第十二話:評論家の過去
翌週、城崎は、再びホテルを訪れた。今回は、いつもの鋭さの中に、どこか、疲れたような色が滲んでいた。
「城崎様、いつもの、お部屋をご用意しております」
「ありがとう。……今日は、少し、疲れていましてね」
珍しく、弱音めいた言葉に、灯は、思わず声をかけた。
「何か、大変なお仕事があったのでしょうか」
城崎は、少し躊躇った後、静かに語り始めた。
「実は、長年勤めていた、ホテル評論の専門誌が、来月で廃刊になることが、決まりましてね」
「そう、だったんですね」
「二十年近く、続けてきた仕事です。正直、これから、どうすればいいのか、分からなくなっています」
城崎は、フロントカウンターに、力なく肘をついた。
「私の細かい指摘も、結局のところ、誰かの役に立っていたのか、時々、分からなくなることがあります。ただの、うるさい客だと、思われていただけかもしれない」
その言葉に、灯は、はっきりと首を振った。
「そんなことはありません。城崎様のご指摘のおかげで、当ホテルのサービスは、確実に改善されてきました。厨房のスタッフも、パンの焼き加減について、随分と研究を重ねたと聞いております」
「本当に、ですか」
「はい。城崎様のような、真摯にお客様の立場で物を見てくださる方の存在は、私たちにとって、とても貴重です」
その言葉に、城崎は、しばらく黙り込んだ後、静かに目を伏せた。
「……ありがとう。そう言ってもらえると、少し、救われる気がします」
「これからのお仕事については、何か、お考えがおありですか」
「正直、まだ、白紙です。ただ」
城崎は、少し考えるように続けた。
「もしかしたら、これまでのように、批評するだけでなく、もっと直接的に、良いホテル作りに関わる仕事も、悪くないかもしれないと、思い始めています」
「それは、素敵なお考えだと思います」
「あなたに、そう言ってもらえると、心強いですね」
その夜、城崎は、いつになく、穏やかな表情で、部屋へと戻っていった。
翌朝、桐生に、昨夜の出来事を報告すると、桐生は、感心したように頷いた。
「城崎様の、あんな一面を見られるとは、思わなかったな」
「私も、少し、意外でした」
「結城さんの、対応があってこそだろう。踏み込みすぎず、見過ごさない――今回は、その塩梅が、実に見事だった」
その評価に、灯は、静かな誇らしさを覚えた。




