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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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30/86

030 次に会うときまで

――次に会うときまで――


馬車が、ゆっくり町の外へ向かっていく。


「…………」


手を振る。


行商人も、一度手を上げた。


そのまま少しずつ遠くなる。


「…………!」


ふと、思い出した。


「おじさーん!」


「ん?」


行商人が振り返る。


「こんど!」


声が届くように、大きく。


「まほうのほん、いっぱいもってきてね!」


「…………いっぱい?」


「うん!」


行商人が何とも言えない顔をした。


「坊主。魔術書は高いんだぞ」


「ぼく、またおてつだいする!」


「そういう問題じゃ――」


言いかけて、止まる。


「…………」


この三日。


手伝った。


商品の場所を覚えた。


箱を運んだ。


客を呼んだ。


最後の日には、自分で考えて道を歩く人にも声をかけた。


それを、行商人は見ていた。


「……まあ」


少し考えて。


「売れそうなのがあればな」


「ほんと!?」


「いっぱいは無理だぞ」


「…………」


「魔術書なんて高いんだ。持ってきても売れなかったら、俺が困る」


「…………」


それは、少し分かる。


売るために持ってくる。


誰も買わなかったら、売れない。


「でも」


行商人が続ける。


「初心者向けなら、何冊か探してみる」


「ほんと!?」


「ああ。あれば、だけどな」


「うん!」


約束ではない。


見つからないかもしれない。


見つかっても、高すぎて仕入れられないかもしれない。


それでも。


次に来たとき、魔法の本が増えているかもしれない。


それだけで嬉しい。


「それとな」


「?」


行商人が少し笑った。


「次は客引きだけじゃなくて、計算くらい覚えとけ」


「けいさん?」


「ああ」


知らない言葉。


「なに?」


「そうだな……」


行商人が少し考える。


「お前、銅貨を何枚持ってる?」


手を見る。


握っていた銅貨。


「ごまい!」


「じゃあ、あと五枚増えたら?」


「…………」


手のひらを見る。


五枚。


あと、五枚。


「…………いっぱい?」


「そこからか」


行商人が笑った。


「十枚だ」


「じゅうまい」


「ああ。そういうのが計算だ」


「…………」


もう一つ、知らないこと。


「お店を手伝うなら、数くらい分かった方がいい。いくらで売って、いくら受け取ったか分からないと困るからな」


「…………」


昨日まで、お金には触らないと言われていた。


自分には、まだ分からないから。


でも。


分かるようになったら。


「おかね、さわれる?」


「いきなりそこまでは任せん」


「…………」


「でも、できる仕事は増えるかもな」


「!」


増える。


「けいさん、おぼえる!」


「ははっ。頑張れ」


「うん!」


また、勉強するものが増えた。


文字。


魔法。


動物。


そして、計算。


「じゃあな、坊主」


「うん!」


「秋にな」


「あき!」


今度こそ、馬車が離れていく。


「またねー!」


小さくなる。


馬。


荷車。


行商人。


その荷台には、あの本もある。


『はじめての魔力――魔術基礎入門』


ずっと手を振る。


馬車が小さく、小さくなって。


やがて、見えなくなった。


          ◇ ◇ ◇


「…………」


誰もいなくなった道を、しばらく見る。


それから、手を開いた。


五枚の銅貨。


「…………」


ちゃり。


手の中で鳴る。


魔法の本は、銀貨八枚。


銅貨が十枚集まると、小銅貨一枚。


小銅貨が十枚集まると、銀貨一枚。


そんなことも、まだちゃんとは知らなかった。


家へ帰って、母に聞く。


「おかあさん」


「なあに?」


「ぎんかいちまい、どうかなんまい?」


「銀貨?」


「うん」


「小銅貨なら十枚よ」


「しょうどうか?」


「銅貨を十枚集めると、小銅貨一枚。小銅貨を十枚集めると、銀貨一枚」


「…………」


銅貨、十枚。


それで、小銅貨。


それがまた十枚で、銀貨一枚。


「…………」


手を見る。


五枚。


もう一度考える。


途中で分からなくなった。


「ぎんかはちまい、いっぱい?」


「いっぱいね」


母が少し笑う。


「この五枚じゃ、たりない?」


「全然足りないわね」


「…………」


やっぱり。


「どれくらい?」


「そうね……」


母は少し考えてから教えてくれた。


魔法書に必要だった銀貨八枚は、銅貨にすれば八百枚。


「…………」


はっぴゃく。


聞いたことはある。


でも、どれくらいなのかはよく分からない。


五枚を見る。


八百枚。


「…………」


いっぱい。


ものすごく、いっぱい。


昨日までは、銀貨八枚という値段だけを見ていた。


高い。


そう教えてもらった。


今日は、ほんの少しだけその遠さが見えた気がした。


「…………」


でも。


五枚ある。


昨日までは、一枚もなかった。


「これ、ぼくの」


「ええ。自分で働いてもらったんでしょう?」


「うん!」


「じゃあ、大事にしないとね」


「うん!」


どうする?


母に聞かれた。


「…………」


少し考える。


使いたくない。


「とっておく」


「分かった」


母が小さな入れ物を用意してくれた。


その中へ、一枚ずつ入れる。


ちゃり。


ちゃり。


ちゃり。


ちゃり。


ちゃり。


五枚。


自分で初めて働いて、もらったお金。


「…………」


次に行商人が来るまでに、増えるだろうか。


それは、まだ分からない。


          ◇ ◇ ◇


魔法書はなくなった。


でも、勉強することまでなくなったわけではない。


文字は、まだ全部すらすら読めるわけではない。


知らない言葉もたくさんある。


今日、新しく知った計算。


これも覚えたい。


そして、魔法。


本はなくても、昨日読んだことがある。


だから、その夜。


いつもの場所に座った。


「…………」


目を閉じる。


魔力をいきなり探さない。


まず、身体。


息を吸う。


吐く。


胸が動く。


心臓。


どくん。


どくん。


手は少し温かい。


床は硬い。


指先。


足。


ひとつずつ感じる。


そして、お腹。


「…………」


昨日、変な感じがしたところ。


意識を向ける。


「…………?」


ある。


ような気がする。


でも、昨日より弱い。


「…………」


魔力?


そう思いかける。


でも、決めない。


昨日、本で読んだ。


感じたいと思いすぎると、違うものを魔力だと思ってしまうことがある。


「…………」


昨日は、ご飯を食べたあとだった。


今日は、ご飯を食べてから少し時間が経っている。


なら。


お腹の中にある食べたものを感じていただけかもしれない。


「…………」


分からない。


だから、また明日。


同じようにやってみる。


明日も分からなければ、その次。


文字も、一日で全部は覚えられなかった。


仕事も、最初は針と糸を間違えた。


魔法だって、きっとすぐにはできない。


「…………」


吸う。


吐く。


静かな部屋。


自分の呼吸。


どくん。


どくん。


心臓。


まだ、魔力は分からない。


光も出せない。


それでも。


昨日より、知っていることは増えた。


明日は、今日より少し増えるかもしれない。


机の上。


小さな入れ物の中には、五枚の銅貨。


そして、目を閉じたまま。


もう一度、ゆっくりと息を吸った。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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