第五話:夜間コンシェルジュの理由
女性が去った後、桐生が、珍しく世間話のような口調で、灯に尋ねてきた。
「結城さんは、なぜ、夜間コンシェルジュを志望したんだ? 面接で聞かれても、はぐらかしていたと聞いたが」
不意の問いに、灯は、少し躊躇いながらも、正直に答えることにした。
「……昔、家族が、入院していた時期がありまして」
「入院?」
「はい。父が、長い間、病院に入っていました。夜勤の看護師さんが、いつも、父の話し相手になってくれていたんです。眠れない夜、誰かがそばにいてくれることの心強さを、その時に知りました」
灯は、静かに続けた。
「昼間の忙しない時間じゃなく、深夜という、特別な時間だからこそ、話せることや、気づけることがあるんじゃないかと思ったんです。それで、夜間コンシェルジュという仕事に、興味を持ちました」
桐生は、しばらく黙って灯の話を聞いていたが、やがて、静かに頷いた。
「なるほどな。……悪くない理由だ」
「桐生さんは、なぜ、夜間コンシェルジュを?」
逆に問い返すと、桐生は、珍しく、少し困ったように笑った。
「俺の場合は、単純な話でな。夜型の人間で、昼間の勤務が、どうにも性に合わなかっただけだ」
「そんな理由なんですか」
「意外か?」
「はい、少し」
「まあ、それだけじゃない。夜のホテルには、昼間とは違う顔を見せる客が多い。それを見るのが、単純に、面白いと思ったのもある」
桐生は、フロントの窓から、夜明け前の空を見上げながら、続けた。
「昼間の顔は、皆、それなりに取り繕っている。だが、深夜という時間は、人の"素"が出やすい。疲れていたり、悩んでいたり、時には、隠していたはずの本音が、こぼれ落ちたりする」
「だからこそ、踏み込みすぎず、見過ごさない、なんですね」
「ああ。その塩梅を、これからも、大事にしていってくれ」
その言葉に、灯は、深く頷いた。
窓の外、夜明けの光が、徐々に、ロビーを照らし始めていた。今夜も、様々な事情を抱えた客たちが、ホテル・ノクターンを訪れ、そして、それぞれの朝を迎えていく。
灯は、フロントカウンターに立ちながら、静かに思った。
(この仕事を選んで、良かった)
深夜という特別な時間の中で、誰かの言えない事情に、そっと寄り添うこと。それこそが、結城灯という、新米夜間コンシェルジュにとっての、かけがえのない使命になっていた。
今夜も、ホテル・ノクターンの扉は、様々な事情を抱えた客たちを迎え入れるために、静かに開かれている。
(第一部・了)




