第十八話:待つことしかできない夜
検査の結果を待つ一週間、灯は、努めていつも通りに、仕事をこなそうとした。だが、ふとした瞬間に、不安が顔を出すのを、完全には抑えられなかった。
「結城さん、休憩、取ってきたらどうだ」
ある夜、フロントの応対の合間、桐生が、静かに声をかけてきた。
「大丈夫です、まだ、やることが」
「無理は禁物だ。少し、休め」
促されるまま、控室で休憩を取っていると、桐生が、温かいお茶を持って、控室に顔を出した。
「これ、飲むといい」
「ありがとうございます」
桐生は、灯の向かいに座ると、珍しく、自分のことを、静かに語り始めた。
「実は、俺も、若い頃、家族の病気で、随分と、心を乱した時期があってな」
「桐生さんも、ですか」
「ああ。当時は、まだ、この仕事を始めたばかりでな。お客様に、丁寧に向き合うどころか、自分のことで、精一杯だった」
桐生は、懐かしむように、続けた。
「そんな時、あるお客様に、逆に、励まされたことがある。『辛い時こそ、誰かのために動くことが、自分自身を支える力になることもある』と」
「その言葉が、桐生さんの、今の姿勢に、繋がっているんですね」
「かもしれないな。無理に、気持ちを切り替える必要はない。だが、目の前の仕事に、丁寧に向き合うことが、結果的に、自分自身を支えることにもなる。そう思っている」
その言葉に、灯は、静かに頷いた。
「桐生さんの、ご家族は」
「今は、元気にしている。あの時の不安を、乗り越えられたのも、周りの支えがあったからこそだ」
その言葉に、灯は、少しだけ、心が軽くなるのを感じた。
検査結果を待つ間も、灯は、いつも通り、フロントに立ち続けた。時折、客との会話の中で、不安がよぎることもあったが、そのたびに、桐生の言葉を、心の中で反芻した。
辛い時こそ、誰かのために動くことが、自分自身を支える力になる。
その週、灯は、いつも以上に、丁寧に、客一人一人と向き合った。ある夜には、出張続きで疲れ果てた客に、そっと温かい飲み物を差し出し、また別の夜には、眠れないと零す客の話に、じっくりと耳を傾けた。
そうした一つ一つのやり取りが、不思議と、灯自身の心を、静かに支えてくれているような気がしていた。




