第七話:夜が明けるまで
朝の引き継ぎを終え、灯が控室で帰り支度をしていると、桐生が、珍しく話しかけてきた。
「結城さん、少し聞きたいんだが」
「なんでしょう」
「この仕事、続けられそうか」
不意の問いに、灯は、少し考えてから、はっきりと頷いた。
「はい。むしろ、続けたいと、強く思っています」
「理由は?」
「昼間は見えない、人の"本当の顔"に、寄り添えるからです。それに――」
灯は、控室の窓から差し込む、朝の光を見つめながら続けた。
「一つ一つの出来事は小さくても、その小さな謎や事情に、丁寧に向き合うことで、誰かの一晩を、少しだけ良いものにできる。それが、この仕事の醍醐味なんだと、実感しています」
桐生は、しばらく灯の顔を見つめていたが、やがて、満足げに頷いた。
「いい心がけだ。これからも、その調子で頼む」
「はい。よろしくお願いします」
控室を出て、朝の光の中を歩きながら、灯は、これまでに出会った客たちの顔を、一人ずつ思い浮かべていた。
家族との向き合い方に悩んでいた田中。就職活動に追われていた女性。長年の月命日参りに区切りをつけた東條。資格試験に苦しんでいた長期滞在の客。そして、施設への入所を前に、最後の思い出を作った老婦人。
誰もが、それぞれの事情を抱えながら、深夜のホテルを訪れ、そして、朝と共に、それぞれの日常へと帰っていった。
(今夜も、また、新しい誰かが訪れる)
灯は、そんなことを考えながら、まだ静かな早朝の街を、家路についた。
深夜のホテル・ノクターンは、今夜もまた、静かに扉を開き、様々な事情を抱えた人々を、迎え入れる準備を整えている。
そこには、昼間には見えない、人々の"言えない事情"が、そっと寄り添われるのを待っている。そして、そのすべてに、丁寧に向き合う夜間コンシェルジュが、今日も、フロントカウンターの内側で、静かに客を待っているのだった。
(第一部・完)




