第二部:七日間の予約席 第八話:毎晩来る客
季節が一つ変わった頃、ホテル・ノクターンのフロントに、少し風変わりな予約が入るようになった。
「――結城さん、これ、見てもらえますか」
夜勤明けの引き継ぎの際、桐生が、一枚の予約表を差し出してきた。そこには、一週間連続で、同じバーカウンターの席を予約している客の名前が記されていた。
「毎晩、同じ時間に、同じ席を、ですか」
「ああ。予約名は毎回違うんだが、支払いに使うカードの名義は、すべて同じでな」
灯は、記録に目を通しながら、首を傾げた。
「何か、理由があるんでしょうか」
「さあな。だが、少し気になる客だ。今夜、また来店される予定になっている」
その日の深夜、予約表の通りの時間に、一人の男性がバーカウンターを訪れた。年齢は、三十代半ばといったところだろうか。落ち着いた様子だが、どこか、視線が定まらない。
「ご予約の……佐藤様、でよろしいでしょうか」
「ああ、そうだ」
灯は、丁寧に席へ案内しながら、さりげなく男性の様子を観察した。テーブルの上に置かれた鞄からは、分厚い書類の束が、僅かに覗いている。それに、シャツの袖口には、インクの染みが、いくつか付着していた。
「お飲み物は、いかがいたしましょう」
「……いつもの、ノクターン・スターを」
「かしこまりました」
星空のような色合いのカクテルを用意しながら、灯は、記憶を辿った。あの東條という常連客が、亡き妻との思い出に飲んでいた、あのカクテルだ。
(この方も、何か、思い入れがあるのかしら)
カクテルを運ぶと、男性は、静かにグラスを傾けながら、窓の外の夜景を見つめていた。
「毎晩、こちらにいらしていただいているようですが、この席に、何か思い入れがおありですか」
灯の何気ない問いに、男性は、僅かに肩を揺らした。
「……分かるものですか、そういうことが」
「予約記録を、拝見しておりますので」
「なるほど。フロントの方には、色々と、お見通しなんですね」
男性は、力なく笑いながら、グラスを見つめた。
「実は……この席で、大事な人と、待ち合わせをする約束をしていたんです。もう、随分と前の話ですが」
その言葉に、灯は、静かに耳を傾けた。
「その方とは」
「今は、もう、会えない人です。ただ、七日前に、ある知らせを受け取りましてね」
男性は、鞄の中の書類束に、視線を落とした。
「詳しいことは、まだ、お話しできません。ですが……七日目の今夜、ある区切りをつけようと、決めているんです」
その言葉の重みに、灯は、それ以上踏み込むことを躊躇った。桐生の教えを、思い出したからだ。踏み込みすぎず、見過ごさない。
「かしこまりました。何か、お手伝いできることがございましたら、いつでもお申し付けください」
「ありがとう。……今夜のところは、静かに、一人で過ごさせてもらえますか」
「承知いたしました」
灯は、一礼して、その場を離れた。だが、心の奥には、小さな引っかかりが残っていた。予約名が毎回違うこと、七日間という期間、そして、"ある知らせ"という言葉。それらが、何を意味するのか、灯には、まだ判然としなかった。




