↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちいさなぼくのまもるもの  作者: 星乃いりす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/85

027 はじめての交渉

――はじめての交渉――


「…………」


荷台へ戻された本を、じっと見る。


『はじめての魔力――魔術基礎入門』


欲しい。


でも、銀貨八枚。


自分は一枚も持っていない。


お金が欲しい。


だから、仕事をする。


でも、三歳の自分にできる仕事があるかは分からない。


「…………」


本を見る。


行商人を見る。


その後ろの荷台には、たくさんの商品。


それから、もう一度行商人を見上げた。


「おじさん」


「ん?」


「ぼく、おみせのおてつだいする」


「…………手伝い?」


「うん」


「なんで?」


本を見る。


「だから」


少し考えて。


「また、ほんよませて?」


「…………」


行商人が黙った。


本をくれとは言わない。


銀貨八枚をくれとも言わない。


自分には、お金がない。


でも、手伝うことならできるかもしれない。


手伝う。


その代わり、また本を読ませてもらう。


「だめ?」


「いや……」


行商人が腕を組んだ。


「うーん……」


          ◇ ◇ ◇


行商人は、すぐには答えなかった。


こちらを見る。


三歳。


小さい。


荷台に積まれた大きな箱なんて持てない。


お金の計算も、まだできない。


商品がいくらなのかも分からない。


それに荷台には、刃物も薬もある。


勝手に触れば危ないものもある。


「坊や」


「うん?」


「何ができる?」


「…………」


止まった。


何が、できる?


「…………」


分からない。


仕事をしたいとは思った。


でも、どんな仕事ならできるのか。


そこまでは考えていなかった。


荷台を見る。


箱。


商品。


人。


「…………」


重いものは持てない。


お金も分からない。


「ちいさいの、もつ」


「小さいの?」


「うん」


「ほかは?」


「…………」


考える。


でも、出てこない。


「まあ……」


行商人も荷台を見る。


何人か、商品を見ている町の人がいる。


その足元には、荷解きしたときに使った縄や、空になった木箱。


「簡単なことならあるか」


「ほんと?」


「ああ。ただし」


行商人がこちらを指差した。


「言うことはちゃんと守れよ」


「うん!」


          ◇ ◇ ◇


最初に教えられたのは、商品の場所だった。


「ここが布」


「ぬの」


「その横が糸」


「いと」


「こっちが針」


「はり」


順番に指差される。


食器。


保存食。


薬。


本。


ほかにも、いろいろ。


「これは?」


「ぬの!」


「これは?」


「いと!」


「じゃあ、これは?」


「…………」


知らない。


細長い、白っぽいもの。


「ろうそくだ」


「ろうそく」


「火をつけて使う」


「ひ?」


「ああ」


覚える。


ろうそく。


ここ。


「全部覚えなくてもいい」


行商人が言った。


「分からなかったら俺を呼べ」


「うん」


それから、仕事も教えられた。


客が来たら、行商人を呼ぶ。


商品の場所を聞かれて、分かるなら場所を教える。


分からなければ、勝手に答えない。


空になった箱は、軽いものだけ決められた場所へ運ぶ。


落ちている縄や紙くずがあれば拾う。


そして、絶対に守ること。


「勝手に商品を触らない」


「うん」


「金には触らない」


「うん」


「荷馬車から離れない」


「うん」


「分からなかったら?」


「おじさんよぶ」


「よし」


「…………」


できそう。


「それで」


一番大事なこと。


「ほん、よめる?」


「気が早い」


「…………」


行商人が少し笑った。


「今日の残りと、明日」


指を二本立てる。


「ちゃんと手伝えたら、明日店を閉めたあとに一刻だけ読ませてやる」


「いっこく?」


「これくらいだ」


どれくらいか、説明してもらう。


かなり長い。


今、少しだけ読ませてもらった時間より、ずっと長い。


「ほんと!?」


「ああ」


「やる!」


「ただし、本はここで読む」


「うん!」


「持って帰るのは駄目だぞ」


「うん!」


決まった。


仕事をする。


そうすれば明日、魔法の本をもっと読める。


          ◇ ◇ ◇


すぐに始める。


まずは、商品の場所。


「ぬの」


ここ。


「いと」


隣。


「はり」


その隣。


「ろうそく」


こっち。


忘れないように何度も見る。


指を向けて、名前を小さく繰り返す。


「しお……」


保存食の近く。


「くすり……」


勝手に触らない。


「ほん……」


あそこ。


魔法の本も、そこにある。


「…………」


つい、そちらを見る。


「坊や」


「!」


「仕事」


「うん!」


慌てて商品へ視線を戻した。


          ◇ ◇ ◇


しばらくして、男の人がやってきた。


荷台を見る。


「塩はあるか?」


「!」


塩。


さっき覚えた。


どこ?


「…………」


荷台を見る。


あった。


「こっち!」


指差す。


「お、そこか」


行商人がすぐに商品を取る。


「これだな」


「そうそう」


客と行商人が話す。


お金が渡され、商品が渡される。


「…………」


できた。


少しだけ嬉しい。


次に、女の人が来た。


「縫い針ある?」


「ある!」


これは知っている。


「こっち!」


指差す。


「そっちは糸だ」


行商人に言われた。


「…………」


見る。


糸。


その隣。


針。


「こっちだった」


「そう」


間違えた。


「…………」


もう一度見る。


糸。


針。


隣同士。


今度は間違えないように覚える。


          ◇ ◇ ◇


次は空箱。


「これ、向こうに置いてきてくれるか?」


「うん!」


持つ。


「…………おもい」


空なのに、思ったより大きい。


でも、持てないほどではない。


両手で抱える。


よいしょ。


歩いて、置く。


戻る。


もう一つ。


「…………」


大人なら、三つくらい一度に運べるのかもしれない。


でも、自分には無理。


だから、一つずつ。


運ぶ。


置く。


戻る。


また持つ。


何度も同じ道を歩く。


最後の箱を置いたときには、少し息が上がっていた。


「できた」


「おう。ありがとな」


「…………!」


仕事。


できた。


          ◇ ◇ ◇


それからも人が来た。


「布を見せてくれ」


「おじさん!」


これは呼ぶ。


「薬は?」


「おじさん!」


分からない。


「糸はある?」


「こっち!」


今度は間違えなかった。


客がいなくなると、落ちているものを拾う。


縄をまとめる。


軽い箱を運ぶ。


また人が来る。


最初は楽しかった。


でも、時間が経つ。


「…………」


足が、だんだん重くなる。


立っているのも少し疲れる。


喉も乾いた。


水を飲ませてもらって、また戻る。


「…………」


さっきまでなら、人が来たらすぐに気づいた。


でも、夕方。


ぼんやり荷台を見ていると。


「坊や」


「…………」


「坊や?」


「!」


顔を上げる。


「客だぞ」


「!」


人がいる。


気づかなかった。


「おじさん、おきゃくさん!」


「俺が教えたんだけどな」


「…………」


行商人が笑う。


自分も少しだけ恥ずかしくなる。


疲れている。


でも、まだ終わっていない。


「…………」


もう少し。


だから、最後まで手伝った。


          ◇ ◇ ◇


日が傾き、客がほとんど来なくなった。


行商人が商品を片づけ始める。


自分も、軽いものだけ言われた場所へ運ぶ。


「これは?」


「そこに置いといてくれ」


「うん」


運ぶ。


戻る。


また、手伝えるものを探す。


「…………」


やがて、行商人が言った。


「もういいぞ」


「おわり?」


「ああ」


「…………」


足が疲れた。


座りたい。


でも、終わった。


初めて、誰かの仕事を手伝った。


何度か間違えた。


できなかったことも、いっぱいあった。


大人と同じようにはできない。


それでも。


塩の場所を教えた。


糸の場所も、最後には間違えなかった。


箱を運んだ。


落ちているものも拾った。


客が来たら、何度も行商人を呼んだ。


「まあ……」


行商人がこちらを見る。


「思ってたより働いたな」


「ほん?」


すぐに聞く。


「まだだ」


「…………」


「約束は明日までだろ」


「うん……」


そうだった。


今日だけではない。


明日もちゃんと手伝う。


そうしたら、本を読ませてもらえる。


「明日も今日くらいやれたら、店を閉めたあとに読ませてやる」


「うん!」


疲れていたのに、少し元気が戻った。


「くる!」


「ああ。待ってるよ」


行商人は、また荷物を片づけ始める。


そして、何でもないことのように言った。


「明後日の朝には、次の町へ行くからな」


「…………」


動きが止まった。


「いっちゃうの?」


「ああ。それが行商人だからな」


「ほんも?」


「そりゃ持っていくよ。売り物なんだから」


「…………」


荷台を見る。


あの本。


『はじめての魔力――魔術基礎入門』


明日、手伝う。


そのあと、一刻読める。


でも、次の朝。


行商人は町を出る。


本も一緒に行ってしまう。


「…………」


一刻。


全部読めるだろうか。


たぶん、無理。


知らない言葉がたくさんある。


一行読むだけで、何度も止まる。


なら。


「…………」


明日、どこを読めばいい?


魔力って何か。


魔力を感じる方法。


身体の中の線。


魔法の使い方。


知りたいことは、たくさんある。


でも。


時間は、ずっとあるわけではない。


「…………」


今日、初めて働いた。


そして明日は、初めて。


限られた時間の中で、何を知りたいのか。


自分で決めなければならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺️ 少しでも「続きが気になる」「この子をもう少し見守ってみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。 皆さまからの応援を励みに、これからも小さな主人公の物語を大切に書いていきます。 次のお話も楽しんでいただけますように。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。