第九話:手がかりを集める
翌朝、控室で、灯は桐生に、昨夜の出来事を相談した。
「予約名が毎回違うのは、単純に、偽名を使っているということでしょうか」
「かもしれないな。だが、それなら、なぜ、支払いのカードは、本名のまま使っているのか、疑問が残る」
桐生は、顎に手を当てながら、考え込むように続けた。
「それに、"七日目の今夜"という言葉も、気になるな。何かの、期限のようにも聞こえる」
その日の夜勤中、灯は、それとなく、フロントの記録を再度確認した。男性が使用しているカードの名義は、「黒田」となっている。だが、予約名は、日によって、田中、佐藤、鈴木と、ありふれた名字が、日替わりで使われていた。
(まるで、身元を隠しているみたい)
灯は、ふと、以前対応した客――突然家を飛び出してきた田中という男性を思い出した。もしや、何か関連があるのだろうか。だが、記録を照らし合わせても、別人であることは明らかだった。
その夜も、黒田と思われる男性は、同じ時間に、同じ席を訪れた。
「今夜も、ノクターン・スターを」
「かしこまりました」
カクテルを運びながら、灯は、慎重に言葉を選んだ。
「差し出がましいようでしたら、申し訳ございません。ですが、もし何か、お力になれることがあれば、お伺いしたく思っております」
男性は、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「……そこまで、気にかけていただけるとは、思いませんでした」
「深夜のホテルには、様々なご事情を抱えたお客様が、いらっしゃいますので」
「そう、ですか」
男性は、鞄の中から、一枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは、若い頃の男性と、隣で微笑む、同年代の女性だった。
「彼女は、俺の……幼馴染で、婚約者でした。五年前、事故で、亡くなりましてね」
「そう、だったんですね」
「事故当時、俺は、彼女との待ち合わせに、遅刻していたんです。ここのバーで、待ち合わせをする約束をしていたのに」
男性の声には、長年の後悔が、色濃く滲んでいた。
「彼女は、俺を待つ間、事故に巻き込まれました。それから五年、俺は、彼女との待ち合わせの場所に、一人で通い続けています」
「毎晩、七日間というのは」
「彼女の、命日にまつわる期間なんです。命日の一週間前から、毎晩、ここに通う。それが、俺なりの、贖罪のつもりでした」
灯は、静かに、男性の言葉に耳を傾けた。
「では、予約名を、毎回変えられているのは」
「情けない話ですが……同じ名前で、毎晩通っていることを、フロントの方に気づかれるのが、恥ずかしかったんです。未練がましいと、思われるんじゃないかと」
その告白に、灯は、優しく首を振った。
「未練がましいとは、思いません。大切な方を、大事に想い続けている証だと思います」
男性は、驚いたように灯を見つめた後、静かに目を伏せた。
「……ありがとう。ですが、今夜で、この巡礼も、終わりにしようと思っています」
「終わり、と仰いますと」
「七日目の今夜、彼女の命日です。今日を最後に、この習慣に、一つの区切りをつけようと決めました。これ以上、過去に囚われ続けていては、彼女も、きっと、心配するでしょうから」
その言葉に、灯は、以前の常連客――東條のことを思い出した。過去に区切りをつけ、前を向こうとする姿が、どこか重なって見えた。




