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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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056 小さなねこができるまで

――小さなねこができるまで――


家へ戻る。


机の上には、布とリボン、そして白猫が置かれていた。


「…………」


今度こそ、寄り道はしない。


「おかあさん!」


「なあに?」


「つつむ!」


母親が笑った。


「やっと包むのね」


「うん!」


机の上に布を広げ、その真ん中に白猫を置く。


でも、適当に置くわけではない。


「…………」


昨日、母親と一緒に考えた。


包みを開けたとき、最初に白猫の顔が見えるようにしたい。


だから、向きを確かめる。


「こっち?」


「それだと、開けたときに横を向いてない?」


「…………」


少し動かす。


「じゃあ、こっち!」


「うん。そっちの方がいいと思う」


「よし!」


白猫が動かないように。


耳が潰れないように。


尻尾が変な形にならないように。


布を折る。


一つ。


もう一つ。


最後に、リボンを結ぶ。


「…………」


右。


左。


「できた!」


少し離れて見る。


「…………」


首を傾げる。


「まがってる」


「少しね」


「なおす」


せっかく結んだリボンをほどく。


もう一度、今度は左右の長さを見ながら、ゆっくり結ぶ。


「…………」


右。


左。


「おかあさん」


「うん?」


「どう?」


母親が少し離れて見る。


「きれいだと思うよ」


「ほんと?」


「うん」


「…………よし!」


今度こそ完成。


白猫を作るところから、包むところまで、全部終わった。


あとは、渡すだけだ。


          ◇ ◇ ◇


翌朝。


包みを両手で持って、女性のところへ向かう。


「あ!」


女性を見つける。


「おねえさん!」


「あら」


こちらに気づいた女性が、手に持っているものを見る。


「今度こそできた?」


「うん!」


胸を張る。


「こんどこそ!」


女性が笑った。


「何回来てくれるのかと思ったわ」


「きのうは、いっぱいきた!」


「そうね」


包みを差し出す。


「はい!」


女性が両手で受け取る。


「ありがとう」


リボンを見る。


「きれいに包んでくれたのね」


「うん!」


「娘が開けるまで、このままにしておくわ」


「…………!」


中を開けない。


でも、それでいい。


白猫そのものは、昨日すでに見てもらった。


耳が少しずれていることも。


赤い首輪も。


全部確認して、「このままでいい」と言ってもらった。


今日は、その白猫を娘へ渡すために、包んで持ってきたのだ。


「じゃあ、お金ね」


「うん!」


女性が銅貨を取り出す。


一枚ずつ数える。


こちらも一緒に見る。


最初にもらったのは、二十枚。


全部で百二十枚という約束だった。


だから、残りは――。


「きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう……ひゃく!」


「百枚ね」


「うん!」


受け取る。


両手に、ずしりと重い。


昨日まで、まだ全部もらえるか分からなかったお金。


白猫を見てもらって。


これでいいと言ってもらって。


包んで。


渡して。


ようやく、全額を受け取れた。


「…………」


百枚を見る。


最初にもらった二十枚は、材料を買うのに十八枚使った。


残ったのは二枚。


だから、今、手元にあるのは――。


「ひゃくにまい!」


「何を数えてるの?」


「ぼくのおかね!」


「そう」


女性が笑う。


「届けてくれてありがとう」


「うん!」


でも、少し考える。


材料は、まだ余っている。


白い毛糸。


赤い毛糸。


詰め物。


ボタン。


十八枚分の材料を買ったけれど、全部を白猫一匹に使ったわけではない。


「…………」


だったら、白猫一匹を作るのに、本当はいくらかかったのだろう。


今は、まだ分からない。


でも、あとで調べてみたい。


自分がいくらで作って、いくらで売ったのか。


ちゃんと分かるかもしれない。


「おねえさん」


「なあに?」


「ありがとう!」


「こちらこそ」


女性が包みを見る。


「娘に渡すのが楽しみだわ」


「うん!」


それを聞いて、少しだけ胸の奥が温かくなった。


自分で作ったものが、これから、まだ会ったこともない女の子のところへ行く。


白猫は、もう自分の手を離れた。


          ◇ ◇ ◇


家へ戻る。


机を見る。


白猫がいない。


昨日まで、ずっとここにいた。


作って。


ほどいて。


直して。


並べて。


確認して。


何度も見ていた。


そこだけ、少し空いている。


「…………」


でも、代わりに残った材料がある。


白い毛糸。


赤い毛糸。


灰色も少し。


茶色もある。


黒は、ほんの少し。


手に取る。


「…………」


白猫は、もう作り方が分かる。


もちろん、まったく同じものを作れるとは限らない。


でも、最初のときみたいに、どんな頭にすればいいのか、どこに耳を付ければいいのか、そこから全部考え直す必要はない。


残りの材料でも、まだ作れるかもしれない。


でも、同じ白猫ではなく、少し違うものを作ってみたい。


白い毛糸を見る。


灰色を見る。


「…………」


頭の中で、ねこの姿を考える。


白い身体。


頭に灰色。


背中にも少し。


尻尾にも。


「これ!」


毛糸を集める。


そして、昨日、行商人と話したことを思い出す。


明日から、客を数える。


あみぐるみを置いた日と、置かなかった日で、どれくらい違うのかを確かめる。


「…………」


狼を置くだけではなく。


もし、別のものを置いたら?


白猫を置いた日は、何人も足を止めた。


けれど、白猫はもう売れてしまった。


「…………」


だったら。


次に作るものを置いてみたら。


どんな反応になるのだろう。


「…………!」


毛糸を抱える。


「おかあさん!」


「なあに?」


「ちょっと、おみせにいってくる!」


母親が振り返った。


「お店に?」


「うん!」


「気をつけてね」


「うん!」


毛糸と編むための道具をまとめる。


昨日用意した紙も持つ。


何をするのかは、まだ言わない。


自分でも、どんな形になるのか分からないからだ。


ただ。


店へ行って。


そこで。


続きを始める。


          ◇ ◇ ◇


家を出る。


毛糸を抱える。


編むための道具を持つ。


紙を落とさないように、胸へ押しつける。


「…………」


いつもの道。


角を曲がる。


小さな橋を渡る。


その先に、行商人の店がある。


歩きながら、毛糸を見る。


白い毛糸。


灰色の毛糸。


「…………」


何になるのか。


まだ決まっていない。


ねこになるかもしれない。


ねこではないかもしれない。


途中で変えるかもしれない。


でも。


店に着いたら。


まずは。


一つ。


編んでみる。


「…………」


店が見えてきた。


行商人の姿も見える。


「おじさん!」


「今日は早いな」


行商人のところへ着く。


手には、毛糸と編むための道具、それから昨日用意した紙を持っている。


「きょう、ここでつくっていい?」


「何を?」


毛糸を見せる。


「…………」


ここで、何を作るのかを言ってしまったら。


見てもらう前に、答えを教えることになる。


それでは、昨日までと同じだ。


だから。


「まだ、ないしょ!」


「ないしょ?」


行商人が眉を上げる。


「じゃあ、何でここで作るんだ?」


「みてもらう!」


「何を作ってるのか聞かれたら、ちゃんと答えろよ」


「うん!」


「…………」


「おきゃくさん、くるかもしれない!」


行商人が少し考える。


それから、店先を見る。


「邪魔にならんところならな」


「ほんと?」


「ただし」


指を一本立てる。


「毛糸を散らかすな」


「うん!」


「客が来るところに道具を置くな」


「うん!」


「それから、自分の道具は自分でちゃんと見とけ」


「うん!」


許可をもらえた。


店先の端、邪魔にならないところに、小さな椅子と小さな台を置く。


その上に毛糸を置く。


少し離れたところには、いつもの狼。


その前には、


『あみぐるみ 注文相談できます』


と書いた札。


「…………よし!」


紙も置く。


今日から、来た人を数える。


でも、今日はもう一つ。


新しく作るものを見て立ち止まった人も、数えてみる。


椅子に座る。


白い毛糸を手に取る。


「…………」


編み始める。


一段。


また一段。


まだ、何になるのかは分からない。


          ◇ ◇ ◇


「何してるの?」


最初の一人が声をかけてきた。


顔を上げる。


女性が手元を見ている。


「ねこ!」


「ねこ?」


「うん!」


まだ、形になり始めたばかりだ。


それでも、答えは決まっていた。


「ねこをつくってるの!」


女性が手元を見る。


「へえ」


女性が少し見ている。


「できあがるのが楽しみね」


「うん!」


女性は少し見てから、店の商品へ目を移した。


そのまま、行商人の方へ行った。


「…………!」


紙を見る。


印を一つ付ける。


「ひとり」


また編む。


少しして、今度は子供がやって来た。


「なにそれ?」


「ねこ!」


「ねこ?」


「うん! ねこをつくってるの!」


子供がじっと見る。


「何になるの?」


「ねこ!」


「分からない」


「まだ、とちゅうだから!」


「ほんとにねこになる?」


「なるよ!」


「いつ?」


「…………」


分からない。


家なら、ずっと作れる。


でも、ここでは店も手伝う。


話しかけられる。


「できたら!」


「いつ?」


「できたとき!」


「それ、分かんないよ」


「…………」


隣にいた母親が笑った。


「じゃあ、またあとで見に来ようか」


「うん!」


親子が店の商品を見る。


その間、また編む。


一段。


次の一段。


「…………」


子供がまだ見ている。


気になるらしい。


少し急ぎたくなる。


でも、急いで間違えたら意味がない。


目数を確認する。


一つ。


二つ。


三つ。


「…………」


「あれ?」


子供が聞く。


「とまった」


「かぞえてるの!」


「なんで?」


「まちがえないため!」


「ふーん」


また、一つ。


二つ。


「…………あれ?」


話したせいで、どこまで数えたのか分からなくなった。


「…………」


最初から数え直す。


子供の母親が、店の商品を見ながら言った。


「話しかけたら邪魔になっちゃうんじゃない?」


「だいじょうぶ!」


答える。


そして、また、どこまで数えたのか分からなくなる。


「…………」


行商人が横から笑った。


「大丈夫じゃなさそうだな」


「だいじょうぶ!」


もう一度、最初から数え直す。


          ◇ ◇ ◇


しばらくして、さっきの親子は帰った。


母親は、毛糸を一つ買っていった。


「…………!」


紙を見る。


店に来た人。


あみぐるみを見た人。


買った人。


それぞれに印を付ける。


昨日教えてもらったとおり、できる範囲で記録する。


そして、また編む。


でも。


「…………」


遅い。


家で作っていたときより、ずっと遅い。


誰かが来る。


見る。


聞かれる。


答える。


また編む。


どこまで進んだのか確認する。


「あ」


間違えた。


一目多い。


「…………」


ほどく。


少し戻る。


やり直す。


「むずかしい……」


行商人が聞く。


「やめるか?」


「やめない!」


「なら、自分でやり方を考えろ」


「…………」


手元を見る。


編んでいる途中で話すと、分からなくなる。


なら。


「…………!」


次に客が来たとき。


「何作ってるの?」


と聞かれる。


「ねこ!」


すぐに答える。


でも、編む手は止めない。


一つ。


二つ。


三つ。


最後まで編む。


そこで、手を止める。


「ねこをつくってるの!」


「そうかい?」


「うん!」


少し話す。


そして、もう一度始める前に、目数を確認する。


「…………」


さっきより、分からなくなりにくい。


「おじさん!」


「なんだ?」


「できた!」


「もう完成したのか?」


「ちがう!」


一段編み終わるまでは、なるべく話さない。


終わったら話す。


また始める前に確認する。


それだけ。


でも、さっきより間違えなくなった。


          ◇ ◇ ◇


昼前。


「どう?進んだ?」


聞き覚えのある声がした。


顔を上げる。


「あ!」


朝、最初に手元を見ていた女性だった。


また来た。


「どこまでできた?」


「ここ!」


見せる。


朝は、形になり始めたばかりだった。


今は、少しだけ輪郭が見えている。


「あら」


女性が笑う。


「少し形が変わってきたわね」


「うん!」


「できあがるのが楽しみね」


「うん!」


女性は少し見てから、また店の商品も眺めていった。


「…………」


紙を見る。


同じ人。


二回目。


「おじさん」


「ん?」


「おなじひと、またきた」


「ああ」


「ふたり?」


「人数なら一人だろ」


「…………」


確かに、一人だ。


でも、来た回数は二回。


「じゃあ……」


紙を見る。


少し考えて、同じ印の横に小さくもう一つ付ける。


一人が二回来た。


それも、あとで分かるように。


          ◇ ◇ ◇


午後。


少しずつ形ができてきた。


けれど、まだ何になるのかは分からない。


「かわいい」


店の前で、女性が足を止めた。


「それ、何になるの?」


「ねこ!」


「ねこ?」


「うん! ねこをつくってるの!」


「完成したら教えてくれる?」


「うん!」


「売るの?」


「できてからきめる!」


「値段も?」


「うん!」


女性が少し笑う。


「じゃあ、できたらまた見に来るわ」


「うん!」


注文ではない。


予約でもない。


でも、完成したら、もう一度見たいと言ってくれた。


「…………」


昨日、白猫を置いたときとは、少し違う。


完成したものを見れば、その場で全部分かる。


でも、まだ途中のものなら、次に来たときには変わっている。


少し形ができる。


色が増える。


ねこに近づいていく。


だから。


「つづき、みにくる……」


自分で呟く。


行商人が聞いていた。


「そういう奴もいるみたいだな」


「これ、いい?」


「まだ一日目だ」


「…………」


「昨日、自分で言ってただろ」


何度も確かめる。


一日だけでは決めない。


「…………うん!」


紙を見る。


今日の分は、まだ途中だ。


          ◇ ◇ ◇


夕方。


作りかけのものは、まだ完成していない。


ねこの形も、まだはっきりとは分からない。


道具を片づける。


毛糸も一つずつまとめる。


忘れ物がないか確認する。


「…………」


家で作っていたら、もっと進んだかもしれない。


でも、今日は何人も手元を見た。


一度帰って、また見に来た人もいた。


その間に、店の商品を買った人もいた。


「おじさん」


「ん?」


「きょう、おそかった」


「何が?」


「これ」


「そりゃそうだろ」


「いっぱいしゃべったから」


「客の前で作るなら、そうなるな」


「…………」


作っているところを見せれば、人が立ち止まるかもしれない。


また見に来る人もいるかもしれない。


でも、その分、作るのは遅くなる。


「…………」


どっちがいいのだろう。


まだ分からない。


だったら、明日も確かめればいい。


「これ、あしたもここでつくっていい?」


「邪魔にならんならな」


「うん!」


途中までできたものを、大事に布へ包む。


紙も持つ。


今日、何人来たのか。


誰があみぐるみを見たのか。


分かる範囲で印が付いている。


昨日より、一つだけ記録が増えた。


最後の日に、本の値段を話すときに持っていくものだ。


行商人も紙を見る。


「坊主」


「?」


「その調子で続けてみろ」


「うん!」


「本当に客を連れてくるなら」


行商人は少しだけ笑った。


「最後の日の話も、面白くなりそうだ」


「ほん?」


「ああ」


「やすくなる?」


「まだ言わん」


「えー!」


「だから、それを決めるために数えてるんだろ」


「…………そうだった!」


行商人が笑う。


こちらも笑いながら、紙を見る。


まだ、一日目。


白猫を見せた日とは、また違うやり方だ。


完成したものを見せる。


作りかけのものを見せる。


どちらが、どれくらい人を呼ぶのか。


まだ分からない。


だから、明日も見る。


明後日も数える。


そして、自分で確かめる。


作りかけのものと紙を抱えて、家へ向かう。


今日から、ねこを作ることだけではなく、作りかけのねこを見てもらうことも、商売の一つになり始めていた。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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