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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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042 うりものじゃないおおかみ

――うりものじゃないおおかみ――


五本のマフラーを前にして、もう一度考える。


子供用が三本と、大人用が二本。


行商人のおじさんが教えてくれた値段なら、子供用は三十枚くらいで、大人用は四十八枚くらい。


安くすれば買ってもらいやすくなるかもしれない。


でも、安くしすぎれば自分に残るお金が少なくなる。


反対に高くすれば、売れたときに残るお金は増えるけれど、誰も買ってくれないかもしれない。


「…………」


難しい。


すぐには決められそうにない。


五本のマフラーを眺めながら考えていると、ふと別のものが頭に浮かんだ。


マフラーよりも、ずっと作るのが難しかったもの。


何度も失敗して、何度もほどいて作り直したもの。


「おじさん」


「ん?」


「もうひとつ、きいていい?」


「いいぞ」


「まってて!」


そう言って、また家へ走る。


「またか?」


後ろから行商人の声が聞こえたけれど、今度はすぐに戻ってきた。


両手に抱えているのは、さっき完成させた灰色の小さな狼。


「それは?」


「オオカミさん!」


「……狼?」


行商人が興味深そうに覗き込む。


渡す前に、一つだけ伝えておく。


「これは、うらないよ」


「ん?」


「オオカミさんにあげるの」


「…………」


行商人は一度こちらを見て、それから狼のあみぐるみに視線を戻した。


「なるほどな」


「でも、これ、もしうるなら、いくら?」


「売り物じゃないのは分かった。……でも値段を付けるなら、って話だな?」


「うん!」


「貸してみろ」


「うん」


両手で狼を渡す。


          ◇ ◇ ◇


行商人は受け取ると、すぐには何も言わなかった。


マフラーを見たときよりも時間をかけて、いろいろな方向から確かめている。


頭の形を見て、少し尖った耳を指で触る。


黒いボタンを使った二つの目と、黒い毛糸で作った鼻も確認する。


身体を裏返すと、四本の脚や尻尾、それぞれの付け方まで順番に見ていった。


「…………」


売るつもりはない。


だから、どんなことを言われても困らないはずなのに。


自分が何週間もかけて作ったものを、商売をしている人が真剣に見ていると思うと、少しだけ緊張する。


「ん?」


行商人の指が、右の後ろ脚で止まった。


「ここだけ毛糸が違うな」


「うん」


「足りなくなったのか?」


「ちがうよ」


「じゃあ、なんでだ?」


「オオカミさん、そこ、けがしてたから」


「……怪我?」


「うん。みぎのうしろあし」


行商人はもう一度、色の違う部分を見る。


「それで、わざと変えたのか」


「うん!」


「なるほどな……」


今度は最初とは少し違う目で、狼全体を見直している。


ただ形が狼になっているだけではなく、どうしてこういう形にしたのかまで考えているようだった。


しばらくして、行商人が口を開く。


「坊主。これはマフラーよりずっと高いぞ」


「そうなの?」


思わず狼を見る。


大きさなら、マフラーよりずっと小さい。


使った毛糸だって、一本のマフラーより少ないように思える。


「ちいさいよ?」


「大きさだけで値段は決まらない。さっきも言っただろ。材料だけを売ってるわけじゃないって」


「うん」


「これは毛糸だけじゃない。目にはボタンを使ってるし、中には詰め物も入ってる。それに、平らに編んでいくマフラーとは作る手間が全然違う」


行商人が狼を軽く持ち上げる。


「頭も身体も別々に形を考えないといけないし、脚だって四本ある。耳や尻尾を作って、それをちゃんと狼に見えるようにまとめなきゃならない」


「…………」


言われてみれば、その通りだった。


最初から今の形を作れたわけではない。


頭が大きすぎて作り直した。


脚の太さが揃わなくて、何度もほどいた。


丸くしたかったのに歪んだこともあったし、中へ詰めるものが多すぎて変な形になったこともある。


「これを作るのに、どれくらいかかった?」


「…………」


すぐには答えられない。


毎日これだけを作っていたわけではなかった。


マフラーも編んだし、本も読んだ。


文字や計算の勉強もしたし、遊んだり昼寝をしたりもした。


その間に、少しずつ作ってきた。


「いっぱいかかった」


「だろうな」


行商人が笑う。


「物を作って売るなら、材料だけじゃなくて、作るためにかかった手間も値段に入るんだ」


「てまも?」


「ああ」


また一つ、値段を決めるものが増えた。


使った材料だけではない。


作るのが難しいものなら、そのために覚えたことや、作るために使った時間も値段につながっていく。


          ◇ ◇ ◇


「じゃあ、いくら?」


行商人はすぐには答えず、狼を手の中でゆっくり回した。


「そうだな……この辺りで普通に売るなら、銅貨八十枚から百二十枚くらいか」


「そんなに!?」


思わず大きな声が出た。


マフラーよりも、ずっと高い。


「もちろん、出来によるぞ。これだって完璧じゃない」


行商人が一本の脚を指で示す。


少し細い。


よく見れば左右にも違うところがあるし、もっと綺麗にできそうなところもある。


それは自分でも分かっていた。


何度も直してここまで作ったけれど、上手な人が作ったものと同じではない。


「だから、今のお前が作ったこれなら……俺は銅貨百枚くらいから試す」


「ひゃくまい……」


百枚。


前に働いてもらったのは、銅貨五枚だった。


その五枚だって、初めて自分で働いてもらった大事なお金だった。


その二十倍。


両手に乗るくらいの小さな狼が、それほどの値段になるかもしれない。


「なんで、そんなにたかいの?」


「さっき言った手間もある。それと、こういう物を作る奴がこの辺りじゃ少ないからだ」


「すくないと、たかい?」


「欲しがる客がいればな」


「…………?」


行商人が笑う。


「珍しいだけじゃ駄目だぞ。誰も欲しがらない物なら、いくら作れる奴が少なくても売れない」


「…………」


それなら分かる。


誰も欲しくないものを作っても、買ってくれる人はいない。


でも。


欲しいと思う人がいて、それを作れる人が少なければ。


「たかくできる?」


「そういうこともある」


「なるほど……」


少しだけ、分かってきた。


          ◇ ◇ ◇


「もっとじょうずになったら?」


「同じくらいの物を何個作っても、ちゃんと同じような形にできるようになって、仕上げももっと綺麗になれば……百二十枚より高くても買う客はいるかもしれんな」


「!」


もっと上手になれば、もっと高い値段でも買ってもらえるかもしれない。


それなら。


「じゃあ、にひゃくまい!」


「それは高すぎる」


すぐに返された。


「…………」


少し考える。


「ひゃくごじゅう!」


「今の出来なら、それも俺は勧めない」


また駄目だった。


「なんで?」


「高くすれば、その分だけ儲かるわけじゃないからだ。この町で今のお前の出来に百五十枚、二百枚と付けても、まず買ってもらえないだろうな」


「…………」


さっきのマフラーと同じだった。


高く売れれば嬉しい。


でも、買ってくれる人がいなければお金にはならない。


「だから、ひゃくまい?」


「俺なら、まずはその辺りから客の反応を見るな」


「なるほど」


今度は、さっきより少し分かった気がした。


          ◇ ◇ ◇


行商人は、もう一度狼を眺める。


右の後ろ脚にも目を向けてから、こちらを見た。


「でもな」


「?」


「これは売らない方がいい」


すぐに頷く。


「うん」


「即答か」


「これは、オオカミさんの」


「そうだったな」


「うるの、だめ」


「分かってるよ。値段の話をしただけだ」


「うん!」


差し出された狼を、両手で受け取る。


銅貨百枚くらいになるかもしれない。


そう言われた。


でも、それを聞いても売ろうとは思わなかった。


これは最初から、森で会ったあの狼のために作ったものだから。


「オオカミさんに、あげる」


「ああ。それなら値段は関係ないな」


「うん!」


狼を大事に抱き直す。


値段が付けられることと、売りたいかどうかは別だった。


          ◇ ◇ ◇


それでも。


さっき聞いた話は、頭の中に残った。


マフラーなら、一本売って材料のお金と行商人の分を引けば、残るのは十数枚から二十数枚くらい。


それに対して、この狼は銅貨百枚くらいで売れるかもしれないと言われた。


もちろん、作るのにかかった時間は全然違う。


マフラーより難しくて、何度も失敗した。


同じものをもう一つ作れと言われても、今ならまた何週間もかかるかもしれない。


だから、狼を作った方が簡単にたくさん稼げるということではない。


でも。


今まで考えていたのは、マフラーや帽子みたいなものをいくつも作って、それを売ることだった。


今日、初めて別の方法があることを知った。


たくさん作るのではなく、一つのものに時間をかける。


難しいものを、もっと上手に作れるようになる。


それを欲しいと思ってくれる人がいれば、一つでも高い値段で売れることがある。


「…………」


作るものによって。


売り方も、値段も違う。


          ◇ ◇ ◇


「……坊主」


「?」


考えていると、行商人から声をかけられた。


「これ、自分で形を考えて作ったんだろ?」


「うん」


「作り方が書いてある本でも見たのか?」


「みてないよ」


「母ちゃんに形を教えてもらったわけでもない?」


「じぶんでかんがえたよ!」


少しだけ胸を張る。


もちろん、母にはたくさん教えてもらった。


編み物そのものもそうだし、目を付けるために針を使ったときも手伝ってもらった。


でも。


狼を作ろうと決めたのは自分だった。


森で会った狼を思い出しながら、頭や脚の形を何度も作り直した。


「そうか」


行商人は狼を見ながら、少し考える。


「だったら、もっと腕が上がれば面白いことができるかもしれないぞ」


「おもしろいこと?」


「ああ。たとえば客に『狼じゃなくて猫を作ってくれ』って言われたら、どうする?」


「ねこ?」


頭の中で猫を思い浮かべる。


狼とは耳の形が違う。


顔も違うし、尻尾も違う。


「…………つくれるかな?」


「今すぐ作れるとは言ってない。もっと腕が上がったら、だ」


「うん」


「犬が欲しい奴もいるかもしれないし、猫が欲しい奴もいる。ほかの動物を欲しがる奴だっているかもしれない」


「…………」


それなら。


その人が欲しい動物を聞いて。


「ほしいの、きいてからつくる?」


「そういうことだ」


「!」


今まで考えていたのとは、順番が反対だった。


今までは、自分で先に作ってから、それを欲しい人がいるか考えていた。


でも。


先に欲しいものを聞いて、それから作ることもできる。


「それなら、うれないの、つくらなくていい?」


「必ずそうなるとは限らんぞ」


「…………?」


「頼まれても途中でいらないと言われるかもしれないし、出来上がった物を見て気に入らないと言われることもある。そうならないように、先に値段や作る物の話を決めておくんだ」


「…………」


やっぱり。


簡単ではない。


「それに、作れない物を作れるって言うのも駄目だぞ」


「うん」


「約束したなら、ちゃんと作らないといけない。材料がどれだけ必要なのかも考えるし、作るのにどれくらい時間がかかるのかも考える」


「うん」


聞けば聞くほど、考えることが増えていく。


でも。


知らなかった売り方だった。


「やってみたい」


「まずは腕を上げろ」


「うん!」


すぐに返事をすると、行商人が笑った。


「冬までにもっと上手くなってたら、『この動物を作ってくれ』って注文を取ることもできるかもしれんな」


「ほんと?」


「できるかもしれない、だ。今できるとは言ってないぞ」


「うん!」


狼を作るだけでも、何週間もかかった。


違う動物なら、また分からないところが出てくるはず。


失敗して。


ほどいて。


作り直すこともあると思う。


だから、すぐにできるわけではない。


それでも。


今日、また一つ知らなかったことを覚えた。


作ったものを並べて、買ってくれる人を待つだけが商売ではない。


欲しいものを聞いてから、それを作る方法もある。


腕の中の狼を見る。


この狼は売らない。


銅貨百枚でも。


もっと高くても。


これは、あの狼のために作ったもの。


でも。


次に何かを作るときは。


今日聞いたことを試せる日が来るかもしれない。


そのためにも。


「もっと、れんしゅうする!」


「おう。そうしろ」


まだ作れるものは少ない。


だから。


まずは、もっと上手に作れるようになるところからだった。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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