第十部:一年目の夜に 第三十一話:届いた手紙たち
灯が、夜間コンシェルジュとして働き始めてから、ちょうど一年が経った、ある秋の夜のことだった。
「結城さん、これ、見てもらえますか」
フロントに立つ灯の元に、桐生が、一通の封筒を差し出してきた。差出人は、あの、収穫祭の夜、プロポーズを決意していた田中――いや、最初に灯が対応した、あの家族との一件で悩んでいた男性からだった。
『先日は、大変お世話になりました。あの夜、あなたに背中を押していただいたおかげで、妻とも、娘とも、今では、良い関係を築けています。先日、娘の誕生日には、家族三人で、旅行にも行くことができました。あの夜のことを、今でも、時々、思い出します』
灯は、その手紙を、静かに読み終え、胸に、温かいものが広がるのを感じた。
「他にも、色々と、届いているんだ」
桐生は、いくつかの封筒を、フロントカウンターに並べた。就職活動の書類を忘れた、あの女性からは、無事に、憧れの会社に就職できたという報告。長年の月命日参りに区切りをつけた、東條からは、息子の結婚式が、無事に執り行われたという知らせ。
一通一通に、目を通しながら、灯は、これまでの出来事を、静かに振り返っていた。
「たくさんの方々の、その後を、こうして知ることができて、嬉しいです」
「この仕事をしていると、時々、こうして、思いがけない形で、その後の様子が、届くことがある」
桐生は、静かに続けた。
「一晩の出来事が、その後の人生に、少なからず、影響を与えることもある。そのことを、実感させてくれる瞬間だ」
その夜、フロントには、久しぶりに、あの旅の途中で命日参りをしていた黒田――五年間の贖罪に、区切りをつけた男性が、訪れた。
「結城さん、お久しぶりです」
「黒田様! お久しぶりでございます」
「今夜は、本名で、予約させてもらいました」
黒田は、以前とは違う、穏やかな表情で、バーカウンターに腰掛けた。
「あれから、少しずつ、前を向けるようになりましてね。今は、新しい人と、お付き合いを、始めています」
「それは、素晴らしいですね」
「彼女にも、いつか、このホテルのことを、話してみようと思っています。俺にとって、大切な、区切りの場所だったので」
その言葉に、灯は、静かな喜びを感じた。深夜のホテルで出会った、一つ一つの物語が、こうして、確かに、それぞれの人生の中で、続いていっているのだと、改めて実感した。




