6 隣国
お父様の助言もあり隣国のマグーシュ領に向かう事になった。
私が最後に訪れてから既に10年以上前となる。
街は大きくなっており、古い教会は新しく建て替えられていたりと昔と違うところもあるが、街道から見える山々の景色、川を渡る時に鳴る橋板の音、領地で作られる農作物の匂い、旅の者を守るかのように佇む風車小屋など全てが幼き時の記憶と一緒であった。
街を抜け丘を登るとマグーシュ領の邸が見えてきた。
公爵邸の扉を開けると私の脳内には公爵邸の間取りが不思議と浮かび上がってきた。
そして思い出す。
ラルカンとの思い出の日々を。
懐かしく思いながらラルカンの案内で公爵に挨拶へと向かった。
公爵は私の姿を見るや目を見開いた。
王宮で出会った時との私の姿が違い過ぎて驚かれているようであった。
ラルカンが婚約について説明する。
公爵から条件を出される。
『邸にいる者達を納得させる事』
見窄らしい女の噂は結構広まっているらしく公爵邸で働く従者達にも知られていた。
馬車を降りるやすれ違う従者達が訝し気に私を見ていた理由がわかった。
彼らに認めてもらうのは簡単ではなさそうであった。
執務室を出るとラルカンが邸に働く者を集めて下さった。
「彼女はマホーニー辺境伯令嬢のマーガレット嬢だ。分け合って本日よりマグーシュ家で預かる事となった。大事な来賓だ。丁重に迎えるように」
「はい!」
さすが、公爵家で働く人達。
ラルカンの指示にしっかりと返事をした。
これで表立って私に嫌がらせする者はいないかと思う。
けれど、彼らの目を見れば受け入れられていない事はわかった。
彼らに受け入れられるには、ある人物に受け入れられなければならない。
ミネルバ・マグーシュ公爵夫人。
公爵夫人と挨拶をした時、夫人の目は品定めをする目であった。
夫人はどちらが真実なのか探っておられる。
夫人とは幼き頃からお会いしていたから夫人は私の事を知っていた。
しかし、王都での私の噂も夫人は知っていた。
そのため、公爵家を守る者として品定めをしなければならなかった。
嫁と姑。
嫁ぐものとすれば一番の大きな問題であるが私は心配する事はなかった。
私は知っていた。
彼女が優しい人である事を。
私が真実である事を。
私は真実を見て貰うために公爵の公務の補助をする事にした。
ラルカンと二人で領地の至る所を案内され学ばさせてもらった。
公爵邸に戻るとラルカンと一緒に陳情書の素案を作成する。
早く認めて貰おうと二人で夜更けまで作成していると公爵から『ここでは無理はしないように』と叱られてしまった。
5年間誰からも言われなかった言葉。
叱られたが嬉しく感じてしまった。
翌日もラルカンと一緒に素案を作成する。
意見を交わす度に気分が高まる自身に気付く。
他の者と一緒に仕事をする事がこれほど楽しいという事を初めて知った。
5年間同じ仕事をしていたがこれほど仕事が楽しく感じる事はなかった。
アルカンと一緒にもっと仕事していきたい。
そのためにも皆に認めて貰いたい。
だが、公爵に言われた通り決して無理はしない。
少しずつ、少しずつ認めて貰えるようにした。
公爵領に訪れて一月ほど経つ。
日々であるが少しずつと気付きづらい変化は月単位となると明らかに変化していた。
品定めをしていた夫人からお茶に誘われた。
夫人から最終尋問と質問が飛び交う。
私は正直に全ての質問に答えた。
過去の身窄らしい女と言われていた時の話も隠すことなく話した。
結果、夫人は目に涙を浮かべ私の事を抱きしめた。
「ここを故郷と思ってずっといてくれていいのよ」
夫人に認めて貰えた。
夫人との会話を楽しむ。
その姿を見る従者達。
公爵家の守護者である夫人が受け入れる者となったため、そこで働く者達の心も直ぐに変化していった。
全ての者が私の事を受け入れてくれた。
公爵が皆を集める。
「本日よりマーガレット嬢を我が息子の婚約者とする」
公爵の隣で夫人は笑顔で迎えてくれている。
従者も受け入れてくれた。
この日より私はラルカンの婚約者となった。
婚約者となった私は引き続きラルカンと一緒に公務を行う。
この日も公務をある程度済ませラルカンと夫人の3人でお茶をしながら体を休めていた。
そこに従者が一通の手紙を私に渡してきた。
公爵領に来て二か月ほど経つが今迄に一度も手紙が届いた事などなかった。
差出人はお父様であった。
辺境伯領で何かあったのかもしれない。
手紙には文官長がグレイブ殿下の遣いとしてマホーニー辺境伯邸に訪れた事が書かれてあった。
文官長。
文官達の怠惰を見て見ぬふりをしていた者。
私の事を見下していたが、強き者達には諂う男であった。
~ 辺境伯邸 ~
王宮で文官長をしているという男の態度は横柄であった。
客間へ通すや否や踏ん反り返るように座ったかと思うとテーブルの上に一つの書状を放り出した。
書状には新しい役職と役職の責任者に私を選出したいと書かれていた。
給金は通常の文官の三倍とかなりの好待遇。
しかし書状からも目の前で踏ん反り返るように座る男からも謝罪の言葉はなかった。
「時間がない、早く見窄らしい娘を連れて来い」
次の瞬間、辺境伯は踏ん反り返る男を殴り飛ばしていた。
後ろで護衛として立っていた騎士が慌てて剣を抜こうとしたが、辺境伯の『抜けば貴様らも同罪とみたす』と言われ剣から手を離した。
彼らは解っていた。
殴られ倒れる男が辺境伯令嬢を侮辱した事を。
陰口ではない。
目の前で言ってしまったのだ。
あまりにも愚かな行為であった。
だが、殴られた男は頬を抑えながら罵詈雑言の言葉を叫ぶ。
次の瞬間、辺境伯の剣は抜くと男の腕を切り落とした。
護衛の騎士達は動かない。
殴られた男はそれだけの事をしてしまっていたからだ。
「娘は隣国の令息と婚約しこの国にはいない。我が娘が置かれていた状態について一切の謝罪する事なく更に侮辱するこの者の態度でそちらの考えは十分に解った。私としては腕一本で済ませるがそちらで正当に裁かれる事を願うと陛下に伝えよ」
~ マグーシュ公爵邸 ~
お父様からの手紙を読み私は頭を抱える。
私の手から擦り落ちた手紙をアルカンが読む。
「なるほど、驚く内容だけど問題ないと思うよ」
「そうでしょうか?」
お父様は辺境伯であるため、それなりに地位は高い。
しかし、相手は王太子の遣いとして訪れた者。
遣いの者への行為は王太子への行為と見なされる。
「行為自体は謀反だけど、それは遣いの者が王太子の遣いとして問題を起こさなければとなる。今回のケースは明らかに遣いの者に問題がある。このケースで下手に騒げば逆に王家の立場が悪くなるだけだ」
「確かに・・・それに攻める価値もありませんですものね」
辺境伯に攻めいる価値。
それは私のこと。
今、王家が一番欲しいのは私のはず。
しかし、辺境伯を攻め落としたとしても私という戦利品が得られる可能性は極めて低い。
アルオニ国内でも優秀とされる辺境伯に在籍している騎士達を敵にしてまでの価値はないはず。
しかも、彼等は時間が少しでも欲しいはず。
戦争とは時間がある者が行うもので切迫した者がとる行動ではない。
ならば・・・
「マグーシュ公爵にもお伝えした方が良さそうですね」
「なるほど、この件は父上に伝えるとしよう」
ラルカンは私が言いたい事を理解して下さったみたい。
マホーニー辺境伯は攻める価値はない。
しかし、マグーシュ公爵領は違う。
私がここにいる以上、攻める価値は十分にある。
しかし、問題はマグーシュ公爵領がある場所。
公爵領を通るには必ずマホーニー辺境伯を通らなければならない。
公爵様にお伝えすれば、お父様との協力体制の強化を図られるはず。
あれから数日経ち、公爵宛にこの国の陛下から書状が届いた。
書状にはアルオニ国よりマグーシュ公爵の公務の視察依頼があったため対応するようにと書かれていた。
私が公爵領の公務携わった事により公爵領の環境は著しく改善されていった。
視察という名目を当てはめるには都合が良かったはず。
私は書状に書かれていた名前に目を落とす。
『視察団代表 グレイブ・バーンズ』




