047 ぼくが選んだ仕入先
――ぼくが選んだ仕入先――
女性を見送ったあと。
しまったばかりの銅貨二十枚を、もう一度取り出す。
「おじさん」
「今度はなんだ?」
「ざいりょう、かう」
「もう買うのか?」
「うん!」
さっき必要なものは確認した。
白い毛糸。
赤い毛糸。
中へ入れる詰め物。
目に使う小さな黒いボタン。
それから――。
「リボンも!」
「リボン?」
「プレゼントだから!」
女性は、娘へ渡すと言っていた。
だったら完成した猫をそのまま渡すより、最後にリボンを付けて渡した方が喜んでもらえるかもしれない。
もちろん、それは頼まれたものではない。
自分で付けたいと思ったものだ。
「なるほどな」
行商人は店先の商品へ目を向ける。
「じゃあ、どれだけ必要か考えてみるか」
「うん!」
◇ ◇ ◇
狼のあみぐるみを横へ置き、それを見ながら必要な量を考える。
今回作る猫は、これより少し小さい。
だから、同じ量の毛糸は必要ないはずだ。
赤い毛糸も、首輪に使うだけならほんの少しでいい。
詰め物も狼より少なくて済む。
黒いボタンは二つ。
リボンも、完成した猫に結べるだけあればいい。
「これだけ?」
必要そうな量を見て尋ねる。
「上手く一回で作れればな」
「…………」
その言葉で思い出す。
猫を作るのは初めてだ。
狼のときだって、頭が大きすぎたり、脚の太さが揃わなかったりして何度も作り直した。
今度も同じことが起こるかもしれない。
毛糸なら、ほどいて使い直せることもある。
でも何度もやり直せば傷むこともあるし、途中で足りなくなる可能性もある。
「じゃあ、ちょっとおおめ?」
「ああ。それに、余ったって無駄になるわけじゃないだろ」
「?」
「次に何か作るときに使えばいい」
「……そっか!」
今回の白猫一体だけで、買ったものを全部使い切る必要はない。
白い毛糸が残れば、次に白いものを作るときに使える。
赤い毛糸も、別の首輪や飾りに使える。
詰め物も同じ。
ボタンだって二つだけ買うより、いくつか持っていれば次のあみぐるみに使える。
「じゃあ、つぎのぶんも!」
「次の分まで大量に買う必要はないぞ」
「えー」
「まだ次の注文が来るかも分からんだろ」
「…………そっか」
「今回は、失敗しても少し余裕があるくらい。それで残ったら次に使え」
「うん!」
必要な分ぎりぎりではなく、少し余裕を持たせる。
でも、使うか分からないほど大量には買わない。
行商人と相談しながら、それぞれの量を決めていった。
全部合わせると――。
銅貨十八枚。
「じゅうはち……」
手付金として受け取ったのは二十枚。
全部買っても二枚残る。
少し迷ってから、銅貨を一枚ずつ行商人へ渡していく。
「じゅうご……じゅうろく……じゅうなな……じゅうはち!」
「確かに」
手の中に残ったのは二枚だけ。
さっきまで二十枚もあったのに、ずいぶん少なくなった。
でも。
目の前には代わりに、毛糸や詰め物、ボタン、リボンが入った袋がある。
「…………」
袋を持ち上げてみる。
お金が消えたわけではない。
作るために必要なものへ変わった。
しかも、全部を今回の猫だけで使い切るわけではない。
上手く作れれば、残った材料は次の作品にも使える。
初めて、自分で使うための材料をまとめて仕入れた。
◇ ◇ ◇
そこで、ふと行商人の手を見る。
さっき渡した十八枚の銅貨をしまっている。
「…………」
女性から、自分が二十枚を受け取った。
そのうち十八枚を使って、今度は自分が行商人から商品を買った。
「おじさん」
「ん?」
「おじさんも、おかねふえた?」
「そりゃ商品を売ったからな」
「ぼくがかったから?」
「ああ」
店先を見る。
自分のマフラーが並んでいる。
その中央には、狼のあみぐるみ。
さっきの女性は、最初から白い猫を注文するために来たわけではない。
狼を見つけて足を止めた。
そこから話をして、自分にも作ってほしいと言ってくれた。
その注文を作るために――。
今度は自分が、この店で材料を買った。
「…………あ!」
「どうした?」
「オオカミさんが、おきゃくさんよんだ」
「そうだな」
「そのひとが、ねこたのんだ」
「ああ」
「ぼくが、おじさんからけいとかう」
「……そうなるな」
少しずつ、頭の中でつながっていく。
「じゃあ、ぼくのがうれたら、おじさんももうかる!」
「…………」
行商人が黙った。
さらに店先を指差す。
「ぼくの、ここにおいていいでしょ?」
「今も置いてるだろ」
「もっとつくったら!」
「おいおい」
「ぼくのみに、おきゃくさんきたら、おじさんのもみるよ!」
狼を見に来た人が、マフラーも見た。
なら、自分の商品を目当てに来た人が、行商人の商品を見ることだってあるかもしれない。
「それで、ぼくのうれたら、またけいといる!」
「まあ、そうだな」
「そしたら、またおじさんからかう!」
行商人はしばらくこちらを見ていた。
それから。
「お前、本当に三歳か?」
「みっつ!」
「知ってるよ」
◇ ◇ ◇
行商人は腕を組み、店先へ目を向けた。
「確かに、お前の商品を置く意味は前より増えたかもしれんな」
「ほんと?」
「ああ。マフラーが売れれば、俺には委託の手数料が入る」
「うん」
「お前の商品を見に来た客が、ついでに俺の商品を買うこともあるかもしれない」
「うん!」
「それで注文が増えれば、お前はまた材料が必要になる」
「うん!」
「ただし」
行商人がこちらを見る。
「だからって、俺から買わなきゃいけないわけじゃないぞ」
「?」
「同じ毛糸をもっと安く売ってる奴がいたら?」
「…………」
考える。
同じもの。
でも安い。
「そっちでかったほうがいい?」
「品質も同じならな」
「じゃあ、おじさんからかわない?」
「そうなることもある」
「…………」
そこは考えていなかった。
行商人は笑う。
「俺だって、お前に買ってほしけりゃ、値段や品揃えを考えなきゃならん」
「おじさんも?」
「商売してるのは俺も同じだからな」
自分だけが、どうすれば売れるか考えるのではないらしい。
売る側の行商人も、どうすれば買ってもらえるか考えている。
「じゃあ……」
少し考える。
「おなじだったら、おじさんからかう!」
「なんでだ?」
「おじさん、いろいろおしえてくれるから!」
行商人が一瞬黙った。
「……そうか」
「うん!」
同じ値段。
同じ毛糸。
どちらから買っても同じなら。
自分は、このおじさんから買いたい。
今まで何度も商売を教えてくれた。
本も読ませてくれた。
初めて仕事代をくれたのも、この人だった。
それも、自分が店を選ぶ理由になる。
「それなら、選んでもらえるようにしないとな」
行商人が笑った。
◇ ◇ ◇
材料の袋を受け取る。
「次に来るとき、白い毛糸を少し多めに持ってきてもいいかもしれんな」
「いっぱい!」
「いっぱいとは言ってない」
「えー」
「今回の猫がちゃんと完成して、それからだ」
まだ注文は一件だけ。
今回だけで終わるかもしれない。
また頼んでくれる人が現れるかもしれない。
それは、まだ分からない。
だから行商人も、いきなり大量に仕入れるつもりはないらしい。
「またちゅうもんきたら?」
「そのとき考える」
「わかった!」
袋を大事に抱える。
これで、白猫を作るための準備ができた。
そして――。
「さて」
行商人が言う。
「材料は買ったな」
「うん」
「他には?」
「?」
何のことか分からず、行商人の視線を追う。
荷馬車の奥。
そこには、四冊の本が並んでいた。
『魔力感知と瞑想法』
『初級術式図解』
『魔法生物入門』
そして。
夏に二時間だけ読ませてもらった、
『はじめての魔力――魔術基礎入門』
「…………!」
材料の袋を抱えたまま、その場で固まる。
行商人が笑った。
「こっちは見なくていいのか?」
秋まで、ずっと欲しかったもの。
そもそも、お金を稼ごうと思った理由。
編み物を始めたのも。
商品を作ったのも。
店で売ろうとしたのも。
始まりを辿れば――全部、ここにつながっている。
目の前に。
魔法書が四冊並んでいた。




