054 ぼくが連れてきたお客さん
――ぼくが連れてきたお客さん――
白猫を布で包んむ。
行商人は店先の商品を片づけ始めている。
箱へ戻すもの。
明日も並べるもの。
数を確認するもの。
その横で。
今日一日、店の前にいたことを思い返す。
「…………」
白猫を見に来た人。
狼を見に来た人。
犬を作れるか聞いた人。
兎を聞いた人。
鳥を聞いた人。
でも。
それだけではなかった。
白猫を見たあと、そのまま店の商品を見ていた人もいた。
毛糸を触っていた人。
針を買っていた人。
食べ物を見ていた人。
「…………?」
行商人を見る。
「おじさん」
「ん?」
「きょう、おきゃくさんいっぱいきたよね?」
「ああ。いつもより多かったな」
「オオカミさんと、ねこさんみて?」
「それだけじゃないだろうが、見に来た奴は多かったな」
「…………」
やっぱり。
もう一つ聞く。
「おじさんのものも、いっぱいうれた?」
行商人の手が止まった。
「…………」
こちらを見る。
「そこに気づいたか」
「うん?」
行商人は片づけの途中だった帳簿を開いた。
今日売れたものが書かれているらしい。
横から覗く。
「…………」
文字は少し読める。
数字も前より分かる。
でも。
全部を見ただけで、何がどれだけ売れたのかまでは分からない。
「いっぱい?」
「まあ待て」
行商人が指で一つずつ追っていく。
毛糸。
針。
保存食。
石鹸。
菓子。
ほかにもいくつか。
「普段より売れてるな」
「やっぱり!」
思わず笑う。
「ぼくのねこさんがいたから!」
「待て待て」
「?」
行商人が帳簿から顔を上げる。
「全部がお前の猫のおかげとは限らん」
「…………なんで?」
「今日、毛糸を買った奴がいただろ?」
「うん」
「あいつは猫がなくても毛糸を買いに来たかもしれない」
「…………」
確かに。
「保存食を買った奴も、最初からそれを買うつもりで来たかもしれん」
「うん……」
「そろそろ寒くなる。冬に向けて必要なものを買い始める奴もいる」
「…………」
店に来た。
商品を買った。
だから全部、白猫のおかげ。
そう思った。
でも。
白猫がなくても来た人がいるかもしれない。
「じゃあ、ねこさん、やくにたってない?」
「それも違う」
「?」
行商人が店の前を指差す。
「今日、ここで何人も止まっただろ」
「うん!」
「あの猫を見て来たって言った奴もいた」
「うん!」
「だから、客を連れてきたのは確かだろうな」
「…………」
役に立っている。
でも。
どのくらい役に立ったのかは、まだ分からない。
「むずかしい」
「商売なんてそんなもんだ」
行商人が笑った。
少し考える。
「でも」
「ん?」
「ねこさんみてきて、おじさんのものかったひともいたよね?」
「ああ」
「じゃあ、おじさんももうかった?」
「ああ」
今度はすぐに答えた。
「少なくとも今日はな」
「やっぱり!」
嬉しくなる。
自分のマフラーが売れたわけではない。
白猫を売ったわけでもない。
それなのに。
自分が作ったものを見に人が来て。
その人が行商人の商品を買った。
「ぼくのがうれなくても、おじさんもうかる!」
「ああ、そういうこともある」
「…………」
そこで。
前に教えてもらったことを思い出した。
自分のマフラーを、この店で売ってもらう。
売れたら。
行商人へ二割。
店を使わせてもらうこと。
客に説明してもらうこと。
代金を受け取ってもらうこと。
商品の管理。
その仕事の分。
だから払う。
でも。
「…………おじさん」
「なんだ?」
「ぼくも、おじさんのおみせのやくにたってる?」
行商人が少し黙った。
「今日だけ見れば、そうだな」
「じゃあ」
頭の中で何かがつながる。
「ぼくもおきゃくさんよんでるなら……」
「おう」
「…………」
行商人がこちらを見る。
しばらく。
何も言わない。
「だめ?」
「いや」
行商人の口元が少し上がる。
「そういう話をしてくるとは思わなかった」
「へらせる?」
「まだだな」
「えー」
「今日一日だけだろ」
「…………」
確かに。
今日は人が来た。
でも。
明日も同じとは限らない。
「最初だから珍しかっただけかもしれん」
「…………」
「毎日置いてたら、村の奴らも見慣れるかもしれない」
「みなれたら?」
「わざわざ止まらなくなる」
「…………あ」
それは考えていなかった。
最初は珍しい。
二回目も見るかもしれない。
でも。
毎日そこにあれば。
いつか、
「ああ、いつもの狼だ」
で通り過ぎるようになるかもしれない。
「じゃあ、どうしたらわかる?」
行商人が笑う。
「数えろ」
「?」
「お前、数字は勉強したんだろ?」
「うん!」
「だったら使え」
行商人は店の前を指す。
「あみぐるみを置いた日に、何人が店まで来たか」
次に。
白猫が置かれていた棚。
「置いてない日は、何人来たか」
「…………」
「何日か比べてみろ」
「くらべる……」
「置いた日の方が毎回多いなら、お前のあみぐるみが客を呼んでるって話にも説得力が出る」
「…………!」
すぐに紙を探す。
「おい、今からか?」
「かく!」
「今日はもう終わるぞ」
「きょうのぶん!」
今日。
何人だっただろう。
「…………」
犬の人。
兎の人。
鳥の人。
白猫を見た親子。
ほかにもいた。
でも。
正確な人数を覚えていない。
「…………わかんない」
「だろうな」
「…………」
数えればいい。
そう言われても。
一日が終わってから思い出そうとしても、正確には分からない。
「じゃあ、あしたからかく」
「その方がいいな」
「ひとりきたら、ひとつ?」
「それなら忘れにくいだろ」
紙を用意する。
難しい表を作る必要はない。
まず。
店へ来た人を一人ずつ数える。
あみぐるみを置いた日。
置かなかった日。
何日か続ける。
「いっぱいきたら?」
「そのとき、また話をしよう」
「にわり?」
「そこも含めてな」
「ほんと?」
「本当にお前が客を増やしてるって分かったらな」
「わかった!」
紙を大事にしまう。
まだ。
手数料は二割のまま。
今日一日、人が多かっただけでは変わらない。
でも。
「へらして」
と言うだけでは駄目なことは分かった。
なぜ減らしてほしいのか。
自分が相手にどんな役に立っているのか。
それを見せられれば。
話を聞いてもらえるかもしれない。
「…………」
そこで。
少しだけ不思議に思う。
魔力の練習でも。
一度、
「何か感じた」
だけでは決めなかった。
次の日も。
その次の日も。
同じように座って。
同じように呼吸して。
また感じるのか確かめた。
商売も。
少し似ている。
一日だけ。
お客さんが増えた。
それだけでは決めない。
何度も見て。
比べる。
「おじさん」
「今度はなんだ?」
「しょうばいも、なんかいもたしかめるんだね」
行商人が少しだけ首を傾げた。
「まあな」
「まほうといっしょ」
「…………何の話だ?」
「なんでもない!」
白猫を抱える。
今日はもう帰らなければならない。
家には。
布と。
リボンが待っている。
そして明日からは。
もう一つ。
店へ来た人を数える仕事が増えた。
今すぐ何かが変わったわけではない。
手数料も。
二割のまま。
でも。
次に話をするとき。
ただ、
「やすくして」
と言うのではなく。
自分で確かめたものを持って話せる。
その方法を、一つ覚えた。




