049 ねことオオカミのちがうところ
――ねことオオカミのちがうところ――
翌日。
白い毛糸と紙を持って、玄関へ向かう。
昨日も猫を見た。
けれど、まだ一匹を少し観察しただけ。
あれだけで作り始めるには、分からないことが多すぎる。
「おかあさん、ねこをみてくる」
母親が振り返る。
「また猫?」
「うん。ちゅうもんのねこ、ちゃんとつくりたいから」
「ああ、昨日の続きね」
母親は納得したように頷く。
ただし、そのまま送り出してはくれない。
「町の中だけよ。森の方には行かないこと。それと、よその家の猫を勝手に連れてきちゃ駄目よ」
「うん!」
以前の狼のこともある。
一人で歩ける範囲について、母親が慎重なのは変わっていない。
◇ ◇ ◇
向かったのは、昨日とは別の場所。
何度か猫を見かけたことのある家の近くだ。
「…………いた」
石垣の上。
一匹の猫が丸くなっている。
白ではない。
茶色と白のまだら模様。
注文された猫とは色が違うけれど、身体の形を見るには問題ない。
近づきすぎないよう、少し離れたところに座る。
紙を膝の上へ置く。
すぐには描かない。
まず――見る。
「…………」
耳。
昨日見た猫もそうだった。
狼より、頭に対して大きく見える。
紙に線を引く。
次は鼻先。
狼のように長く前へ伸びていない。
頭は丸い。
身体も、狼を思い出して描いたときより輪郭が柔らかく見える。
そして――。
「しっぽ……ながい」
昨日もうまく描けなかったところだ。
あみぐるみなら、細長い棒のように作ればいいと思っていた。
でも、本物を見ると違う。
身体から自然に伸びて。
途中で曲がり。
先端の向きも変わっている。
今の形を紙に描いておく。
すると。
猫が立ち上がった。
「!」
紙から顔を上げる。
今度は身体全体が見える。
立っている姿。
身体に対して、脚がどれくらいの長さなのか。
前脚と後ろ脚。
背中の高さ。
頭の位置。
忘れないうちに線を引いていく。
上手に描くためではない。
あとで見たときに、
「どんな形だったか」
を思い出せればいい。
猫が歩き始めた。
「あ……」
思わず立ち上がりかけて――やめる。
追いかければ、逃げるかもしれない。
そのまま待つ。
猫は数メートル先まで歩くと、また座った。
今度は横向き。
「…………」
さっきとは、形が変わった。
前脚は地面へ真っ直ぐ伸びているように見える。
後ろ脚は身体の下へ折り畳まれている。
背中は緩く丸まり。
長い尻尾は身体の横へ置かれている。
また描く。
立っている猫。
座っている猫。
同じ猫なのに、身体の見え方が全然違う。
「むずかしい……」
小さく呟きながら、それでも紙へ残していく。
しばらくすると。
猫がこちらを見た。
「…………」
こちらも見る。
目が合う。
猫がゆっくり目を細めた。
でも、近づかない。
狼のときにも覚えた。
自分が触りたいからといって、相手も触られたいとは限らない。
そのまま座っていると――。
今度は猫の方から動いた。
ゆっくり近づいてくる。
「…………!」
じっとしている。
猫は足元まで来ると、膝の上にある紙へ鼻を近づけた。
すん。
すん。
次に、持ってきた毛糸。
また匂いを嗅ぐ。
「これ、ねこさんつくるの」
もちろん返事はない。
少しすると興味を失ったらしく、離れていった。
また少し先に座る。
今度は顔がよく見えた。
「め……」
注文されたのは、
可愛い猫。
本物そっくりに作ってほしいと言われたわけではない。
だから、本物をそのまま再現する必要はない。
それでも。
猫に見えなければ意味がない。
狼のあみぐるみに使ったボタンの目を思い出す。
同じ付け方でいいのだろうか。
紙に丸を二つ描く。
少し近づける。
「…………へん」
離してみる。
「…………」
今度は耳との位置がおかしい気がする。
猫を見る。
紙を見る。
また猫を見る。
目。
耳。
鼻。
頬の丸み。
少しずつ直していく。
そうしているうちに、昨日はまだ曖昧だったものが、少しずつ見えてきた。
狼とは違う。
ただ鼻を短くすれば猫になるわけでもない。
頭の丸さも。
耳の位置も。
目の見え方も。
身体の形も。
いくつもの小さな違いが重なって、
「猫らしく」
見えている。
◇ ◇ ◇
どれくらい経っただろう。
紙を見る。
猫を見る。
もう一度紙を見る。
「…………?」
さっき何を確かめようとしていたのか、一瞬分からなくなった。
同じところばかり見ている。
集中できなくなってきたらしい。
まだ見ていたい。
でも、このまま続けても意味がない。
「きょうは、ここまで」
立ち上がる。
「ねこさん、ばいばい」
当然、返事はない。
猫は気にした様子もなく、前脚を舐めている。
何枚かの紙を大事に抱えて、家へ戻った。
「ただいま!」
「おかえり。どうだった?」
「いっぱいみてきた!」
紙を机へ広げる。
正面から見た顔。
横から見た身体。
立っている姿。
座っている姿。
尻尾。
どれも上手な絵とは言えない。
線も歪んでいる。
身体の大きさがおかしいものもある。
それでも、それぞれの横には自分なりに気づいたことも書いてある。
母親が一枚ずつ見る。
「……ちゃんと調べてきたのね」
「うん!」
自分でも、もう一度見返す。
昨日見た猫と、今日見た猫。
似ているところがある。
頭は狼より丸く見えた。
鼻先も短かった。
耳の大きさや位置にも違いがある。
座ったときには、脚の見え方が大きく変わる。
尻尾も、いつも同じ形ではない。
けれど。
二匹を見ただけで、
「猫は全部こうなんだ」
と決めることはできない。
大きな猫もいるかもしれない。
もっと毛の長い猫もいるかもしれない。
耳や顔の形だって、少しずつ違うかもしれない。
だから。
今分かったことは、
「今日までに見た猫には、こういう特徴があった」
というところまで。
それでも、何も見ずに作るよりずっといい。
狼のあみぐるみを作ったときは、頭の中に残っていた姿を頼りにして、何度も失敗した。
今回は違う。
見る。
描く。
比べる。
それから作る。
作る前にできることがあると、少しずつ分かってきた。
白い毛糸へ手を伸ばしかけて――。
止める。
「…………」
これは本番用。
失敗すれば、買った材料を無駄にしてしまう。
代わりに、家に残っている余り毛糸を持ってくる。
色は白ではない。
でも今は、色を見るために作るわけではない。
「まず、あたま」
猫の頭だけ。
試しに作ってみる。
毛糸を編んで。
少しずつ丸くして。
鼻先を作る。
耳を付ける。
机へ置いた。
「…………」
正面から見る。
横から見る。
そして、今日描いた猫の紙と並べる。
「…………オオカミさん」
猫を作ったはずなのに。
どこか狼に見える。
「ちがう」
ほどく。
一個目はなくなった。
でも失敗ではない。
どこが違うのかを見る。
鼻先が長い。
頭も少し細い。
耳の位置も違う。
もう一度。
今度は鼻先を短くする。
頭を少し丸くする。
「…………」
さっきよりは近い。
「ねこ……?」
でも、まだ何か違う。
耳を付けてみる。
「…………へん」
片方を外す。
位置を変える。
もう一度見る。
「こっちのほうがいい」
まだ完成品には程遠い。
それでいい。
約束の日まで、一か月ある。
最初にできたものを、そのまま渡さなくてもいい。
試して。
失敗して。
違うと思ったら、ほどいて。
また作る。
今ならまだ――。
何度でも失敗できる。




