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ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


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028 二時間だけの魔法書

――二時間だけの魔法書――


翌朝。


約束どおり、また行商人のところへ行った。


「おはよう!」


「おう。来たか」


「うん!」


昨日と同じ仕事。


でも、少しだけ違う。


「針はどこだ?」


「こっち!」


今日は間違えない。


「糸は?」


「こっち!」


「塩」


「あっち!」


昨日、何度も見た。


間違えたところは覚え直した。


だから、昨日より少しだけ早い。


客が来たら行商人を呼ぶ。


軽い空箱を一つずつ運ぶ。


落ちているものを拾う。


勝手に商品には触らない。


お金にも触らない。


分からないことがあれば、


「おじさん!」


呼ぶ。


途中、何度も本を見る。


荷台の端。


『はじめての魔力――魔術基礎入門』


まだ、ある。


「…………」


早く読みたい。


でも、約束は店が終わってから。


だから今は、仕事。


          ◇ ◇ ◇


やがて、日が傾いた。


最後の客が帰っていく。


行商人が商品を片づけ始め、自分もいつものように軽い箱へ手を伸ばす。


すると。


「坊や」


「?」


「もういいぞ」


「おわり?」


「ああ」


行商人が荷台を見る。


「二日間、ちゃんとやったからな」


「…………!」


分かった。


すぐに荷台を見る。


行商人が少し笑った。


「本当にそれしか見てないな、お前」


「ほん!」


「はいはい」


荷台から一冊取り出す。


見慣れた表紙。


『はじめての魔力――魔術基礎入門』


「約束だからな」


「…………!」


両手で受け取る。


昨日より重く感じない。


重さを知っているからかもしれない。


「一刻だ」


「うん!」


「それ以上は駄目だぞ。明日の出発準備があるからな」


「うん!」


一刻。


全部は読めない。


それは昨日から分かっている。


だから読む。


できるだけ、知りたいところを。


          ◇ ◇ ◇


本を開く。


最初は第一章。


『魔力とは何か』


「…………」


ゆっくり読み始める。


やっぱり難しい。


知らない言葉が何度も出てくる。


前なら、一つ分からなくなるたびに止まっていた。


でも今日は、時間が決まっている。


全部の言葉を今覚えることはできない。


だから、分からない言葉があっても、その前と後にある分かるところを読む。


何度か同じところを読み返す。


すると、少しずつ書いてあることが見えてくる。


「…………」


生き物の身体には、魔力がある。


「ひとにも?」


もう一度読む。


魔法使いだけではない。


人にも、動物にも、少しずつ魔力があるらしい。


でも、みんな同じではない。


多い人。


少ない人。


扱いやすい人。


扱いにくい人。


違いがある。


「…………」


さらに読む。


魔力が多いからといって、魔法が上手ということでもないらしい。


たくさん持っていても、うまく扱えなければ使えない。


少なくても、きちんと扱えば無駄を少なくできる。


「…………」


全部は分からない。


でも、なんとなく分かった。


魔力を持っているだけでは駄目。


使い方を覚えないといけない。


「…………」


次。


          ◇ ◇ ◇


第二章。


『魔力感知』


「…………!」


昨日、少しだけ読んだところ。


ここは、ちゃんと読みたい。


ページを開く。


人が椅子に座って目を閉じている。


次の絵には身体。


胸。


腕。


脚。


いろいろな場所に線が引かれている。


文章を読む。


昨日より、少しだけ分かる言葉が増えている。


「めを、とじる……」


次。


「こきゅう……」


読む。


止まる。


また読む。


「…………」


魔力をいきなり探すのではない。


まず、自分の身体をちゃんと感じる。


そう書いてあるらしい。


息を吸う。


吐く。


胸が動く。


心臓。


どくん。


どくん。


手。


温かい。


冷たい。


指。


触っている。


脚。


重い。


軽い。


そういう、いつも身体にある感覚。


まず、それを知る。


「…………」


どうして?


続きを読む。


また難しい。


でも、何度も読む。


そして、少しだけ分かった。


普通の身体の感じ。


それとは違うもの。


その違いを見つける。


「…………」


さらに、その下。


注意すること。


「…………?」


難しい。


ゆっくり読む。


一度。


二度。


三度。


「……おもい、こむ?」


その言葉は分かる。


続けて読む。


感じたい。


見つけたい。


そう思いすぎると、心臓の動きや身体の温かさを魔力だと思ってしまうことがある。


「…………」


指を、その文章の下に置く。


もう一度読む。


大事。


これは、大事な気がする。


何かを感じても、すぐ魔力だと思わない。


同じように何度もやる。


何度も同じものを感じるのか、確かめる。


「…………」


どこかで、似たようなことをした気がした。


狼。


紙。


ハンカチ。


匂い。


一回だけでは分からなかった。


何度見ても、理由までは分からないこともあった。


「…………」


魔力も、同じなのかもしれない。


感じた。


だから魔力。


ではない。


確かめる。


「…………」


忘れないように、もう一度そこを読んだ。


          ◇ ◇ ◇


次。


『魔力操作』


「…………」


読む。


でも、さっきよりずっと難しい。


知らない言葉が一気に増える。


それでも、最初の方に何度も出てくる言葉がある。


『魔力感知』


そして、どうやら順番がある。


「…………」


魔力を感じられないなら、まだ動かす練習はしない。


感じられないものを動かそうとしても、本当に動いたのか分からない。


「…………」


分かった。


先に、感じる。


そのあと、動かす。


さらに、その先も少しだけ読めた。


身体の中で、ほんの少し魔力へ意識を向ける。


できるようになったら、動かす。


保つ。


身体の外へ出す。


「…………」


その先に、術式。


「…………」


遠い。


ものすごく、遠い。


獣語魔法なんて、どこにもまだ出てこない。


それ以前に、魔力を感じるところから始めないといけない。


「…………」


でも。


初めて、道が少しだけ見えた。


感じる。


動かす。


外へ出す。


術式。


順番に、一つずつ。


          ◇ ◇ ◇


さらにページをめくる。


第三章。


『初級術式』


「…………!」


目が止まった。


今までとは違う。


大きな図。


丸。


線。


記号。


知らない形がいくつも重なっている。


「まほう……」


ようやく、魔法らしいものが出てきた。


顔を近づけて見る。


「…………」


分からない。


説明を読む。


もっと分からない。


知らない言葉。


知らない考え方。


今まで見たことのない記号。


「…………」


図だけ覚えれば、できる?


じっと見る。


一度、目を閉じる。


頭の中で形を思い出す。


丸。


ここに線。


こっちにも、小さい形。


「…………?」


本を見る。


違う。


線が一本足りない。


向きも違う。


もう一度見る。


目を閉じる。


思い出す。


開く。


また違う。


「…………」


形だけでも難しい。


しかも、形だけ覚えればいいとはどこにも書いていない。


説明がある。


なら、意味がある。


今の自分には、まだ分からない。


ページを進める。


すると、少しだけほかより単純に見える図があった。


『微光』


「びこう……?」


説明を読む。


指先の近くに、弱い光を出す。


攻撃には使えない。


初めて魔法を使う人が、練習することが多い。


「…………!」


これ。


やりたい。


でも、続きを読む。


魔力を感じる。


動かす。


外へ出す。


簡単な術式を使う。


そこまでできて、ようやくこの魔法。


「…………」


今できることは、まだ一番最初。


それでも術式を見る。


覚えたい。


じっと見る。


目を閉じる。


思い出す。


開く。


違う。


もう一度見る。


「…………」


もう一回。


          ◇ ◇ ◇


「坊や」


「…………」


見る。


「坊や」


「!」


顔を上げる。


行商人。


「時間だ」


「…………え?」


「一刻」


「…………」


外を見る。


暗い。


いつの間に。


「もう?」


「ああ」


本を見る。


まだ、ここ。


半分にも届いていない。


残っている。


たくさん。


ページの端に、見出しだけ少し見える。


属性魔法。


魔力枯渇。


訓練上の注意。


魔術師組合。


「…………」


読みたい。


まだ読みたい。


「おじさん」


「駄目だ」


言う前に言われた。


「…………」


「約束は一刻だ。それに、俺も明日の準備をしないといけない」


「…………うん」


約束。


だから、本を閉じる。


両手で差し出す。


「ありがとう」


「おう」


行商人が受け取る。


「全部読めたか?」


首を横に振る。


「ぜんぜん」


「そうだろうな」


「…………」


「でも、昨日よりは分かっただろ?」


「うん」


それは本当。


昨日は、知らない言葉ばかりだった。


今日は少しだけ分かった。


魔力。


感知。


操作。


順番。


そして、微光。


「…………」


忘れない。


そう思いながら、本が閉じられるのを見ていた。


          ◇ ◇ ◇


その夜。


家の中。


静かな場所で、床に座る。


本はもうない。


明日の朝には、行商人と一緒に町を出ていく。


でも、読んだことは頭に残っている。


「…………」


目を閉じる。


まず、魔力を探さない。


本に書いてあった。


最初に、自分の身体をちゃんと感じる。


「…………」


息。


吸う。


ゆっくり吐く。


また吸う。


吐く。


胸が少し膨らむ。


戻る。


「…………」


どくん。


どくん。


心臓。


これは魔力じゃない。


心臓。


次。


手。


少し温かい。


これも、身体の温かさ。


お尻。


床に触れている。


少し硬い。


脚。


指先。


ひとつずつ。


「…………」


呼吸。


どくん。


手。


足。


指。


「…………?」


お腹。


その奥。


何か、変な感じがする。


「…………」


これ?


魔力?


そう思った。


でも、すぐに本の言葉を思い出した。


感じたいと思いすぎると、違うものを魔力だと思うことがある。


「…………」


だから、決めない。


これは、まだ分からない。


明日も同じようにやってみる。


その次も、やってみる。


同じものを何度も感じるのか、確かめる。


「…………」


息を吸う。


吐く。


派手な光は出ない。


火も出ない。


何も起きない。


ただ、静かな部屋で自分の呼吸を感じる。


どくん。


どくん。


自分の心臓の音を感じる。


それが。


初めて自分で始めた、魔法の勉強だった。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
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