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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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40/87

040 はじめての商売

――はじめての商売――


マフラーを両手で抱えて、外へ駆け出す。


町の道には、見覚えのある馬車が止まっていた。


積まれた木箱や布、袋、紐でまとめられた荷物。その横では、行商人が荷物を降ろしている。


「おじさん、こんにちは!」


「お?」


振り返り、こちらを見るとすぐに笑った。


「客引き坊主じゃないか。元気だったか?」


「うん!」


「そうかそうか」


行商人が荷物を置く。


「またでかくなったんじゃないか?」


「なった?」


「たぶんな」


「…………?」


自分では分からない。


でも、今日はそれよりも見せたいものがある。


抱えていたマフラーを前へ出す。


「おじさん」


「ん?」


「これ、おじさんにプレゼント!」


「…………俺に?」


「うん!」


行商人が少し驚いた顔をする。


「なんだ。売りつけるんじゃないのか?」


「ちがうよ」


「ははっ。そうか」


両手で受け取り、広げる。


「マフラーか」


「うん」


行商人はすぐには首に巻かなかった。


まず端を持ち、編み目を見る。裏返して端の処理も確かめ、軽く左右へ引っ張った。


「…………」


さっきまで笑っていたのに、急に真剣な顔になる。


「これ、お前が編んだのか?」


「うん」


「本当に?」


「ほんとだよ!」


「前に来たとき、編み物なんてしてなかっただろ」


「いっぱいれんしゅうした!」


「…………」


もう一度マフラーを見て、編み目を指でなぞる。


「なるほどな」


それから首へ一周巻き、端を前へ垂らした。


「どう?」


「ちゃんと使える」


「!」


「俺には少し上等すぎるくらいだ」


「ほんと?」


「そこまでは言ってない」


「…………」


行商人が笑う。


「職人が作ったものみたいに綺麗じゃない。でも、普通に使う分には問題なさそうだ」


それで十分だった。


使える。


おじさんが使える。


それだけで嬉しい。


「ありがとな、坊主」


「うん!」


行商人はマフラーを外そうとして、少し考える。


そのまま首に巻いておいた。


「…………!」


使ってくれる。


「ただし」


「?」


行商人がこちらを見る。


「これは仕事代とは別だからな」


「うん」


「これをもらったからって、何か特別に払ったりはしないぞ」


「うん!」


最初から、そのつもり。


これは売り物ではない。


仕事でもない。


前にいろいろ教えてくれた。


本も読ませてくれた。


初めて働かせてくれた。


だから作った。


ただのプレゼント。


          ◇ ◇ ◇


「それで?」


行商人がこちらを見る。


「まだ何かある顔だな」


「ある!」


「やっぱりか」


「まってて!」


一度家へ戻り、今度は売るために作ったマフラーを持ってくる。


全部で五本。


子供用が三本、大人用が二本。


抱えて戻ると、行商人の眉が上がった。


「……ずいぶん作ったな」


「うん!」


一度置いてから、行商人を見る。


「おじさん」


「ん?」


「ぼくがつくったマフラー、おじさんのおみせにならべてもいい?」


「…………」


行商人の顔から、笑みが少し消えた。


怒ったわけではない。


でも、さっきとは違う。


マフラーをもらったときの顔ではない。


「売りたいってことか?」


「うん!」


「自分で作ったこれを?」


「うん」


「……ちょっと見せろ」


子供用を一本渡す。


行商人は広げると、さっきのプレゼントよりもずっと細かく見始めた。


端、中央、裏と表。


長さや幅、編み目まで確認して、何度か軽く引っ張る。


次は大人用。


同じように見る。


「…………」


待つ。


少し緊張する。


母には、売ってみてもいいと言ってもらった。


でも、行商人はどう言う?


「こっちは悪くないな」


大人用を持ち上げる。


「ほんと?」


「ああ。ただ、こっちは――」


今度は子供用を手に取り、端から中央へ指を滑らせる。


「ここ。少し幅が歪んでる」


「…………?」


受け取って見る。


「どこ?」


「ここだ」


指を置いてもらい、そのまま端から見てみる。


「…………」


ほんの少し広い。


自分では気づかなかった。


「これ、うれない?」


「売れないとは言ってない」


「?」


「使えないほどじゃない。ただ、同じ出来の物と並んでたら、綺麗な方を選ぶ客もいる」


「…………」


前に母から聞いたことと同じだった。


自分より上手な人が作ったもの。


もっと安いもの。


好きな色。


どれを買うのかは、買う人が選ぶ。


「ほかは?」


「待て待て。一つずつ見る」


「うん」


残りも一本ずつ渡す。


行商人は五本全部を確認してから、腕を組んだ。


「まあ……置くこと自体はいいぞ」


「ほんと!?」


「ああ」


「やった!」


「ただし」


「…………」


やっぱり、条件がある。


          ◇ ◇ ◇


「俺のところで売るなら、売れた金が全部お前のものになるわけじゃない」


「…………?」


分からない。


自分が作った。


それが売れた。


なのに、全部自分のお金ではない?


首を傾げる。


「まあ、そうなるよな」


行商人が笑いながら腰の袋を取り、中から銅貨を出して一枚ずつ地面へ並べた。


「数えろ」


「いち、に、さん、よん、ご……」


順番に数える。


「ろく、なな、はち、きゅう、じゅう」


十枚。


「たとえば、このマフラーが銅貨十枚で売れたとする」


「うん」


「客に商品を見せるのは誰だ?」


「おじさん」


「欲しいって言われたら、説明するのは?」


「おじさん?」


「そう。金を受け取るのも俺だ。商品を置いておく場所も俺が使う」


「…………」


行商人の馬車を見る。


自分の店ではない。


おじさんの場所だ。


「売れるまで、このマフラーを預かるのも俺だ」


「うん」


「だから、その仕事をただではやらない」


「…………」


少し分かる。


自分が編んだ。


でも、売る場所はおじさんのもの。


お客さんと話すのも、おじさん。


「じゃあ」


十枚の銅貨を見る。


「おじさんも、もらう?」


「そういうことだ」


行商人が頷いた。


「こうやって、人の商品を預かって、売れたらその中から俺の分をもらう売り方もある」


「…………」


知らなかった。


作ったものを売る。


それだけだと思っていた。


          ◇ ◇ ◇


「でも、やり方はもう一つある」


「もうひとつ?」


「ああ」


行商人がマフラーを一本持つ。


「俺が最初に、お前からこれを買う」


「おじさんが?」


「そう」


十枚の銅貨から八枚を取り、目の前へ置く。


「たとえば俺が、お前から銅貨八枚でこれを買う」


八枚。


「そしたら?」


「ぼくの?」


「そう。売れたかどうかに関係なく、その八枚はお前のものだ」


「…………!」


すぐにもらえる。


「その代わり、これはもう俺の商品になる」


「おじさんの?」


「ああ。俺が十枚で売っても」


残りの二枚を置く。


「十二枚で売っても」


さらに二枚を置く。


「それは俺の売上だ」


「…………」


「逆に」


行商人がマフラーを持ち上げる。


「誰も買わなかったら?」


「…………」


お金は入らない?


でも、自分はもう八枚をもらっている。


「ぼくは、はちまい?」


「そう」


「おじさんは?」


「八枚払って、売れない」


「…………」


払った八枚は戻ってこない。


「おじさん、そんする?」


「そういうこと」


「…………!」


少し分かった。


先に買ってもらえば、自分はすぐにお金をもらえる。


あとで高く売れても、自分のお金は増えない。


でも、売れなくても、もらったお金は変わらない。


もう一つは、おじさんに置いてもらう方法。


売れたら、お金を分ける。


でも、売れなかったら――


「ぼく、おかねない?」


「その商品についてはな」


「…………」


どっちも違う。


          ◇ ◇ ◇


行商人が銅貨を集め直す。


「で、坊主はどうしたい?」


「…………」


マフラーを見る。


最初に言った。


おじさんのお店に並べたい。


「おじさんのおみせに、おいてほしい」


「俺が先に買うんじゃなくて?」


「うん」


「売れなかったら金にならないぞ」


「…………」


少し考える。


それでも。


「おいてほしい」


「分かった」


行商人が頷いた。


「じゃあ、預かって売る方でやってみるか」


「うん!」


「その代わり、俺の分ももらう」


「うん」


「売れた金の二割」


「にわり?」


「……まあ、分からんよな」


「わからない」


行商人が、また銅貨を十枚並べる。


「これが全部、売れた金だ」


「じゅうまい」


「ああ」


そこから二枚を自分の方へ動かし、残った八枚をこちらへ寄せる。


「お前が八枚」


八枚を見る。


「俺が二枚」


二枚を見る。


「…………」


合わせると、十枚。


「なるほど!」


「本当に分かったか?」


「じゅうまいうれたら、ぼくがはちまい。おじさんがにまい!」


「よし」


「じゅうまいじゃなかったら?」


「…………」


行商人が止まる。


「そこからか」


「?」


「いや。大事なところだ」


また銅貨を並べ直す。


今度は数を変えながら教えてもらう。


売れた金額が違えば、自分の分も変わる。


行商人の分も変わる。


「…………」


十枚なら分かる。


それ以外になると、少し難しい。


「これは、お前一人で全部計算するにはまだ早いな」


「…………」


「売れたときに一緒にやればいい」


「うん」


全部は分からない。


でも、十枚なら八枚と二枚。


それは分かった。


          ◇ ◇ ◇


「さて」


行商人がマフラーを並べる。


「次が一番大事だ」


「?」


「いくらで売る?」


「…………」


止まる。


値段。


「じゅうまい?」


「なんで十枚なんだ?」


「いま、じゅうまいだったから」


「例だ、例」


「…………」


違った。


行商人が笑う。


「安くすれば、買ってもらいやすくはなる」


「じゃあ、やすくする?」


「でも安すぎたら?」


「…………」


売れる。


でも、何が困る?


考える。


母との話を思い出す。


毛糸は借りた。


売れたら、その分を返す。


「けいとのおかね」


「お」


行商人の眉が上がる。


「覚えてたか」


「おかあさんに、かえす」


「そうだな」


行商人が頷く。


「材料に金がかかってるなら、それより安く売ってたら、売るほど損することもある」


「…………」


売れたのに、お金が減る?


難しい。


「逆に、高くすればいっぱい儲かる?」


「うん!」


「でも誰も買わなかったら?」


「…………」


お金は入らない。


「だから値段を決めるのは難しい」


「…………」


安すぎても駄目。


高すぎても駄目。


「それに、お前の場合は俺の分もある」


行商人が二枚の銅貨を指で叩く。


「…………」


もっと難しくなった。


行商人が楽しそうに笑う。


「坊主」


「?」


「前に俺が言ったこと、覚えてるか?」


「…………」


前に、何かいっぱい言われた。


「次に来るまでに、計算くらい覚えとけって言っただろ」


「!」


覚えている。


「べんきょうしたよ!」


「ほう?」


「たしざんと、ひきざん!」


「掛け算は?」


「…………?」


「まだか」


「まだ」


「ははっ。まあ三歳なら十分すぎるか」


行商人がしゃがみ、目線を合わせる。


「じゃあ、勉強した分を使ってみるか」


「つかう?」


「ああ」


マフラーを指差す。


「ここからは練習じゃないぞ」


「…………」


「本当に売る物の値段を決める」


「!」


「まず、お前がこれを一つ作るのに、どれだけ金がかかってるのか調べる」


「…………」


母から教えてもらった言葉が浮かぶ。


「げんか?」


行商人が少し驚いた。


「その言葉まで知ってるのか」


「おかあさんに、おしえてもらった」


「なら話が早い」


「…………!」


ちょっと嬉しい。


「一本作るのに、毛糸をどれくらい使った?」


「…………」


止まる。


どれくらい?


一本作った。


毛糸はいっぱい使った。


でも。


「わかんない」


「だろうな」


「…………」


「じゃあ、その毛糸はいくらだった?」


「…………」


母の毛糸を借りた。


でも、買ったときの値段は知らない。


「おかあさんにきく」


「そうしろ」


値段を決める前に、知らなければならないことがある。


一本に使った毛糸の量。


その毛糸の値段。


そこから、いくらで売ればいいのかを考える。


「…………」


難しい。


でも、前とは違う。


数字を見るだけの勉強ではない。


自分のマフラー。


自分のお金。


母へ返すお金。


全部につながっている。


          ◇ ◇ ◇


「じゃあ、母ちゃんに聞いてこい」


「うん!」


家へ戻ろうとして、ふと馬車の奥が見えた。


「…………」


足が止まる。


木箱や布、保存食、薬。


その奥に、本がある。


「…………!」


前より多い。


一冊ではない。


何冊もある。


近づきたくなる。


でも、今は勝手に触らない。


少し離れたところから背表紙を見る。


読める。


前は、文字を覚え始めたばかりだった。


今は違う。


一冊目。


『魔力感知と瞑想法』


「…………!」


魔力。


感知。


知っている言葉。


夜、毎日やっていること。


次は、


『初級術式図解』


その隣には、


『魔法生物入門』


「…………」


そして、もう一冊。


見覚えがある。


忘れるはずがない。


『はじめての魔力――魔術基礎入門』


前に読ませてもらった本。


「…………!」


四冊。


魔法の本が、一冊ではなく四冊もある。


行商人を見る。


「おじさん!」


「ん?」


「ほん!」


「ああ」


「まほうのほん!」


「ああ」


「よんさつ!」


「数えられたな」


「うん!」


近づく。


でも、触らない。


「これ……」


聞きたい。


見つけてくれた?


持ってきてくれた?


いくら?


読んでいい?


聞きたいことが、いっぱいある。


「…………」


でも、手の中には売ろうとしているマフラーがある。


行商人がそれに気づいて笑った。


「気になるか?」


「…………うん」


「だろうな」


「よみたい」


「じゃあ、どうする?」


「…………」


本を見る。


マフラーを見る。


もう一度、本を見る。


「…………」


お金が必要。


前は持っていなかった。


だから、仕事を探した。


今は違う。


売るものがある。


「まず」


マフラーを抱え直す。


「おかあさんに、けいとのおかねきいてくる」


行商人が笑った。


「行ってこい」


「うん!」


家へ向かって走り出す。


途中で、一度だけ振り返る。


四冊の本。


読みたい。


全部。


でも、まずは自分が作ったものが、いくらで売れるのか。


そこからだった。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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