055 ぼくの値引き作戦
――ぼくの値引き作戦――
紙を大事にしまう。
明日から。
店へ来た人を数える。
あみぐるみを置いた日。
置かなかった日。
何人が立ち止まったのか。
何人が店まで来たのか。
何日か続けて。
本当に自分のあみぐるみが客を増やしているのか確かめる。
そして。
本当に増えていたら――。
「…………」
店の奥を見る。
そこには。
四冊の本。
『魔力感知と瞑想法』
『初級術式図解』
『魔法生物入門』
そして。
夏に読ませてもらった、
『はじめての魔力――魔術基礎入門』
「…………」
じっと見る。
それから。
行商人を見る。
「おじさん」
「今度はなんだ?」
「さいごのひ」
「おう」
魔法書を指差す。
「ほんがやすくなるといいな」
「…………」
行商人が止まった。
こちらを見る。
魔法書を見る。
もう一度、こちらを見る。
そして。
「ははは!」
突然笑い出した。
「?」
「そっちにも使うつもりか!」
「うん!」
手数料を減らしてもらえるかもしれない。
それも嬉しい。
でも。
ずっと欲しかったのは。
あの本。
行商人が秋に来るまで。
待っていた。
「おじさんももうかったら、ほん、やすくできる?」
「期待するのは自由だ」
「できる?」
「安くするとは言ってない」
「…………」
すぐには頷いてくれなかった。
「なんで?」
「俺も商売だからだ」
行商人が一冊を手に取る。
『魔力感知と瞑想法』
「この本だって、俺がただでもらってきたわけじゃない」
「うん」
「仕入れるのに金がかかってる」
「…………」
「お前が客を連れてきたからって、それ以上に安くしたら俺が損するだろ?」
「…………あ」
確かに。
自分だって。
マフラーを売るとき。
毛糸に使ったお金を考えた。
白猫を作るときも。
毛糸。
詰め物。
ボタン。
材料にお金がかかった。
本も同じ。
行商人が仕入れるために払ったお金がある。
「じゃあ、やすくできない?」
「そうは言ってない」
「?」
行商人が、さっきまで見ていた帳簿を軽く叩く。
「お前がいることで、本当に俺の商売がいつもより儲かったと分かったら」
少し間を置いて。
「その分は、考えてやる」
「ほんと!?」
「待て」
喜びかけたところで止められる。
「考える、だ」
「…………」
「安くするとは、まだ約束してない」
「えー」
「そこは別だ」
きっぱり言われた。
でも。
駄目とも言われなかった。
「…………」
もう一度。
四冊を見る。
値札も見る。
一番安いものでも。
銅貨五百枚。
『魔力感知と瞑想法』。
次が。
『魔法生物入門』。
銅貨七百枚。
夏に読んだ、
『はじめての魔力――魔術基礎入門』は。
銅貨八百枚。
そして。
『初級術式図解』。
銅貨千二百枚。
「…………たかい」
「魔法書だからな」
全部なら。
五百。
七百。
八百。
千二百。
「…………」
指を使う。
頭の中でも考える。
少し時間がかかる。
「さんぜん……にひゃく?」
「正解」
「…………」
銅貨三千二百枚。
少しくらい安くしてもらえても。
全部買えるような金額ではない。
「…………」
マフラーを何本売ればいいのだろう。
あみぐるみなら?
白猫と同じくらいの注文が何件あれば?
考えて。
すぐに分かる。
「いっぱい、つくらないと」
「そういうことだ」
値引きしてもらえるかどうか以前に。
自分でも稼がなければならない。
行商人が少し考えてから。
「だったら」
「?」
さっきしまった紙を指差した。
「数えるなら、もう少し分けてみるか」
「わける?」
「ああ」
紙をもう一度出す。
行商人が店先を指差す。
「まず、店に来た客」
「うん」
「あみぐるみを見て止まった客」
「うん」
「その中で、店の商品を買った客」
「うん!」
そこまで聞いて。
紙へ書こうとして。
止まる。
「…………むずかしい」
「最初から全部綺麗に書こうとするな」
行商人が笑う。
「印だけでもいい」
「しるし?」
「一人来たら一本。あみぐるみを見て来たって分かった奴は別の印。何か買ったら、また印を付ける」
「なるほど!」
それならできそう。
でも。
一つ気になる。
「みただけのひは?」
「それも数えたいなら数えろ」
「かうひとは?」
「それもだ」
「なにかったかも?」
「できるならな」
「いくらかったかも?」
「…………」
行商人がこちらを見る。
「お前、全部やるつもりか?」
「うん!」
「店番しながらだぞ?」
「…………」
それは。
少し大変かもしれない。
客が一人ずつ来るとは限らない。
二人。
三人。
同時に来たら。
話もしなければならない。
自分の商品を見ている人もいるかもしれない。
そのたびに全部書いていたら。
何をしていたのか分からなくなりそう。
「じゃあ……」
考える。
「できるだけ!」
「それでいい」
最初から完璧でなくていい。
分かるものだけ。
忘れないうちに記録する。
「それを何日か続けてみろ」
「うん!」
「あみぐるみを置いた日と、置いてない日も比べる」
「うん!」
「それで本当に差があるなら――」
行商人が魔法書を見る。
「最後の日に、話くらいは聞いてやる」
「ほんのねだん?」
「ああ」
「やった!」
「だから、まだ安くするとは言ってない」
「わかってる!」
「本当か?」
「きたいしてるだけ!」
「それが一番怖いんだよ」
行商人が笑った。
こちらも笑う。
でも。
今までとは少し違う。
ただ、
「やすくして」
とお願いするわけではない。
自分が店へどれくらい客を連れてきたのか。
その人たちが、どれくらい買い物をしたのか。
それを確かめて。
最後の日。
その結果を持って話す。
「…………」
行商人も本気で商売する。
自分も。
ちゃんと材料を持って話す。
三歳だから。
頑張ったから。
欲しいから。
それだけで安くしてもらうのではない。
「おじさん」
「なんだ?」
「さいごのひ、まけないよ」
「何にだよ」
「ほんのねだん!」
「交渉する前から勝ち負けにするな」
「?」
「俺だって損する値段じゃ売らんぞ」
「じゃあ、ぼくもいっぱいおきゃくさんよぶ!」
「そういう問題でもないんだがな……」
行商人が苦笑する。
それでも。
少し楽しそうだった。
「まあいい」
四冊の魔法書を指で軽く叩く。
「値切りたいなら、それまでに材料を集めとけ」
「ざいりょう?」
「交渉の材料だ」
「…………」
毛糸?
そう思って。
すぐに違うと気づく。
「おきゃくさんのかず!」
「それもだ」
「うれたおかね!」
「そうだ」
「ほかにも?」
「自分で考えろ」
「…………」
四冊を見る。
最後の日。
どれを買えるのか。
いくらで買えるのか。
まだ何も分からない。
そもそも。
欲しい本が最後まで残っているとも限らない。
それでも。
ただ待つだけではなくなった。
最後の日までに。
自分で集められるものがある。
「…………よし!」
紙を抱える。
「なにが『よし』だ?」
「いっぱいかく!」
「そっちか」
まずは明日から。
一人。
また一人。
ちゃんと見る。
ちゃんと数える。
そして。
最後の日に。
この紙を持って。
行商人と本の値段を話す。
初めての。
本気の値段交渉になりそうだった。
「さて」
行商人が店先を見る。
「話は終わりか?」
「うん!」
「なら帰らなくていいのか?」
「…………」
腕の中。
布に包まれた白猫。
「…………あ!」
まだ。
包んでいない。
まだ。
渡していない。
まだ。
残りの銅貨百枚も受け取っていない。
本のことを考えている場合ではなかった。
「ねこさん!」
「忘れてたのかよ」
「わすれてないよ!」
「今の間はなんだ」
「…………かえる!」
白猫を大事に抱え直す。
本の交渉は。
最後の日。
その前に。
まずは今日の仕事を、最後まで終わらせる。
「おじさん、またあした!」
「おう。今度こそ猫を渡してこい」
「うん!」
店を離れる前。
もう一度だけ。
四冊の魔法書を見る。
欲しい。
全部欲しい。
でも。
今はまだ。
見るだけ。
最後の日に。
自分がいくら持っていて。
どんな数字を集めて。
どんな話ができるのか。
それは――。
これからの自分次第だった。




