8 交渉
「さて、アルオニ国より殿下自ら視察団として来られたようですが、我が領の何に関心がおありだろうか?」
マグーシュ公爵の言葉に視察団として訪れた者達は誰も返答出来なかった。
グレイブや文官達の目的はマグーシュ領に訪れマーガレットに会う事であり、視察はあくまでも口実であった。
だから表向きの視察については何も考えていなかった。
マグーシュ公爵は目の前の不甲斐ない者達を見て数日前にマーガレットが発した心配ないという言葉を思い出し、驚愕してしまう。
目の前のもの達が何の策も練ることなく馬鹿正直に現れたからだ。
普通は考えられない。
彼らの目的はマーガレットに戻って来てもらう事。
ならば、視察と称し公爵領の公務の穴を見つけそれを交渉に使うのではと考えるはず。
なのに訪れた者は誰も何も考えていない。
この程度の人材しかいないのかとマーガレットが如何に苦労したのかと公爵は理解した。
しかし、このままでは何も進まない。
マグーシュ公爵は仕方がなく助け船を出す事にした。
「グレイブ殿下も疲れているようだ。食事の支度をしますゆえ本日はゆっくりと休まれ本題は明日からに致しましょう」
「か、感謝する」
マーガレットにとって予想通りであったが何の策も練らずに訪れた自国の代表達を目前に見て恥ずかしく思ってしまった。
公爵はゆっくり休めば少しは変わるだろうと仰ったが私はそのようには思えなかった。
公爵は解っていない。
彼らが如何に愚かであるかを。
簡単に変化するようならば私が五年間も苦労などしていない。
~ 翌日 ~
マグーシュ公爵から猶予を頂いた形となった者達。
だが、マーガレットは彼らがその頂いた猶予を活かせるとは思えなかった。
もし活かせるものなら国政の対策など行えているはずだから。
「それでは改めまして、今回の視察の目的をお伺いしたい」
「目的か、目的は我がアルオニ国にマーガレットを返して頂きたい」
グレイブの発言に公爵は目を大きく見開いた。
彼らの言葉が余りにも正直過ぎたからだ。
正直とは良い事だけどあまりにも馬鹿正直過ぎる。
こちらに来られた名目は公務の視察だ。
グレイブが申したマーガレットの件は本心なのだろうが、まずは公務について伺わなければならない。
マーガレットの予想通り、彼らは公爵の猶予を活かす事は出来なかった。
見開いた公爵の目はにこやかな笑顔と変わってたが、目の奥は笑っていない事は誰が見ても明らかであった。
「これはこれは、今回は我が領地を見たいと言う事で来られたとお伺いしているのですが、殿下は我が領地よりも女性にご興味があるようで。しかも、マーガレット嬢は我が息子の婚約者ですよ。人様の婚約者に懸想されるのは宜しくないのでは?」
「いや、そうではなくて・・・」
「殿下、私の方で説明させて下さい」
グレイブの隣に座っていた文官長が見兼ねてグレイブの代わりに説明を申し出た。
紹介された文官長は私が王宮にいた頃の文官長とは違う人物であった。
私はお父様からの手紙を思い出す。
彼は責任を取らされた事を理解した。
「我が国の内部管理を担っておりましたマーガレット様が引継ぎもせずに突然と王宮からいなくなられて、王宮内の内政は混乱に陥っておりますので、マーガレット様には一度戻って頂き引継ぎという責任を負って頂きたい」
彼の発言は聞いていた私は彼の発言は責任転嫁だけの何ものでもないと思った。
まず彼らが私にしなくてはいけないのは謝罪のはず。
しかし、彼らの口から謝罪の言葉は一度もない。
全ては私が悪いのだから私に謝罪しないと言う事なのだろう。
ならば私は・・・
「可笑しな事を言われますね。私が内政を行っていたのは文官長の部下の方々が自身の公務を放り出していたから代わりに行っていただけです」
「それは・・・」
「職務を放り出したのは私ではなくあなた方です」
「・・・」
「それでは次に私が王都から出て行ったのはグレイブ殿下から見窄らしい女は直ちに出ていけと言われたからでございます。それを不満に思うという事は殿下に不満を申しているという事で宜しいですね」
「違います!私は・・・」
「違いません!」
「・・・」
「それでは最後に私が担っていたのは殿下やあなた達の公務です。本来は私の仕事ではございませんが、皆様の怠惰により仕事が放棄され国を重んじて仕方がなく手伝ったまでです。手伝っただけの者に引継ぎなどございません。よって私が王宮に戻る事はありません」
「ですが、それによって王宮に歪みが生じて・・・」
「それは私の責任ではなくあなた達の責任では?あなた達は5年間も何をしてきたのですか?」
「・・・」
「あなた達の5年間の怠惰によって行ってきた事は私の善意でございます。そしてそれはグレイブ殿下の婚約者としてです。そうでなくなった今の私が何をもってあなた達に善意を与えなければならないのでしょうか?」
「いや・・・あれは・・・我々も・・・時間が・・・」
「時間がですか?私は皆様が放置した業務を行っていた事で寝る暇も食事をする暇もございませんでした。お陰で皆様から『見窄らしい女』と言う不名誉な称号を頂きましたが、そんな皆様のどこに時間がなかったと言われるのでしょうか?人手不足なら陳情書をあげるべきで放棄すべきではなかったのではないのですか?それが文官長という貴方の仕事ではないのですか?5年間政務を手伝っていた中でそのような陳情書を拝見した事はございませんでしたが。まあ、それもそうでしょうね。私が知る限り仕事を放棄していたあなた達は仕事中に市井へ遊びに出かけたり居眠りしていたりと忙しいようには思えませんでしたから」
「・・・」
視察団として訪れた者達の皆が下を向いてしまった。
誰もが私の正論に反論する事が出来なかった。
「グレイブ殿下、今回は我が領地の視察として来られたと伺っております。ですが、先ほどからその方等が話すのは私の婚約者の話ばかりでマグーシュ領について何の興味もないようだ。お解りでないようだからお話しますが、今回の視察は陛下の承諾を得て来られた視察です。よって陛下に報告をしなければいけないのだが、このような内容で宜しいのですか?」
ラルカンの発言を聞いて漸く彼らも己らの愚かさを理解して顔を青ざめていた。
今、この状態を報告するとなれば『アルオニ国の視察団は女の尻をおってきた』という事になる。
それが、どんなに自国の恥となるか、陛下に虚偽の申請をした事で国同士の関係性がどのようになるのかをやっと理解できたようであった。
これで話は終わりだろうと公爵の合図で席を外そうとした。
しかし、グレイブ殿下が突然と席を立ち、何をするのかと思えばその場でひれ伏すように頭を下げた。
「どうか、どうか頼む。マーガレットがいないと我が国は滅んでしまう。引継ぎだけでもどうかお願いしたい」
自国の王子の行動を見て視察団として訪れた文官達も同じように頭を下げた。
「殿下、そちらの国についてはそちらで考える事で私共が考える事ではない」
「確かにそうだ。今更だ、今更マーガレットに助けを乞おうなど虫が良すぎる事だろう。今まで何も見なかった私が如何に愚かであったのかが解った。見窄らしいのはマーガレットではなかった。何も知らなかった知ろうとしなかった私の方が見窄らしい王子であった。
そんな私に出来るのはもう頭を下げる事しかない。
マーガレットと違い無能な私では頭を下げる事しか出来ない。すまぬが我が国を助けてくれはしないだろうか」
グレイブ殿下の姿にラルカンとマーガレットは顔を見合わせる。
ラルカンが仕方がないという顔をしていた。
私もラルカンと同意見であった。
まだ、彼らから正式に謝罪をされていない。
しかし、私にとって謝罪などもうどうでも良くなった。
彼らが取り組む意欲がある事が確かめられたからだ。
「殿下、私はアルオニ国に戻る事はありません」
「そんな・・・」
「ですが、この場で宜しければ皆様に公務の仕方を教える事はできます。例えば海港税の根拠の表し方など」
「誠か!」
「マグーシュ閣下、今回の視察は会計方法と税の仕組みについてと陛下に報告して頂けませんか?」
「まあ、そうするしかあるまいな」
「マーガレット嬢、マグーシュ公爵、感謝致します!」
感謝。
5年間言われなかった言葉。
それがまさか異国の地で初めて言われるとは思わなかった。




