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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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037 ずっと作っていたもの

――ずっと作っていたもの――


朝の風が、少しずつ涼しくなってきた。


秋はもう遠くない。


売るために作った五本のマフラー。


そして、行商人のおじさんへ渡すために作っている一本。


それも少しずつ完成へ近づいている。


「…………」


編みかけのマフラーを見ながら、ふと思い出した。


まだある。


秋になる前に、完成させたいもの。


「おかあさん」


「なあに?」


「おじさんがくるまえに、もうひとつかんせいさせたい」


母が振り返った。


「もう一つ?」


「うん」


編み針を置いて、自分のものを置いている場所へ向かう。


その奥。


ほかのものに隠れるように置いてあったものを、両手で大事に取り出す。


「これ」


母の前へ持っていく。


「…………あら」


母が目を丸くした。


挿絵(By みてみん)


それは、マフラーではなかった。


灰色の毛糸。


そこに白や、少し濃い色の毛糸も混ざっている。


どれも、これまで編み物をしている間に残った毛糸。


それを少しずつ使って作った――


小さな狼。


まだ完成はしていない。


胴体がある。


頭がある。


四本の脚と、二つの耳もある。


けれど、まだしっかり付けられていないところも残っている。


尻尾も途中。


そして顔には、まだ目も鼻もない。


それでも。


どんな動物なのかは、もう分かるくらいには形になっていた。


母がそっと手に取る。


前から見る。


横から見る。


ひっくり返して、お腹の方も見る。


「これ……いつ作ってたの?」


「ちょっとずつ」


「ちょっとずつ?」


「うん」


「全然気づかなかった」


「…………」


少し。


嬉しい。


          ◇ ◇ ◇


最初から、こんな形だったわけではない。


初めて作ろうとしたとき。


まず困った。


マフラーとは、全然違った。


マフラーなら、同じくらいの幅になるように気をつけながら長く編んでいけばいい。


でも。


狼は長いだけでは作れない。


頭は丸くしたい。


身体は頭より長い。


脚は四本。


耳は尖っている。


尻尾もいる。


「…………」


最初に作った頭は、丸くならなかった。


片方だけ膨らんで、変な形になった。


ほどいた。


もう一度作った。


今度は大きすぎた。


身体につけようとしてみると、頭ばかり大きく見える。


「…………」


また、ほどいた。


脚も難しかった。


一本。


作る。


次の一本。


並べる。


「…………?」


太さが違う。


やり直す。


今度は長さが違う。


また、やり直す。


ようやく四本作って身体に合わせてみたら、今度は身体との大きさが合わない。


「…………」


難しい。


マフラーより。


ずっと難しい。


それでも、やめなかった。


売るためのマフラーを編む。


疲れたら休む。


文字や計算の勉強もする。


遊ぶ。


昼寝もする。


そして時間があるときに、余った毛糸を少しずつ使って狼を作った。


一日でできたところは、ほんの少し。


何日も触らないこともあった。


失敗したらほどく。


形がおかしければ作り直す。


そうやって、ずっと少しずつ。


ここまで作っていた。


          ◇ ◇ ◇


母が、小さな狼を横から眺める。


「狼なのね?」


「うん!」


迷わず答える。


何を作ろうとしたのか。


最初から決まっていた。


森で会った。


あの狼。


近づいたときに見た身体。


灰色と茶色が混ざったような毛。


尖った耳。


前へ伸びた鼻先。


覚えているものを、一つずつ思い出しながら作った。


もちろん。


本物と同じにはできない。


毛糸で作った小さな狼。


それでも、できるだけ似せたかった。


母が脚の一本に触れる。


右の後ろ脚。


そこだけ、ほんの少し違う色の毛糸が混ざっている。


「ここ……」


母の指が止まった。


「もしかして、怪我してたところ?」


「うん」


「傷を作ったの?」


「ちがうよ」


首を横に振る。


「なおったあと」


「治ったあと?」


「うん」


少し考える。


どう言えばいい?


「け、ちょっとちがうの」


「…………」


母がもう一度、その部分を見る。


傷そのものを残したかったわけではない。


治ったあと。


そこだけ少し毛並みが違って見える。


そんなふうにしたかった。


「なるほどね」


母はしばらく、小さな狼を眺めていた。


そして。


「ちゃんと狼に見えるよ」


「ほんと?」


「うん」


「…………!」


嬉しくなって、母の手の中の狼を見る。


自分でも分かっている。


綺麗ではない。


左右の耳も、よく見れば少し違う。


四本の脚も、一本だけ少し細い。


身体の丸みも完全には揃っていない。


母なら、もっと綺麗に作れるかもしれない。


町の中にも、自分より上手な人はいる。


でも。


初めてマフラーを作ったとき。


編み目を揃えることさえ難しかった。


あのときには、こんなものは作れなかった。


          ◇ ◇ ◇


母から返してもらい、まだ完成していない狼を机に置く。


残っているところを確かめる。


まず、尻尾。


まだ途中。


身体にしっかり付いていないところもある。


それから。


顔。


「…………」


ここで手が止まった。


目。


鼻。


どうする?


毛糸だけでも作れそうな気はする。


黒っぽい毛糸を小さく使えば、目に見えるかもしれない。


でも。


もっと丸くて綺麗なもの。


「…………」


母の裁縫道具を見る。


そこに、小さなボタンがある。


あれなら。


目みたいになる。


二つあれば、左右にも付けられる。


「おかあさん」


「なあに?」


「あれ、つけたい」


指差す。


母が見る。


「ボタン?」


「うん。めにする」


「目に?」


「ふたつ」


母が狼とボタンを見比べる。


「確かに、目には見えそうね」


「つけていい?」


「いいけど、ボタンを付けるなら針を使うよ」


「…………」


裁縫針。


一人では使わない。


決めた。


「おかあさん、いるときする」


「うん。それならいいよ」


「はなも、つけたい」


「鼻もボタンにする?」


「…………」


狼の顔を見る。


目。


鼻。


全部同じ?


少し違う気がする。


「けいとでもできる?」


「できると思うよ」


「じゃあ、やってみる」


まずは毛糸で。


うまくできなかったら。


また考える。


          ◇ ◇ ◇


母が、もう一度あみぐるみを手に取った。


「でも、ずいぶん頑張って作ったのね」


「うん」


「マフラーもあんなに作ってたのに」


「これも、つくりたかった」


「そう」


母が小さな狼の背中を指で撫でる。


そのまま少し眺めてから、ふと聞いた。


「これも売るの?」


「…………」


すぐには答えなかった。


売る?


机の上にあるマフラーを見る。


あれは売るために作った。


寒くなったら使うもの。


だから秋になったら売ってみる。


でも。


この狼は?


首には巻かない。


暖かくするものでもない。


遊ぶ?


飾る?


「…………」


誰か。


欲しい?


分からない。


自分は欲しい。


だから作った。


でも、自分が欲しいからといって、ほかの人も欲しいとは限らない。


前に母から教えてもらったことを思い出す。


作っただけでは。


売れない。


「…………」


狼を見る。


「まだ、わかんない」


「そう」


母は、それ以上何も言わなかった。


「まずは完成させる?」


「うん!」


それなら決まっている。


売るかどうかは。


あとで考える。


今は。


まだ途中。


          ◇ ◇ ◇


狼を両手で持ち上げる。


前から見る。


横から見る。


後ろからも見る。


まだ直したいところがある。


一本だけ細い脚。


少し傾いている耳。


途中の尻尾。


それから顔。


「…………」


マフラーを作るのとは、全然違った。


平らなものを長く作るだけではない。


途中で少し広くする。


今度は狭くする。


同じくらいの大きさになるように二つ作る。


四本作る。


合わせてみる。


違ったら、また直す。


中に詰めるものの量でも、形が変わった。


入れすぎると膨らみすぎる。


少なすぎると、へこんでしまう。


何度も失敗した。


それでも。


少しずつ。


丸いものを作れるようになった。


細長いものも。


尖った耳も。


まだ綺麗ではない。


作り方を書いたものを見ているわけでもない。


だから、作ってみないと分からないことばかりだった。


それでも。


頭の中にある狼を見ながら。


毛糸を編んで。


違ったら戻して。


また編んだ。


「…………」


最初は。


マフラーさえ。


作れなかった。


今は。


小さいけれど。


狼がいる。


「…………!」


完成させたい。


秋までに。


行商人のおじさんが来るまでに。


お礼のマフラーも。


この狼も。


母から返してもらったあみぐるみを、大事に持つ。


まずは尻尾。


その次は、気になっているところを直す。


最後に顔。


「きょう、これもする」


「マフラーは?」


「マフラーもする」


「両方?」


「うん!」


母が笑った。


「疲れたら休むのよ」


「うん」


編みかけのマフラー。


まだ完成していない狼。


二つを並べる。


どちらも。


すぐにはできない。


だから。


今日も少しずつ。


できるところから。


完成へ近づけていく。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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