第十六話:形見に込められた想い
翌日、高橋は、チェックアウトの前に、改めてフロントを訪れた。
「昨夜は、本当に、ありがとうございました。おかげで、大切な形見を、無事に取り戻すことができました」
「ご無事に見つかって、何よりです」
高橋は、手にしたネックレスを、大切そうに見つめながら、静かに語り始めた。
「このネックレス、母が、亡くなる直前に、私に譲ってくれたものなんです。『あなたが、迷った時の、道しるべになるように』と言って」
「素敵な、贈り物ですね」
「実は、最近、仕事のことで、大きな決断を迫られていましてね。今回の出張も、その決断のための、大事な商談だったんです」
高橋は、少し寂しそうに笑った。
「なくなったと気づいた時、まるで、母に見放されたような、そんな気持ちになってしまって。我ながら、大袈裟だとは、分かっているのですが」
「大袈裟だとは、思いません。大切な方の想いが込められたものですから、そう感じられるのも、当然だと思います」
灯の言葉に、高橋は、少し驚いたように顔を上げた。
「結城さんは、いつも、そうやって、お客様の気持ちに、寄り添ってくださるんですね」
「差し出がましいことも、多いかもしれませんが」
「いいえ。おかげで、随分と、救われました。商談の方も、これで、心を落ち着けて、臨めそうです」
高橋は、ネックレスを首元に着け直しながら、晴れやかな表情で、ホテルを後にした。
その日の夜、桐生との引き継ぎの際、灯は、今回の出来事を振り返りながら、静かに呟いた。
「今回のこと、単なる盗難騒ぎじゃなくて、良かったです」
「そうだな。誰も悪意を持っていなかった、という結末は、悪くない」
桐生は、窓の外の夜景を見つめながら、続けた。
「この仕事をしていると、時に、深刻な事件に遭遇することもある。だが、今回のように、誤解や、小さな偶然が重なっただけの出来事も、案外、多いものだ」
「だからこそ、決めつけずに、丁寧に確認することが、大事なんですね」
「ああ。それも、踏み込みすぎず、見過ごさない、の一環だ」
灯は、深く頷きながら、フロントカウンターの向こうに広がる、夜のロビーを見渡した。今夜もまた、様々な事情を抱えた客たちが、ここを訪れ、それぞれの物語を紡いでいくのだろう。
窓の外、冬の澄んだ夜空に、星々が、静かに輝いていた。ホテル・ノクターンの一夜は、こうして、また一つ、穏やかな結末を迎えたのだった。
(第四部・完)




