051 約束の白いねこ
――約束の白いねこ――
「こんどは、もっとねこにする」
ミーヤを見て描き足した紙を、机の上へ広げる。
その隣には、何度も作り直した小さな試作品。
最初のものよりは、ずっと猫に近づいている。
正面から見る。
横から見る。
紙に描いたミーヤとも比べる。
「…………うん」
まだ少し違うところはある。
でも。
どこをどう作れば猫らしくなるのか。
最初より、ずっと分かるようになってきた。
だから――。
今度こそ、白い毛糸を取り出した。
これは練習ではない。
約束した白猫を作るために買った、本番の毛糸だ。
「つくる!」
母親がこちらを見る。
「もう練習はいいの?」
「うん!」
「本当に?」
「…………」
もう一度、試作品を見る。
少し考える。
「たぶん!」
母親が笑った。
「そこは『絶対』じゃないのね」
「つくってみないとわからない」
練習ではうまくできても、本番でも同じようにできるとは限らない。
だから。
失敗しないとは言わない。
ただ、失敗したら直す。
それだけだ。
机の上を片づける。
白い毛糸。
赤い毛糸。
黒いボタン。
詰め物。
そして、何枚もの猫の絵。
狼のあみぐるみも隣へ置いた。
「ここは、ちがう……」
狼の顔を見る。
次に猫の絵。
鼻先は、もっと短く。
頭は、もう少し丸く。
耳の位置も違う。
身体も、そのまま小さな狼にしてはいけない。
そして忘れてはいけないことが、もう一つ。
依頼した女性は言っていた。
――なるべく可愛らしくしてほしい。
本物の猫を、そのまま毛糸で作るわけではない。
ちゃんと猫だと分かって。
そのうえで、娘が見たときに、
「かわいい」
と思ってもらえるもの。
「…………」
白い毛糸を手に取る。
まずは、頭から。
一段。
また一段。
少しずつ目数を増やしていく。
丸みができてくる。
まだ途中。
それでも一度、手を止めた。
紙と並べる。
「…………ながい」
鼻先が少し長い。
このまま続けても作れる。
完成させることもできる。
でも。
「ちがう」
ほどく。
白い毛糸が、少しずつ元へ戻っていく。
練習用の毛糸とは違う。
買った材料だ。
ほどくたび、少しもったいない気持ちになる。
それでも。
違うと思ったまま進める方が嫌だった。
もう一度。
今度は鼻先を短くする。
頭の丸みも少し変える。
編んで。
止めて。
紙を見る。
また編む。
「…………」
正面から見る。
横から見る。
「ねこ」
今度は、ちゃんとそう見えた。
少し嬉しくなる。
でも。
まだ頭だけ。
仕事は始まったばかりだ。
◇ ◇ ◇
それから毎日、少しずつ白猫を作った。
一日中編み続けるわけではない。
指が疲れれば休む。
集中できなくなれば、その日はやめる。
翌日になったら、また見る。
昨日は良いと思ったところが、今日は変に見えることもあった。
耳を作った日もそうだった。
「…………?」
頭へ仮に付けてみる。
右。
左。
正面から見る。
「へん」
左右の高さが少し違う。
片方を外す。
付け直す。
今度は開き方が違う。
「…………」
また外す。
母親が横から見ていた。
「そんなに変?」
「ちょっと」
「私にはあまり分からないけど」
「ぼくはわかる」
狼を作っていたころなら、そのままにしていたかもしれない。
でも今は。
少しの違いが気になる。
自分で作ったものだからこそ、余計に見える。
何度か位置を変えて。
ようやく、
「ここ」
と思える場所が決まった。
次は身体。
ここは狼を作った経験が使えた。
丸みを作る。
少しずつ目数を変える。
詰め物を入れたときに膨らむことも考える。
前より手が止まらない。
「…………」
自分でも分かる。
狼を作ったときより速い。
でも。
後ろ脚へ進んだところで、また止まった。
「…………ちがう」
狼と同じように作ると、猫らしく見えない。
紙を見る。
座っているミーヤ。
後ろ脚は身体の下へ折り畳まれている。
立っているときとは形が違う。
今回作る猫は、座っている姿にしたい。
なら。
その形に合わせなければならない。
試しに作る。
付ける。
「…………へん」
外す。
少し形を変える。
もう一度。
まだ違う。
ほどく。
作り直す。
それを何度か繰り返した。
◇ ◇ ◇
作り始めてから一週間ほど。
机の上に、白いものが座っていた。
まだ目はない。
鼻もない。
耳や脚も仮に付けているだけ。
尻尾も完成していない。
それでも。
「ねこ!」
ちゃんと白い猫に見える。
母親も隣から覗き込む。
「狼のときより綺麗ね」
「ほんと?」
「うん。ずいぶん上手になったと思う」
「えへへ」
嬉しい。
もう少しで完成できるかもしれない。
そう思ったところで。
「でも……」
「?」
母親が少し横へ移動した。
「こっちから見ると、頭がちょっと大きくない?」
「…………」
同じ場所へ移動する。
横から見る。
「…………」
正面へ戻る。
かわいい。
もう一度、横。
「…………おおきい」
確かに。
正面だけ見ていると気にならなかった。
でも身体と比べると、少し頭が大きすぎる。
そのままでも、猫には見える。
可愛くないわけでもない。
渡しても、
「失敗作だ」
とは言われないかもしれない。
でも。
これは練習で作っているものではない。
誰かが、自分の娘へ渡すために頼んだものだ。
そして。
まだ直す時間もある。
「なおす」
「せっかくここまで作ったのに?」
「うん」
頭の一部をほどく。
少し小さく作り直す。
せっかく編んだところが消えていく。
それでも。
作り直した頭を身体へ合わせたとき。
「こっち!」
さっきより自然だった。
母親も頷く。
「うん。私もこっちの方が好き」
「ぼくも!」
また少し。
完成へ近づいた。
それからも、すぐには仕上げなかった。
何日か経ったあと、もう一度ミーヤを見に行った。
今度は、
「猫ってどんな形?」
を見るためではない。
自分が作っているものと比べるためだ。
耳。
頬。
胸。
座ったときの脚。
尻尾。
家へ戻る。
白猫を見る。
「…………」
耳を少し直した。
尻尾の付け根も変えた。
前なら、
「猫に見える」
ところで終わっていたかもしれない。
今は。
「もっと猫に見えるようにしたい」
と思うようになっていた。
◇ ◇ ◇
半月ほど経ったころ。
大きな部分は、ほとんどできていた。
白い身体。
丸みのある頭。
短い鼻先。
少し大きめの耳。
座った姿。
長い尻尾。
あとは顔と細かな仕上げ。
ここからは、一人ではやらない。
「おかあさん」
「針?」
「うん」
母親が裁縫箱を持ってくる。
黒いボタンを二つ。
狼のときにも使った、小さな目。
まずは置くだけ。
右。
左。
「…………」
少し離れて見る。
近い。
動かす。
今度は遠い。
また動かす。
「ここ」
位置を決めてから、針に糸を通す。
母親が隣で見ている。
一つ目。
何度か通して、しっかり留める。
二つ目。
途中で止めて、左右の高さを見る。
少しだけ直す。
そして。
二つの目が付いた。
「…………!」
急に顔ができた。
「ねこ!」
母親が笑う。
「さっきまでも猫だったでしょう?」
「でも、もっとねこ!」
鼻は黒い毛糸。
小さく。
目立ちすぎないように。
そして最後に。
赤い毛糸を手に取る。
依頼された――赤い首輪。
細く編む。
長すぎないように。
短すぎないように。
白猫の首へ合わせながら作る。
「…………」
白い身体に、赤。
よく目立つ。
留める。
手を離す。
机の上に。
白い猫が座っていた。
「できた……」
そう言いかけて。
口を閉じた。
「…………まだ」
「まだなの?」
「みる」
狼のあみぐるみを持ってくる。
二つ並べる。
灰色の狼。
白い猫。
狼を作ったときは、
「すごく上手にできた」
と思った。
今見ても、大切な作品なのは変わらない。
でも。
「…………」
脚の太さ。
左右の違い。
頭と身体のつながり。
少しだけ歪んでいるところ。
前には気づかなかったものが、見える。
「オオカミさん、へた?」
母親が聞く。
「そう思う?」
「…………ちがう」
首を横に振る。
下手だから大切ではない。
そんなことではない。
「あのとき、いっぱいがんばった」
あのとき作れる、一番いいものを作った。
だから大切。
でも今は。
あのときより、少し上手になった。
それだけだ。
今度は白猫を見る。
飛び出している毛糸を整える。
目の高さ。
大丈夫。
耳。
大丈夫。
脚。
机へ置いて、軽く押す。
戻る。
倒れない。
尻尾。
首輪。
鼻。
一つずつ見る。
母親にも確認してもらう。
「取れそうなところ、ない?」
「見てみるね」
耳。
脚。
尻尾。
ボタン。
軽く引いて確かめてもらう。
「大丈夫そう」
「うん」
それでも。
その日は完成にしなかった。
机の上へ置いたままにする。
◇ ◇ ◇
翌朝。
起きて最初に白猫を見る。
昨日は、
「もう直すところはない」
と思った。
でも。
朝の明るいところで見ると。
「あ」
胴体の横。
編み目が一か所だけ少し乱れている。
近くで見なければ分からない。
そのままでも使える。
でも。
見つけてしまった。
「…………なおす」
少しだけ手を入れる。
整える。
もう一度。
正面。
横。
後ろ。
下。
見る。
今度こそ。
「できた!」
白い猫を両手で持ち上げる。
約束した一か月より、ずっと早かった。
でも。
急いで作ったわけではない。
何度も止まった。
何度もほどいた。
ミーヤも見に行った。
母親にも見てもらった。
昨日できたと思ったものを、今日もう一度見直した。
その全部を終えて。
ようやく完成した。
白い身体。
丸い頭。
短い鼻先。
少し大きめの耳。
長い尻尾。
黒い二つの目。
そして赤い首輪。
狼より少し小さく。
本物の猫より少し丸く。
娘への贈り物として頼まれた、
可愛らしい白猫。
「…………」
眺めていると、少しだけ渡したくなくなる。
ずっと作っていたから。
何度も直したから。
それでも。
これは最初から、自分のものではない。
「おきゃくさんのねこ」
まだ仕事は終わっていない。
作るところまではできた。
でも。
依頼した人に見てもらって。
約束したものになっていると認めてもらって。
渡して。
残りの銅貨百枚を受け取る。
そこまで終わって、初めて仕事になる。
そして。
もう一つ残っている。
「リボン!」
行商人から材料を買ったとき。
娘への贈り物だからと、自分で付けようと決めたもの。
白猫をそのまま渡すのではなく。
最後に、贈り物として包む。
「おかあさん」
「今度はなあに?」
「プレゼントにする!」
「もう十分プレゼントじゃない?」
「ちがうよ!」
完成した白猫を大事に抱える。
作る仕事は終わった。
次は――。
この猫を受け取る女の子が、
最初に何を見るのか。
そこまで考えてみることにした。




