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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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003 家が見えるところまで

――家が見えるところまで――


「家の見えるところまでよ」


母親は、確かにそう言った。


その言葉はちゃんと覚えている。


遠くまで行ってはいけない。


家の見えないところまで行ってはいけない。


なら――。


家が見えていれば、大丈夫。


そういうことだと思っていた。


家の前に立って、道の先を見る。


いつも遊んでいる場所。


その向こうにも道は続いている。


なら。


いったい、どこまで家は見えるのだろう。


少しだけ、確かめてみたくなった。


とことこ。


歩き始める。


最初は、いつも遊んでいる場所。


ここなら何度も来たことがある。


母親も何も言わない。


けれど今日は、そこで止まらなかった。


もう少しだけ。


とことこ。


とことこ。


少し歩くと、年上の子たちが遊んでいるところまでやってきた。


いつもなら立ち止まって眺める場所だ。


けれど今日は、その横を通り過ぎる。


「どこ行くの?」


遊んでいた一人が、不思議そうに声をかけてきた。


「…………」


振り返る。


家を見る。


まだ見える。


それを確かめると、また前を向いた。


どこかへ行きたいわけではなかった。


ただ知りたい。


家は、どこまで見えるのだろう。


また歩く。


見慣れた家々の間を抜けていく。


少し進んでは。


くるり。


後ろを振り返る。


「…………」


見える。


だから大丈夫。


また歩く。


とことこ。


とことこ。


そして、また振り返る。


さっきより家が小さくなっていた。


「…………」


でも。


まだ見える。


なら、大丈夫。


母親に言われたことは、ちゃんと守っている。


そう思いながら、また先へ進んだ。


やがて、周りの景色が少しずつ変わってきた。


たくさんあった家が減っている。


代わりに、道の両側には畑が広がっていた。


風が吹く。


さわさわ。


青々とした作物が、一斉に同じ方向へ揺れる。


「…………」


立ち止まって眺める。


いつもの遊び場からは、こんなふうには見えなかった。


風が吹くたび、畑全体が動いているように見える。


少し面白い。


けれど、まだ先にも道がある。


だから、また歩く。


とことこ。


とことこ。


何度も後ろを振り返りながら。


やがて。


足を止めた。


「…………」


後ろを見る。


家は――。


ある。


ずっと向こう。


とても小さくなっていた。


目を細める。


じーっと見る。


「あれ……」


たぶん、あれ。


いつもの屋根。


腕を伸ばす。


指を立ててみると、家が隠れた。


指をどける。


また見える。


「…………」


小さい。


でも。


見える。


なら。


まだ大丈夫。


もう一度、前を向いた。


少し息が弾んでいた。


足も、さっきより重い。


ずっと歩いてきたからだ。


それでも。


周りには、初めて見るものがたくさんあった。


少し先で畑が途切れている。


その向こうには草が広がっていた。


さらに遠く。


森が見える。


家の近くからも見えていた森。


けれど、ここから見るとずっと大きい。


木がたくさん集まって、緑色の壁のようになっている。


「…………」


あそこには何があるのだろう。


ぼんやり眺めていると。


道の脇に、見慣れないものがあることに気づいた。


「?」


近づいてみる。


石だった。


けれど、道端に転がっている石とは違う。


いくつもの石が組み合わされ、一つの形になっている。


小さな祠だった。


高さは、自分より少し高いくらい。


近くまで行って見上げる。


ところどころ欠けている。


色も少し黒ずんでいる。


ずっと前からここにあるように見えた。


「…………」


もっと近づく。


石の表面に、何かが刻まれていた。


曲がった線。


まっすぐな線。


同じような形が並んでいるところもある。


指でなぞってみる。


ざらざらしている。


「なんだろ……」


見たことのない模様だった。


もちろん。


それが文字だということも、まだ知らない。


何かが書かれているということさえ分からない。


ただ、不思議だった。


家の近くにはなかった。


いつもの遊び場にもなかった。


ここまで来なければ、見つけられなかったもの。


もう少し見ようと、顔を近づけた。


そのとき。


「――おーい!」


「?」


顔を上げる。


遠くから声が聞こえた。


「おーい!」


もう一度。


誰かが大きな声で呼んでいる。


父親だろうか。


耳を澄ませる。


「…………」


違う。


父親の声ではない。


でも。


聞いたことはある。


近所のおじさんの声だ。


何をしているのだろう。


誰かを探しているように聞こえる。


声は遠い。


けれど、さっきより少し近くなった気がした。


「…………」


祠から離れ、後ろを見る。


家はまだそこにある。


とても小さい。


もう一度、目を細める。


屋根の形を見る。


その隣も見る。


「あれ」


ちゃんと見つけられた。


家はまだ見えている。


なら。


約束は守っている。


「おーい!」


また声がする。


少し近い。


それでも、自分が呼ばれているとは思わなかった。


だって。


母親に言われたとおりにしている。


家の見えるところにいる。


勝手に、家が見えないほど遠くへ行ったわけではない。


だから。


怒られるようなことはしていない。


そう思っていた。


目の前には、古びた石の祠。


その向こうには、風に揺れる草。


さらに遠くには、大きな森。


振り返れば、小さくなった家。


いつもの遊び場から少し歩いただけなのに、知らないものがいくつもあった。


「…………」


もう一度、祠を見る。


それから、その先へ続く道を見る。


まだ家は見えている。


なら――。


もう少しだけ。


行けるのかもしれない。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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