057 ぼくが呼んだお客さん
――僕が呼んだお客さん――
店じまい。
行商人が商品を一つずつ確認している。
売れたもの。
残ったもの。
明日も並べるもの。
箱へ戻すもの。
その横で。
作りかけのねこを布に包む。
それから。
今日一日、印を付けていた紙を見る。
「…………」
店に来た人。
あみぐるみを見て立ち止まった人。
その中で、店の商品を買った人。
全部を完璧に書けたわけではない。
何人か一度に来たときは、分からなくなったところもある。
でも。
朝から付けてきた印が残っている。
そして。
同じ人が二回来たことも。
ちゃんと分かる。
「…………」
行商人を見る。
帳簿を書いている。
「おじさん」
「ん?」
「きょうの、みせて」
「何をだ?」
「おきゃくさん!」
「…………」
行商人がこちらを見る。
こちらは紙を持ち上げる。
「ぼくのと、くらべる!」
「ああ、そういうことか」
行商人が帳簿へ目を戻す。
しばらく。
今日売れたものを確認する。
その間に。
横へ行く。
「…………」
覗く。
やっぱり。
全部は分からない。
でも。
昨日より。
少しだけ見方が変わった。
今日は。
自分でも客を見ていた。
誰が店へ来たのか。
誰があみぐるみを見たのか。
誰が何か買ったのか。
分かる範囲で記録していた。
だから。
「あ」
一つ。
分かる。
「あのひと、けいとかってた!」
「よく覚えてたな」
「あさに、これみてたひと!」
作りかけのねこを指差す。
「ああ」
「じゃあ、ぼくのにもしるしある!」
紙を見る。
探す。
「…………これ!」
行商人も見る。
「そうだな」
「…………!」
合っている。
自分が見たものと。
行商人の帳簿。
二つがつながった。
「ほかは?」
「待て待て。順番にな」
「うん!」
一緒に。
今日のことを思い出していく。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
全部ではないけれど。
いくつか分かった。
作っているところを見て。
足を止めた人がいた。
そのまま店の商品を見た人もいた。
何かを買った人もいた。
そして。
一度帰ったあと。
もう一度来た人もいた。
「…………」
紙を見る。
「おじさん」
「なんだ?」
「これ、こうかあったでしょ?」
「何の効果だ?」
「ぼくがここでつくるの!」
少し胸を張る。
行商人は。
すぐには答えなかった。
帳簿。
こちらの紙。
店先。
順番に見る。
「…………まあ」
「まあ?」
「少なくとも、足を止めさせる効果はあったな」
「やっぱり!」
「まだ最後まで聞け」
「うん!」
「今日一日だけだ」
「…………」
また。
それ。
でも。
今度は意味が分かる。
一日だけ人が来ても。
明日も来るとは限らない。
明後日も。
その次も。
同じとは限らない。
「でも、きょうはあった?」
「ああ」
今度は。
はっきり頷いた。
「今日はな」
「…………!」
嬉しくなる。
昨日は。
白猫を置いた。
今日は。
作っているところを見せた。
どちらも。
足を止める人がいた。
でも。
今日は。
少し違うことも起きた。
「おじさん」
「ん?」
「あさのひと、またきた!」
「ああ」
「なんで?」
「お前に聞け」
「ぼく?」
考える。
朝。
まだ。
ほとんど形が分からなかった。
それを見た人が。
昼前。
また来た。
「どこまでできた?」
そう聞いた。
「…………つづき?」
「何が?」
「つづき、みたかった?」
「そうなんじゃないか?」
「…………!」
完成した白猫なら。
一度見れば。
次に見ても同じ。
でも。
作りかけなら。
朝と昼で違う。
昼と夕方でも。
少し変わる。
「じゃあ」
紙を見る。
「つくってると、またみにくる?」
「そういう奴もいるってことだな」
「…………!」
一回来てもらう。
それだけではなく。
もう一回来てもらう。
そんなこともできる。
「これ、すごい?」
「調子に乗るな」
「えー」
「今日、一人が戻ってきただけだろ」
「…………」
そうだった。
一人。
しかも。
戻ってきたからといって。
必ず何かを買うわけではない。
「じゃあ、まだわかんない?」
「続くかどうかはな」
「…………」
「だが」
行商人が帳簿を見る。
「面白いやり方ではある」
「ほんと?」
「ああ」
少し嬉しい。
◇ ◇ ◇
行商人がこちらの紙を指差す。
「それと」
「?」
「同じ奴が二回来たなら、二人にするなよ」
「してないよ!」
「本当か?」
紙を見せる。
一人分の印。
その横に。
小さな印。
「ひとりが、にかい!」
「ならいい」
「さんかいきたら?」
「一人が三回来た、だ」
「よにん?」
「増やすな」
「…………」
「人数と、来た回数は別だ」
「うん!」
紙を見る。
人が何人来たのか。
何回来たのか。
似ているけれど。
同じではない。
「あと」
「まだある?」
「ある」
行商人が帳簿を指で叩く。
「見に来た奴が増えても、全員が買うわけじゃない」
「うん」
「今日だって、見ただけで帰った奴がいるだろ」
「いた」
「だから、人が増えた分だけ同じように売上が増えるわけじゃない」
「…………」
一人来た。
一枚売れる。
そんなに簡単ではない。
でも。
「かったひともいた!」
「ああ」
「けいとのひと!」
「いたな」
「ほかにも!」
「いた」
「じゃあ」
少し考える。
「ぼくがよんだひとが、おじさんのものかった?」
行商人が少しだけ笑う。
「そう見える客はいたな」
「…………!」
昨日より。
一つ進んだ。
昨日は。
白猫があったから来たのか。
もともと来るつもりだったのか。
分からない人も多かった。
でも今日は。
目の前で。
作っているものを見て。
足を止めて。
そのまま店を見て。
買った人がいた。
「じゃあ!」
紙を持ち上げる。
「ちゃんとこうかあった!」
「今日の分はな」
「きょうのぶんは!」
今度は。
自分から付け足す。
行商人が少し笑った。
「分かってきたじゃないか」
「うん!」
◇ ◇ ◇
少しして。
行商人が店先を見る。
「しかし」
「?」
「お前が前にやってた客引きより、こっちの方が楽かもしれんな」
「なんで?」
「前は、お前から声をかけてただろ」
「うん!」
夏。
道を歩く人へ。
声をかけた。
店を見てもらった。
何人も。
何人も。
「きょうは?」
「向こうから来ただろ」
「…………」
確かに。
こちらから。
「みて!」
とは言っていない。
椅子に座って。
編んでいただけ。
すると。
「何してるの?」
と聞かれた。
「…………むこうからきた!」
「そういうことだ」
「じゃあ、ずっとこれしたらいい?」
「そうとも限らん」
「なんで?」
「今日、自分で言ってただろ」
作りかけのねこを見る。
「遅かったって」
「…………」
家で作るより。
進まなかった。
話しかけられる。
答える。
数を間違える。
ほどく。
また編む。
途中から。
一段終わるまではなるべく話さないようにした。
それで少し良くなった。
でも。
それでも。
家より遅い。
「…………」
「客引きだけしてたら、編み物は進まん」
「うん」
「ここで編んでたら、遅くても少しは進む」
「うん!」
「ただ、家で作るよりは遅い」
「…………うん」
どれが一番いいのか。
まだ。
分からない。
客を呼ぶこと。
作ること。
両方。
同じ時間に少しずつできる。
でも。
どちらも。
一番早くできるわけではない。
「むずかしい」
「だから試してるんだろ?」
「…………!」
そうだった。
分からないから。
やってみる。
見て。
数える。
比べる。
「うん!」
◇ ◇ ◇
行商人が帳簿を閉じようとする。
そのとき。
「おじさん」
「まだあるのか?」
「うん!」
「今度はなんだ」
店の奥を見る。
四冊。
ずっと。
気になっている本。
「…………」
行商人も。
こちらの視線を追う。
四冊を見る。
そして。
こちらを見る。
「…………お前」
「?」
「まさか」
「なに?」
「この話から、また本を安くしろって言うつもりじゃないだろうな」
「…………」
少し考える。
「............」
「考えてただろ!」
「だって!」
紙を持ち上げる。
「こうかあった!」
「今日の分は、だろ」
「きょうのぶんは!」
「そこだけ覚えるの早いな」
「じゃあ、やすくなる?」
「まだならん」
「えー!」
行商人が笑う。
「昨日、自分で何日か数えるって言っただろ」
「…………うん」
「なら最後までやれ」
「うん……」
四冊を見る。
まだ。
値段は同じ。
五百枚。
七百枚。
八百枚。
千二百枚。
「…………」
でも。
今日は。
昨日より一つ。
持っていけるものが増えた。
ただ。
「ぼくがんばった」
ではない。
紙に残った印。
行商人の帳簿にも残った売上。
「…………」
最後の日。
これを持って。
話す。
◇ ◇ ◇
すると。
行商人が四冊の本を見る。
「まあ」
「?」
「最後まで続けて、本当に客を増やしてるって数字が出たら」
「うん!」
「そのときは、もう少しまともな話をしてやる」
「まとも?」
「値段の話だ」
「…………!」
すぐに行商人へ近づく。
「いくら!?」
「まだだ」
「なんで!」
「最終日の話だって言っただろ!」
「…………」
離れる。
でも。
気になる。
「じゃあ」
「なんだ?」
「さいごのひ、おじさんがいくらでかったかもおしえて」
「…………」
行商人の顔が止まる。
「なんで仕入れ値まで聞くんだ」
「だって」
昨日。
教えてもらった。
本にも。
仕入れ値がある。
それより安くしたら。
行商人が損をする。
「おじさんがそんするの、だめでしょ?」
「…………まあな」
「だから、いくらまでならだいじょうぶか、かんがえる!」
「…………」
行商人が。
しばらくこちらを見る。
「お前なあ……」
「だめ?」
「普通、商人に仕入れ値を聞くか?」
「きいちゃだめなの?」
「聞くのは勝手だ」
「じゃあ、おしえて?」
「話を最後まで聞け」
「うん!」
行商人は少し考える。
四冊を見る。
帳簿を見る。
それから。
「全部は教えん」
「えー」
「当たり前だ」
「じゃあ、ひとつ?」
「最終日に、お前が本当に買うつもりの本があって」
「うん!」
「そこまでの記録もちゃんと持ってきて」
「うん!」
「本気で値段を話すなら」
少し間を置く。
「その本については、俺が損をしない値段がどの辺かくらいは話してやる」
「…………!」
仕入れ値そのもの。
全部。
教えてくれるわけではない。
でも。
行商人が損をしないところ。
そこが分かれば。
自分も考えられる。
「ほんと?」
「ああ。ただし」
「?」
「それを聞いたからって、その値段で売るとは言ってないぞ」
「なんで?」
「俺の儲けはどこに行った」
「…………」
「あのな。仕入れ値と同じ値段で売ってたら商売にならん」
「…………あ」
確かに。
自分も。
毛糸代だけでマフラーを売ったわけではない。
作った。
時間も使った。
店まで持ってきた。
行商人だって。
本を買って。
ここまで運んできた。
売れなければ。
持って帰る。
「じゃあ……」
少し考える。
「おじさんももうかって、ぼくもやすくかえるところ?」
行商人が笑った。
「そこを探すのが交渉だ」
「…………!」
また。
一つ。
覚えた。
ただ。
一番安いところまで下げてもらう。
それだけではない。
相手も。
自分も。
「これならいい」
と思えるところを探す。
「…………」
四冊を見る。
最後の日。
どの本を選ぶのか。
何冊買えるのか。
まだ分からない。
でも。
そのとき。
ただお願いするだけではなく。
ちゃんと。
話ができるかもしれない。
◇ ◇ ◇
「よし!」
紙を持つ。
「何がよしだ」
「もっとかぞえる!」
「客を数えるために客を見るなよ」
「?」
「客は数字じゃないってことだ」
「…………」
少し難しい。
行商人がため息をつく。
「まあ、そのうち分かる」
「うん!」
作りかけのねこを抱える。
今日。
分かったこと。
作っているところを見せると。
立ち止まる人がいる。
もう一度来る人もいる。
その中には。
店の商品を買う人もいる。
でも。
一日だけでは。
まだ分からない。
明日も。
同じなのか。
明後日も。
続くのか。
「おじさん!」
「今度はなんだ?」
「あしたもやる!」
「さっき聞いた」
「いっぱいくるかな?」
「それを確かめるんだろ」
「そうだった!」
店を出る。
紙。
作りかけのねこ。
二つを大事に持つ。
明日。
ねこは。
今日より少し形になる。
それを見に。
また誰かが来るのか。
それとも。
今日は珍しかっただけなのか。
まだ。
答えは出ていない。
だから。
明日も。
続きを作る。
そして。
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