041 はじめての値付け
――はじめての値付け――
「おかあさん!」
家へ戻る。
母は、突然戻ってきたこちらを見た。
「どうしたの? おじさんのところに行ったんじゃなかった?」
「いった!」
「もう帰ってきたの?」
「けいとのおかね、おしえて!」
「…………毛糸?」
「うん!」
抱えていたマフラーを見せる。
「これ、ひとつで、いくら?」
「一つで?」
「げんか、しらべるの!」
「ああ」
母が納得したように頷いた。
売るために貸してもらった毛糸を、一本のマフラーにどれくらい使ったのか。そして、その毛糸を買ったときにいくらだったのか。
一緒に確認してもらう。
もちろん、全部のマフラーにぴったり同じ量の毛糸を使っているわけではない。
少しずつ長さも違えば、編み目の大きさにも違いがある。
だから、一本ずつ完全に同じ金額にはならない。
それでも、おおよその金額なら分かる。
子供用なら、だいたい銅貨十枚くらい。
大人用なら、だいたい銅貨十六枚くらい。
「じゅうまいと、じゅうろくまい」
「そうね。だいたいそのくらいだと思う」
「わかった!」
忘れないように、何度か繰り返す。
「こども、じゅう。おとな、じゅうろく」
「うん」
「こども、じゅう。おとな、じゅうろく」
覚えたところで、また外へ走り出す。
「転ばないでね!」
「うん!」
◇ ◇ ◇
馬車のところへ戻る。
「おじさん!」
「早かったな」
「きいてきた!」
「いくらだった?」
「こどもが、じゅうまいくらい!」
「うん」
「おとなが、じゅうろくまいくらい!」
「なるほど」
行商人がマフラーを見る。
これで、作るために使った毛糸のお金は分かった。
でも、まだ分からないことがある。
いくらで売るのか。
「…………」
行商人を見る。
前に本で覚えた言葉を思い出す。
「おじさん」
「ん?」
「そうばは、どのくらい?」
「…………」
行商人の眉が上がった。
「お前、相場なんて言葉どこで覚えた?」
「おべんきょうした!」
「……本当にいろいろ覚えてるな」
少し笑って、並べていたマフラーを手元へ寄せる。
「じゃあ教えてやる」
「うん!」
「ただし」
子供用と大人用を一本ずつ持つ。
「マフラーなら全部同じ値段、ってわけじゃないぞ」
「?」
「使ってる毛糸が違えば、値段も変わる」
「うん」
「大きさも違う」
子供用と大人用を並べる。
確かに、大人用の方が長い。
「編み方が綺麗かどうかでも変わる。模様が入ってるかどうかでも変わる」
「…………」
自分のものを見る。
模様はない。
「それに、どこで売るかでも変わる」
「ばしょ?」
「ああ。同じ物でも、町によって値段が違うこともある」
「…………」
難しい。
マフラーは一つなのに、値段を決めるものは一つではない。
◇ ◇ ◇
「俺が今まで見てきたものなら――」
行商人が子供用を持つ。
「この辺りで、普通の毛糸を使った子供用なら、銅貨二十五枚から四十枚くらい」
「…………」
二十五。
四十。
数字が急に大きくなる。
次に大人用を持つ。
「大人用なら四十枚から六十五枚くらいだな」
「ろくじゅうご……」
「もちろん、全部がそうじゃないぞ」
「うん」
「いい毛糸を使ってたり、上手い職人が綺麗な模様を入れてたりすれば、もっと高いこともある」
反対に、古いものや傷んでいるもの、編み方が粗いものなら安くなる。
「じゃあ、ぼくのは?」
「それを今から見るんだよ」
「!」
行商人が一本ずつ並べる。
子供用が三本。
大人用が二本。
「毛糸は普通だな」
「うん」
「編み方も単純」
「…………うん」
「でも、使えないほど悪くはない」
端を軽く引っ張り、編み目を見る。
「ちゃんと首に巻ける。すぐにほどけるような作りでもない」
「…………!」
少し嬉しい。
でも、まだ続きがある。
「ただ、職人が作った綺麗な物と同じ値段では厳しい」
「うん」
行商人は、少し歪んでいる子供用を一本見る。
「子供用なら……二十八から三十二枚くらい」
「…………」
次に大人用を見る。
「こっちは四十五から五十枚くらいか」
「そんなに?」
「そんなにって、お前」
行商人が笑う。
「材料だけ売ってるんじゃないんだぞ」
「?」
「毛糸をマフラーにしたのは誰だ?」
「ぼく」
「何日もかかったんだろ?」
「うん!」
「だったら、その分も商品の値段に入る」
「…………」
値段に入るのは、毛糸だけではない。
何度も失敗して、ほどいて、また編んだ。
自分が手を動かしてマフラーにした、その分も商品の値段になる。
◇ ◇ ◇
行商人が一本を眺めながら言った。
「それに」
「?」
「三歳の子供がこれを編んだって言えば、珍しがる客はいるだろうな」
「たかくなる?」
「そう考える奴もいる」
「!」
「でも俺なら、それだけで高くはしない」
「…………?」
どうして?
珍しいなら、欲しい人が増えるかもしれない。
「珍しいから一回買ってもらうのと、物がいいからまた買ってもらうのは別だからな」
「…………」
一回買ってもらう。
そして、また買ってもらう。
同じようで違う。
「お前、これからも作って売りたいんだろ?」
「うん!」
「だったら『三歳の子が作ったから買おう』だけじゃなくて、『こいつの作った物ならまた欲しい』って思ってもらえる方がいい」
「…………」
少し難しい。
でも、なんとなく分かる。
最初だけ珍しいから買ってもらう。
それよりも、次も欲しいと思ってもらう。
「じょうずになったら?」
「値段を上げられるかもしれないな」
「!」
だったら、もっと練習する。
◇ ◇ ◇
「さて」
行商人が銅貨を出す。
「ここから計算だ」
「うん!」
「まず子供用」
一本を置く。
「三十枚で売るとする」
銅貨を十枚ずつ、三つに分けて並べる。
全部で三十枚。
「おお……」
さっきより多い。
「これが売れた金」
「うん」
「俺の取り分は二割」
「…………」
また、二割。
行商人は三十枚の中から六枚を自分の方へ動かした。
「俺が六枚」
そして、残りをこちらへ寄せる。
「数えてみろ」
一枚ずつ数える。
「いち、に、さん……」
時間がかかる。
「……にじゅうさん、にじゅうよん!」
「そう。お前に二十四枚」
「にじゅうよん」
でも、これで全部が自分のお金になるわけではない。
覚えている。
「けいとのおかね」
「そうだ」
二十四枚から十枚を、母へ返す分として横へ動かす。
残った銅貨を数える。
「いち、に、さん……」
十四枚。
「じゅうよん」
「それが、その一本を売って残る分だ」
「…………!」
三十枚で売れても、三十枚全部が自分のものになるわけではない。
おじさんに六枚。
母へ返す毛糸のお金が十枚。
最後に自分へ残るのは、十四枚。
「…………」
前より、少し分かる。
◇ ◇ ◇
「次。大人用」
「うん!」
「四十八枚で売るとする」
「…………」
四十八。
多い。
行商人が銅貨を並べる。
「二割は九枚と……」
途中で止めて、こちらを見る。
「これは今のお前には面倒だな」
「?」
「ぴったり銅貨だけで分けられない」
「…………」
行商人が少し考える。
「今回は、こうしよう」
十枚を自分の側へ動かす。
「四十八枚で売れたら、俺が十枚」
残りをこちらへ寄せる。
「お前が三十八枚」
「さんじゅうはち」
「これなら銅貨だけで分けられる」
「うん」
「こういう半端が出たときにどうするかも、先に決めておかないと揉めるからな」
「…………」
また、知らないことが出てきた。
「じゃあ、三十八枚から何を引く?」
「けいと!」
「いくら?」
「じゅうろく!」
「よし」
十六枚を動かす。
残ったものを一枚ずつ数えていく。
「…………にじゅう、にじゅういち、にじゅうに」
二十二枚。
「子供用より多いだろ?」
「うん!」
大人用の方が、作るのにも毛糸をたくさん使った。
時間もかかった。
でも、売れたときに残るお金も多い。
「こういう計算が、商売には必要になる」
「…………」
算数の勉強では、前まで石を並べていた。
五個から二個取れば、三個になる。
そんな練習だった。
でも今、目の前にあるのは本物の銅貨。
自分が作ったものが売れたときのお金。
おじさんに渡すお金。
母へ返すお金。
そして最後に、自分へ残るお金。
全部がつながっている。
◇ ◇ ◇
行商人が五本を並べる。
子供用が三本。
大人用が二本。
「全部売れたら、いくらになると思う?」
「…………」
子供用は一本三十枚。
三十、三十、三十。
大人用は一本四十八枚。
四十八、四十八。
「…………」
指を使って考えてみる。
でも、途中で分からなくなる。
「むずかしい」
「だろうな」
行商人が笑う。
一つずつ、銅貨を使いながら教えてもらう。
子供用三本は、三十枚が三つで九十枚。
大人用二本は、四十八枚が二つで九十六枚。
合わせると、百八十六枚。
「ひゃく……はちじゅうろく」
こんなに大きな数を、自分だけで計算するのはまだ無理だった。
でも、並べてもらえば、たくさんあることは分かる。
「ただし」
行商人が言う。
「これが全部、お前の金になるわけじゃない」
「うん」
もう知っている。
ここから、おじさんの分と毛糸のお金を引かなければならない。
子供用なら、一本売れるごとに残るのは十四枚くらい。
それが三本。
大人用なら、一本につき二十二枚くらい。
それが二本。
もし全部売れたなら、最後に残るのは――およそ銅貨八十六枚。
「はちじゅうろく……」
前に働いてもらったのは、五枚。
あのときは、初めて自分で稼いだお金だった。
もし全部売れたら、それよりずっと多い。
「…………!」
でも、銅貨へ手を伸ばしかけて止まる。
まだ、そのお金はない。
目の前にある銅貨は、説明するために行商人が出したもの。
自分のものではない。
「全部売れたら、の話だからな」
「…………うん」
「一本も売れないことだってある」
「うん」
作ったからといって、必ず売れるわけではない。
それも、もう知っている。
◇ ◇ ◇
行商人が銅貨を袋へ戻していく。
「さて」
「?」
「相場は教えた」
「うん」
「俺ならこのくらいだと思う値段も教えた」
「うん」
子供用なら三十枚くらい。
大人用なら四十八枚くらい。
「でも」
行商人が五本のマフラーを見る。
「最後に値段を決めるのは、作ったお前だ」
「ぼく?」
「ああ」
「おじさんじゃないの?」
「俺が勝手に決めてもいいなら決めるぞ」
「…………」
それは、何か違う。
自分が作った。
自分の商品。
「安くして、売れやすくするのもいい」
「うん」
「この辺りの普通の値段に合わせてもいい」
「うん」
「少し高くして、その値段でも欲しいって奴を待つ方法もある」
「…………」
どれが正しい?
分からない。
「それに、一度決めたら絶対に変えられないわけじゃない」
「かえていいの?」
「ああ。全然売れないなら下げることもある。逆に、すぐ売れてもっと欲しいって客が多ければ、次に作る分の値段を考え直すこともある」
「…………」
お客さんがどうするのかを見る。
それから、また考える。
編み物と少し似ている。
やってみる。
見る。
おかしかったら直す。
もう一度。
「…………」
五本のマフラーを見る。
初めて、自分で作った商品。
初めて、自分で決める値段。
子供用が三本。
大人用が二本。
行商人は急かさない。
答えを待っている。
「…………」
いくらにする?
今度は、自分で決める番だった。




