次に持ってくるものを考える。


ねこを編んでいただけなのに、少しずつ店の中まで変わり始めていた。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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