046 はじめての注文
――はじめての注文――
「分かったわ。百二十枚でお願いする」
「ほんとに、ひゃくにじゅうまい?」
「ええ」
「しろいねこで、あかいくびわで、かわいくして……ひとつきまでだよ?」
「それで大丈夫よ」
「やった!」
思わず両手を上げる。
自分で考えて決めた値段。
それを聞いたうえで、それでも作ってほしいと言ってもらえた。
嬉しくなって、もう一度狼のあみぐるみを見る。
これを見た人が、今度は自分のためにも作ってほしいと言ってくれた。
「まだ早いぞ」
隣から声が飛んできた。
「?」
「まだ何も作ってないだろ」
「あ……」
「百二十枚で売れたんじゃない。百二十枚で作る約束をしただけだ」
「…………」
上げていた両手をゆっくり下ろす。
確かに、白い猫はまだどこにもいない。
「ちゃんと作って渡して、残りの金を受け取る。そこまで終わって仕事だ」
「うん!」
嬉しい。
でも、さっきまでとは少しだけ違う。
一か月後には、本当に白い猫を完成させなければならない。
◇ ◇ ◇
「それで」
行商人がこちらを見る。
「手付金はどうする?」
「てつけきん……」
さっき聞いた言葉を思い出す。
「さきにもらうおかね?」
「ああ」
「…………」
百二十枚なら、いくらだろう。
さっきは百枚なら二十枚という話だった。
でも今回は百二十枚。
指を使って考えてみる。
よく分からない。
「おじさん」
「なんだ?」
「にじゅうまいでもいい?」
「決めるのはお前だ」
「…………」
女性を見る。
「てつけきん、にじゅうまいでいい?」
「ええ。構わないわ」
「じゃあ、にじゅうまい!」
決まった。
女性が財布へ手を伸ばす。
すると、
「待った」
行商人が止めた。
「?」
「金を受け取る前に、もう一回約束を確認しとけ」
「あ!」
さっき書いた紙を見る。
◇ ◇ ◇
紙を自分の前へ置く。
指で一行ずつ追う。
「しろいねこ」
「ええ」
「あかいくびわ」
「お願いね」
「オオカミさんより、すこしちいさい」
「そう」
「むすめさんにあげる」
「ええ」
「かわいくする!」
女性が笑った。
「そこ、大事よ」
「うん!」
次。
「ひとつきいない」
「それで大丈夫」
全部合っている。
でも、紙にはまだ書いていないことがある。
「ひゃくにじゅうまい……」
空いているところへ書き足す。
その下にも、
「さきに、にじゅうまい」
と書いた。
「…………」
残りはいくらだろう。
百二十から二十。
頭の中で考えてみる。
「ひゃく……?」
行商人を見る。
「俺を見るな」
「…………」
もう一度考える。
百二十。
そこから二十を取る。
「……ひゃく!」
「そうだ」
「できた!」
完成したときに、残り百枚。
それも紙へ書き足した。
◇ ◇ ◇
「あと一つ」
行商人が言う。
「途中でやめたときは?」
「…………」
それもあった。
女性を見る。
「もし……」
少し言いにくい。
「なあに?」
「つくってるとちゅうで、いらないってなったら……」
女性が少し笑った。
「大丈夫よ。怒らないから言ってみて」
「にじゅうまい、かえさなくてもいい?」
「ええ。それでいいわ」
すぐに頷いてくれた。
「じゃあ、それも書いとけ」
「うん」
紙へ書き足す。
途中で分からない文字が出てきて、手が止まった。
「おじさん、これどうかくの?」
「どれだ?」
指差した文字を教えてもらう。
ゆっくり書いて――。
「できた!」
「じゃあ逆は?」
「ぎゃく?」
「お前が作れなかったら?」
「…………」
今度はすぐに分かった。
「にじゅうまい、かえす」
「そうだな」
それも書く。
女性がやめたら返さない。
自分が作れなかったら返す。
書き終わった紙を女性へ向ける。
「これでいい?」
女性は受け取ると、ゆっくり目を通した。
「ええ。これでお願いするわ」
「うん!」
◇ ◇ ◇
財布から銅貨が取り出される。
机の上へ、一枚ずつ置かれていく。
途中から一緒に数える。
「じゅうご……じゅうろく……じゅうなな……じゅうはち……じゅうきゅう……」
最後の一枚。
「にじゅう!」
銅貨二十枚。
両手で受け取る。
「よろしくね」
「うん! がんばってつくる!」
「楽しみにしてるわ」
女性が離れていく。
その背中を見送りながら、手の中を見る。
銅貨二十枚。
前に行商人から仕事代としてもらったのは五枚だった。
今度は、その四倍もある。
なのに――。
「…………」
なんだか少し違う。
まだ猫を作っていない。
何も渡していない。
それなのに、お金だけが手の中にある。
「おじさん」
「なんだ?」
「これ、もうぼくのおかね?」
行商人が少し考える。
「使うことはできる」
「うん」
「でも、お前が『作る』って約束したから渡された金だ」
「…………」
「猫を渡すまでは、その約束も忘れるなよ」
手の中を見る。
さっきまでただ嬉しかった銅貨が、少しだけ違って見えた。
女性は、自分がまだ作ってもいないものに先にお金を出してくれた。
一か月後に白い猫を受け取れると思って。
「わすれない」
銅貨を大事にしまう。
◇ ◇ ◇
それから、紙をもう一度開いた。
自分で書いた文字を上から読む。
『しろいねこ』
『あかいくびわ』
『オオカミさんより、すこしちいさい』
『むすめさんにあげる』
『かわいく』
『ひとつきいない』
「…………」
目を閉じて、猫を思い浮かべてみる。
白い身体。
赤い首輪。
四本の脚。
尻尾。
耳。
「…………?」
何か違う。
頭の中に出てきたのは、白くなった狼みたいなものだった。
「これ、ねこじゃない……」
狼なら、何度も思い出しながら作った。
でも猫は、見たことがあるだけ。
耳はどんな形だった?
顔はどれくらい丸かった?
鼻は?
脚は?
尻尾は?
考えれば考えるほど、分からなくなる。
紙を見る。
そこには、
『かわいく』
とも書いてある。
「…………」
これはもっと分からない。
猫に見えるだけではなく、娘が見て喜んでくれるようなものにしなければならない。
紙を丁寧に畳む。
「ねこ、みにいこう」
まずは、本物を見る。
狼を作ったときと同じように。
見て。
覚えて。
それから、自分の手で形にする。
さっきまで店先で売ることばかり考えていたのに、今はもう頭の中が白い猫でいっぱいになっていた。
初めて、自分に頼まれたものを作る。
その仕事が始まった。




