第六部:クリスマスイブの奇跡 第二十話:予約が重なった夜
十二月二十四日、クリスマスイブの夜。ホテル・ノクターンのフロントは、普段の深夜とは違う、独特の華やぎに包まれていた。
「今夜は、予約が随分と、埋まっていますね」
「ああ。クリスマスイブは、毎年、こうなる」
桐生が、予約表を確認しながら、答えた。ロビーには、小さなクリスマスツリーが飾られ、控えめながらも、温かい灯りが、辺りを照らしている。
深夜零時を回った頃、フロントに、一人の男性が、大きな花束を抱えて現れた。
「チェックインを、お願いします」
「かしこまりました。ご予約名を」
「……いえ、実は、予約はしていないんです。空いている部屋は、ありますか」
灯は、慌てて空室状況を確認した。幸い、一部屋だけ、空きがあった。
「一部屋、ご用意できます。お一人様でしょうか」
「はい。……その、実は、恋人に、サプライズで、プロポーズをしようと思っていて」
男性は、少し照れくさそうに、花束を見つめた。
「彼女とは、このホテルの近くにある、レストランで待ち合わせをしています。食事の後、この花束を渡して、プロポーズをするつもりなんですが……その後、泊まる場所を、まだ決めていなくて」
「かしこまりました。お部屋を、精一杯、素敵に整えさせていただきます」
灯は、丁寧に手続きを進めながら、ふと、提案を思いついた。
「もしよろしければ、お部屋に、ささやかながら、お祝いの飾り付けをさせていただくことも、可能ですが、いかがでしょうか」
男性は、驚いたように目を見開いた。
「そんなことも、していただけるんですか」
「はい。当ホテルでは、特別な記念日のお客様に、簡単な装飾のサービスを、ご用意しております」
「ぜひ、お願いします!」
男性が、感激した様子で答えた。
その後も、フロントには、様々な事情を抱えた客が、次々と訪れた。一人で静かに過ごしたいという、疲れた様子の会社員。家族との時間を求めて、遠方から訪れた老夫婦。そして――
「あの、すみません。今夜、泊まれますか」
フロントに現れたのは、小さな子供を連れた、若い母親だった。子供は、まだ、五歳ほどだろうか。少し疲れた様子で、母親にしがみついている。
「かしこまりました。ご予約は」
「……いえ、していません。急に、決めたので」
母親の声には、どこか、切実な響きがあった。灯は、それとなく、事情を尋ねてみることにした。
「クリスマスイブに、急に、お泊まりを決められたんですね」
母親は、少し躊躇った後、静かに答えた。
「実は、今夜、夫の帰りを、家で待つのが、辛くて。仕事の都合で、今年も、クリスマスに、家に帰れないと言われて……この子と二人きりで、家で過ごすのが、なんだか、寂しくて」
その言葉に、灯は、静かに耳を傾けた。子供は、少し不安そうに、母親の服を、ぎゅっと握りしめている。
「それで、思い切って、ホテルで、特別な夜を、過ごそうと思ったんです。子供と二人だけでも、楽しい思い出を、作れたらと」
灯は、その母親の想いに、胸を打たれた。
「かしこまりました。お子様と、素敵な夜を、お過ごしいただけるよう、私たちも、精一杯、お手伝いさせていただきます」
灯は、丁寧に手続きを進めながら、この夜の、様々な"言えない事情"を抱えた客たちに、何か、特別なことができないかと、静かに考え始めていた。




