044 はじめての特注品
――はじめての特注依頼――
「じゃあ、こういうのって別の動物でも作れる?」
女性に尋ねられて、もう一度狼のあみぐるみを見る。
すぐに「作れる」とは答えなかった。
狼を作るだけでも、何度も失敗した。
頭が大きすぎて作り直したこともあるし、脚の太さが揃わなくて何度もほどいた。
今まで一度も作ったことがない動物なら、同じくらい失敗するかもしれない。
でも。
時間があれば、試すことはできる。
「……ひとつきあれば、つくれるとおもう」
「一か月?」
「うん」
女性は少し驚いたようだった。
「そんなにかかるの?」
「だって、なにほしいか、まだしらないよ」
「ああ……そうね」
「きいてから、つくるの。とくちゅうひん!」
横で行商人がわずかに眉を上げた。
「特注品なんて言葉まで覚えたのか……」
「うん!」
「覚えるのだけは早いな」
そう言いながらも、行商人はそれ以上口を挟まなかった。
これは自分に来た話だから、自分で聞かなければならない。
女性を見る。
「なにつくるの?」
「猫を作ってほしいの」
「ねこ?」
「そう。娘が猫を好きなの」
猫。
頭の中に姿を思い浮かべる。
村の中でも何度か見たことがある。
四本の脚があって、長い尻尾があって、頭には二つの耳がある。
狼と似ているところは多い。
でも、同じではない。
狼より顔は丸かった気がする。
鼻先も短い。
耳や身体の形も少し違う。
狼の作り方をそのまま使ったら、猫には見えないかもしれない。
「…………」
もっとよく見た方がいい。
幸い、町には猫がいる。
近くで見せてもらえれば、形を確かめながら作れるかもしれない。
「ねこ、みてからつくる」
「猫を?」
「うん。ちゃんとねこにしたいから」
女性が少し笑った。
「じゃあ、お願いしようかな」
まだ決まっていない。
猫なら何でもいいのかも分からない。
さっき行商人から、欲しいものを聞いてから作る方法を教えてもらったばかりだった。
だから、もう少し聞いてみる。
「どんなねこ?」
「どんな……?」
「いろは?」
「ああ、そういうことね」
女性は少し考えた。
「白い猫がいいわ」
「しろ!」
それなら白い毛糸が必要になる。
家にどれくらい残っていただろう。
すぐには思い出せない。
「それとね」
「うん」
「首に赤いものを付けられる?」
女性が自分の首元を指でなぞる。
「こんな感じで」
「…………」
狼には付けなかったものだ。
でも、細く編んだ赤い毛糸を首へ巻くくらいならできそうな気がする。
「くびわ?」
「そうね。赤い首輪みたいなもの」
頭の中で白い猫に赤い毛糸を付けてみる。
「できるとおもう!」
「本当?」
「うん!」
今度は大きさを尋ねる。
「これとおなじ?」
狼のあみぐるみを持ち上げると、女性は少し考えてから首を振った。
「もう少し小さい方がいいかな」
両手で大きさを示してくれる。
狼より一回り小さいくらい。
「これくらい」
「わかった!」
色も聞いた。
首輪も聞いた。
大きさも聞いた。
少しずつ、作るものが見えてきた。
白い、小さな猫。
首には赤い首輪。
娘に渡すもの。
さっきまで「別の動物」としか分からなかったものが、頭の中で少しずつ形になっていく。
◇ ◇ ◇
「よし。じゃあ次だ」
ここまで黙って聞いていた行商人が、ようやく口を開いた。
「坊主」
「?」
「それ、何で作る?」
「けいと!」
「何色の?」
「しろ!」
「持ってるのか?」
「…………」
そこで止まった。
家に毛糸はある。
でも、白い毛糸がこの猫を一体作れるほど残っていたかは分からない。
赤い毛糸も必要になる。
中へ入れる詰め物もいるし、狼と同じような目にするなら、小さなボタンも二つ必要になる。
「…………みてない」
「だろ?」
「うん」
「注文を受けてから『材料がありませんでした』じゃ困るぞ」
「…………」
その通りだった。
作り方ばかり考えていて、材料が揃っているかまでは考えていなかった。
「じゃあ、かう!」
「その金は誰が出す?」
「ぼく!」
答えてから、自分の持っているお金を思い出す。
朝まで持っていた銅貨五枚。
そこへ今日売れたマフラーのお金が増えている。
材料代を母へ返す分は別にしても、前より使えるお金は増えていた。
でも、白い毛糸がいくらするのかは知らない。
赤い毛糸も必要になる。
全部買ったら、いくらになるのだろう。
「……いくら?」
「それを確認してから値段を決めるんだ」
「なるほど……」
また一つ、順番を間違えた。
何を作るのか決める。
必要なものを調べる。
それにいくらかかるのかを考える。
そのあとで、いくらで売るのかを決める。
マフラーのときに原価を教えてもらったのに、作るものが変わっただけで忘れかけていた。
◇ ◇ ◇
「それとな」
行商人は女性をちらりと見てから、もう一度こちらを見る。
「一か月かけて作ったあと、この人が『やっぱりいらない』って言ったらどうする?」
「…………え?」
考えていなかった。
女性も少し困ったように笑う。
「私はそんなこと言わないわよ」
「もちろん、あんたがそうするって話じゃない」
行商人はそう断ってから続けた。
「商売として注文を受けるなら、そうなったときのことも決めておくんだ」
「…………」
完成した白猫を思い浮かべる。
もし一か月かけて作ったあとで、いらないと言われたら。
白い猫が欲しい別の人を探せばいい。
でも、その人も同じ大きさで、赤い首輪の白猫を欲しがるとは限らない。
普通に作って並べるものとは違う。
この人の希望を聞いて作るからこそ、ほかの人には売りにくくなることもある。
「どうするの?」
「方法はいくつかあるが、初めてなら手付金をもらっておくのが分かりやすいな」
「てつけきん?」
また知らない言葉だった。
行商人が銅貨を取り出す。
「たとえば、この猫を百枚で作るとする」
銅貨を並べながら説明してくれる。
「注文するときに、先に二十枚もらう」
二十枚をこちら側へ置く。
「それで完成したときに、残りの八十枚をもらう」
「なんで、さきにもらうの?」
「材料を買う金にもできる。それに、途中で客の都合だけで『やっぱりいらない』ってなったとき、使った材料や働いた分が全部無駄になるのを防げる」
「じゃあ、いらないっていったら、にじゅうまいはぼくの?」
「そういう約束にしておけばな」
「なるほど!」
これなら材料を買うためのお金にも使える。
でも、すぐに別の疑問が浮かんだ。
「ぼくがつくれなかったら?」
行商人が少し笑った。
「そこに気づいたか」
「?」
「お前の都合で約束した物を作れなかったなら、返す」
「にじゅうまい?」
「ああ。客だけに約束を守らせて、自分は守らなくていいなんて商売はできんからな」
「うん!」
それなら分かる。
お互いに約束する。
女性は話を聞き終えると、頷いた。
「私はそれでいいわよ。ちゃんと作ってくれるなら、先に払ってもいい」
「!」
初めて、自分にお金を払って何かを作ってほしいと言ってくれる人がいる。
嬉しくなって、すぐに「やる!」と言いそうになる。
でも。
「坊主」
行商人に呼ばれて止まる。
「まだ一つ決めてないぞ」
「…………?」
「いくらで作るんだ?」
「あ」
一番大事なところが残っていた。
◇ ◇ ◇
狼なら、さっき銅貨百枚くらいから試すと言われた。
今回の猫は、それより少し小さい。
使う毛糸も少なくなるかもしれない。
でも、自分が作りたい形を自由に作るのとは違う。
白い猫。
赤い首輪。
決められた大きさ。
頼んだ人が欲しいと思った形に近づけなければならない。
しかも猫を作るのは初めてだ。
「いくらがいい?」
行商人を見る。
「最後に決めるのはお前だぞ」
「うん」
「ただ、参考が欲しいなら……」
狼のあみぐるみと女性が示した大きさを見比べる。
「狼と同じくらいまで仕上げられるなら、この辺りじゃ銅貨九十枚から百十枚くらいで考えてもおかしくはない」
「…………」
九十枚。
百枚。
百十枚。
今まで自分が扱ったことのないくらい大きなお金だ。
安くすれば頼んでもらいやすいかもしれない。
でも、一か月の間に何度も試して作り直すことになるかもしれない。
材料だって必要になる。
反対に高くすれば、その分だけ相手は良いものを期待するはずだ。
まだ猫を一度も作ったことがない自分が、どこまで約束していいのか。
女性は急かさず待っている。
行商人も答えを教えてくれない。
初めて、自分のところへ直接やってきた注文。
何を作るのかは決まった。
いつまでに作るのかも決まった。
あとは――。
自分の仕事に、いくらの値段を付けるのか。
それを決めるのは、自分だった。




