第二十一話:小さな奇跡の演出
母親と子供を部屋へ案内した後、灯は、桐生に、一つの相談を持ちかけた。
「桐生さん、今夜、いくつか、特別なお願いをしても、よろしいでしょうか」
「なんだ、改まって」
灯は、今夜出会った客たちの事情を、手短に説明した。プロポーズを控えた男性、そして、寂しい思いを抱えた母子。
「もし可能であれば、それぞれのお客様に、少しだけ、特別な演出を、加えられないかと思いまして」
桐生は、少し考えた後、静かに頷いた。
「面白い。やってみるといい」
まず、プロポーズを控えた男性の部屋には、灯自ら、簡単な花びらの装飾と、小さなキャンドルを用意した。控えめながらも、温かみのある演出に仕上げる。
続いて、灯は、厨房に相談し、母子の部屋に、特別なルームサービスを手配した。子供が喜びそうな、可愛らしい飾り付けのケーキと、温かいホットチョコレートだ。
「結城さん、これは?」
配膳を担当したスタッフが、驚いたように尋ねた。
「今夜、寂しい思いをしているお客様がいらっしゃって。少しでも、楽しいクリスマスの思い出になればと思い、お願いしました」
深夜二時を過ぎた頃、プロポーズを終えたらしい男性から、フロントに、弾んだ声で内線が入った。
「彼女、承諾してくれました! お部屋の飾り付けも、すごく喜んでくれて、本当に、ありがとうございました!」
「おめでとうございます! お二人の、素敵な門出を、心よりお祝い申し上げます」
電話越しに伝わる幸福感に、灯は、自然と、頬が緩むのを感じた。
一方、母子の部屋からも、しばらくして、内線が入った。
「あの……先ほどの、ケーキとホットチョコレート、本当にありがとうございました」
母親の声には、先ほどまでの寂しさとは違う、温かい響きが滲んでいた。
「娘が、生まれて一番、嬉しいクリスマスだって、喜んでくれました」
「それは、良かったです」
「実は……このホテルに来て、良かったと、心から思っています。寂しい気持ちで、家にいるより、ずっと、良い思い出になりました」
その言葉に、灯は、静かな喜びを噛み締めた。
深夜三時、フロントに戻った灯に、桐生が、労うように声をかけた。
「今夜は、随分と、忙しく動き回っていたな」
「はい。でも、皆さんの、嬉しそうな声を聞けて、本当に良かったです」
「クリスマスイブという特別な夜だからこそ、できることも、あったんだろう」
桐生は、窓の外の、夜空を見上げながら、続けた。
「深夜のホテルは、普段は、静かに、事情に寄り添う場所だ。だが、時には、こうして、積極的に、幸せの後押しをすることも、悪くない」
その言葉に、灯は、深く頷いた。




