第二十五話:受け継がれるもの
数週間後、三笠は、すっかり夜間フロントの仕事に、馴染んでいた。
「結城さん、最近、随分と、頼もしくなりましたね」
灯の言葉に、三笠は、少し照れくさそうに笑った。
「結城さんや、桐生さんの、おかげです」
その夜、控室で、灯は、ふと、一年前の自分を思い出していた。右も左も分からず、桐生に、一つ一つ、丁寧に教えてもらっていた頃のことを。
「桐生さん」
「なんだ」
「私も、いつか、三笠さんのように、誰かに、この仕事の心得を、伝えていく日が来るんですね」
桐生は、静かに頷いた。
「ああ。そうやって、この仕事の姿勢は、受け継がれていくものだ」
「桐生さんも、誰かから、教わったんですか。"踏み込みすぎず、見過ごさない"という、この言葉」
灯の問いに、桐生は、懐かしそうに、目を細めた。
「ああ。俺が、まだ新人だった頃、当時の先輩から、教わった言葉だ。もう、随分と前に、この仕事を退いてしまったが」
「その方は、今、どうされているんですか」
「さあな。風の噂では、田舎で、静かに、暮らしていると聞いている」
桐生は、窓の外の、夜景を見つめながら、続けた。
「いつか、俺も、この仕事を退く時が、来るだろう。その時には、結城さんに、この場所を、任せられたらと思っている」
その言葉に、灯は、少し驚きながらも、深く頷いた。
「まだまだ、先の話でしょうが……その時が来たら、桐生さんの教えを、しっかりと、受け継いでいきます」
「頼りにしている」
その夜、フロントに立った灯は、隣で、真剣に業務をこなす三笠の姿を見ながら、静かに思った。
一人の客に、丁寧に向き合うこと。そして、その姿勢を、次の世代へと、受け継いでいくこと。その両方が、この仕事の、本当の意味なのかもしれないと。
窓の外、春の夜風が、ホテル・ノクターンの窓辺を、静かに撫でていった。深夜のホテルには、今夜もまた、様々な事情を抱えた人々が訪れ、そして、それぞれの物語を、紡いでいく。
結城灯という、一人の夜間コンシェルジュの物語は、こうして、これからも、深夜の街の片隅で、静かに、そして、確かに、受け継がれ続けていくのだった。
(第七部・完)




