第十三話:新しい肩書き
それから一ヶ月ほど経った、ある夜のことだった。
「チェックインを、お願いします」
久しぶりに訪れた城崎は、以前とは、どこか違う雰囲気を纏っていた。以前のような、隙のない鋭さは変わらないものの、その奥に、確かな明るさが感じられる。
「城崎様、お久しぶりでございます」
「ええ、結城さん。実は、報告したいことがありましてね」
チェックインの手続きを終えた後、城崎は、少し誇らしげに切り出した。
「先日、あるホテルグループから、サービス改善のコンサルティングを、依頼されましてね。長年の評論経験を、買ってもらえたようです」
「それは、おめでとうございます!」
「あなたに言われた言葉が、後押しになりました。批評するだけでなく、直接、良いホテル作りに関わる仕事も、悪くないと」
城崎は、静かに微笑んだ。
「これからは、評論家としてではなく、コンサルタントとして、様々なホテルを訪れることになります。ですが」
「ですが?」
「このホテル・ノクターンだけは、これからも、一人の客として、変わらず、訪れさせてもらいます。ここで学んだことを、忘れないためにも」
その言葉に、灯は、深く頭を下げた。
「いつでも、お待ちしております。これからも、率直なご指摘、お待ちしておりますので」
「ふふ、それは、心強い」
城崎は、いつになく朗らかな様子で、部屋へと向かっていった。
その夜、桐生が、静かに口を開いた。
「結城さん、この仕事を始めて、随分と経つが」
「はい、もうすぐ、一年になります」
「城崎様のような、難しいお客様の変化を、間近で見られるのも、この仕事の、醍醐味の一つだ」
桐生は、窓の外の夜景を見つめながら、続けた。
「深夜という時間は、人の"素"が出やすい。だからこそ、時に、厳しい態度で、本音を隠す客もいる。だが、その奥にある、本当の事情に気づき、寄り添うことができれば、こうして、思いがけない変化を、見届けられることもある」
その言葉に、灯は、深く頷いた。
「これからも、色々なお客様と出会うことになりますね」
「ああ。どんな事情を抱えた客が訪れても、踏み込みすぎず、見過ごさない、その塩梅を、大切にしていってくれ」
「はい」
窓の外、夜明けの光が、今日もまた、静かにロビーを照らし始めていた。ホテル・ノクターンには、今夜もまた、様々な"言えない事情"を抱えた人々が訪れ、そして、それぞれの朝を迎えていく。
結城灯という、一人の夜間コンシェルジュの物語は、こうして、深夜の街の片隅で、これからも、静かに紡がれ続けていくのだった。
(第三部・完)




