4 偽りの商人
「マーガレット、ラルク商会が我が領と取引したいと交渉しに来ることになっている。その交渉の場にお前も顔を出しなさい」
マホーニー辺境伯領に来て一月が過ぎようとしていた頃、この辺境伯領にて新しく商売を行いたいという商会が現れた。
ラルク商会・・・全く聞いた事がない商会であった。
王宮の裏方の殆どを行っていた私は全ての商会を把握していた。
そんな私が聞いたことがない商会など怪しいとしか思えない。
訪れたラルク商会の代表のラルクはまだ二十代と思われるほど若く、見事な赤髪で整った顔をしていた。
左目の目尻の下にある黒子が印象的であった。
商人だと自己紹介をする目の前の男。
彼はまだ気付いていないみたい。
私が彼等が商人ではないという事に気付いている事を。
「この度は謁見の許可を頂きまして感謝致します。私共は新しくマホーニー辺境伯と取引を結びたくお伺い致しました」
マホーニー辺境伯と取引。
ここまでラルクという男が話した言葉で唯一真実に聞こえた。
しかし、その他の言葉は全て嘘であるように感じられたため警戒心を解く事はなかった。
「この辺境伯領を取引相手として選んで頂き感謝致します。ですが、身分を偽る方とは取引する訳にはいきません」
私の発言にラルクという男は一瞬目を見開くも直ぐに笑みを浮かべた。
「参りました。どこでお気づきになりましたか?」
「一般の方としては作法などが整い過ぎておりました。元貴族の方という可能性もございましたが、そちらのお供の方があまりにも商家の護衛としては掛け離れ過ぎております。どう見ましても身分高き方の護衛としか思えませんでした」
ラルクという名の男は頭を搔きながら護衛の顔を見た。
「私の任務は殿下を護衛する事で演技をする事ではございません」
殿下と言ってしまった。
主が身分を隠しているにも関わらず護衛がばらすのは如何なものかと私は不安に思いラルクという名の男の様子を見るが、男は額に手を当て溜息をつくも護衛の者を咎める事はしなかった。
次に彼は私に対し深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。私の本当の名はラルカン・マグーシュと申します」
ラルカン・マグーシュという名を聞いて懐かしく思う。
彼はマグーシュ公爵の嫡男。
マグーシュ公爵は隣国の公爵で領地はマホーニー辺境伯領と国境を挟んで隣り合っていた。
そのため、マグーシュ家とマホーニー家は何度か交渉と言う交流を行っており、年齢も近い事もありラルカンとは幼き時から遊ぶ仲であった。
しかし私が学園に通う事で会う事がなくなったので最後に会ったのが10年以上も前であった。
久しぶりにあったラルカンは立派な大人へと成長していたが昔の面影はどことなく残っていた。
だが、ここで私は疑問に思った。
父、マホーニー辺境伯が現在のラルカンの顔を知らないはずがない。
お父様の方を向くと私の視線に気づいたお父様はあからさまに顔を背けた。
(お父様、諮ったわね)
「マホーニー辺境伯を責めないで欲しい。私の方から無理矢理お願いしてしまったのだ」
「す、すまないマーガレット」
「解りました。私も最後にお会いしたのが10年以上も前だとは言え気付く事が出来ず申し訳ございませんでした。父君であられますマグーシュ公爵閣下とは一月ほど前にお会い致しましたが、あの時はお見苦しい姿を見せてしまい申し訳ないと思っております」
「やはり気付いておりましたか。父はあのパーティーに参加し異様な姿で現れたマーガレット嬢に驚いたそうです」
私としては思い出したくない記憶。
知り合いであるマグーシュ公爵に見窄らしい女として蔑まれている姿を見られた事は婚約破棄された事よりも恥ずかしく感じていた。
「あの時、父上は疑問に思ったそうです。目には化粧でも誤魔化せないほどのクマが見られ、体は痩せこけておられた異様な姿はまるでドレスを無理矢理着せられた囚人のように思えたそうです。なぜ、王宮に囚人が、なぜ王太子の婚約者がこのような姿にと父上は昔の貴女の姿を知っているだけに、あの場で正義を翳している者達を疑わざる得なかったそうです。そして父上は私に命じました。マグーシュ辺境伯邸に向かいマーガレット令嬢にお会いして真実を見極めて来て欲しいと」
マグーシュ公爵は私の事が心配でご子息であるラルカンに様子を見に来させた。
妙な話。
同国の貴族は誰も不思議に思わないのに異国の貴族が異様に思うなんて。
「マーガレット嬢教えて欲しい。王宮で何があったのか」
私は五年間で行ってきた公務を話した。
最初はグレイブの公務を代わりに行うだけであった。
しかし、次第に文官達の公務が怠慢となり仕方がなく文官の代わりに公務を行った。
怠慢は悪化する一方で寝る時間、食事の時間を削るようになった。
王妃に現状を報告するが、王妃が私の事を嫌っている事は知っていた。
よって、訝し気に私の事を見た王妃は『ノロマだからそのような見窄らしい女となるのよ』と言って改善される事がなかった。
私の話を聞くに連れ隣にいる父の手は強く握られフルフルと震えていた。
ラルカンも私が置かれていた環境があまりにも酷過ぎた事を知り、驚愕と共に怒りを覚え険しい表情へと変化していった。
「信じられない、それが本当だったら王宮にいる者達は人とは思えん」
「ええ、ですが今はマホーニー領でゆっくりと休む事が出来ております。王宮での出来事は過去の事と忘れる事に致しました」
「・・・」
「どうされましたか?」
「油断しない方がよいかもしれません。貴女の話が真実ならば王宮に大きな綻びが生じてくるはず。そして彼らは思うでしょう。『マーガレットを呼び戻せ』と」
「そんな・・・」
「マーガレット嬢、私の婚約者として共にマグーシュ公爵家に来ませんか?」
「えっ!?」
「突然の申し出申し訳ない。ですが既に婚約した者を呼び戻す事は難しいでしょう。それが隣国となれば不可能に近い」
私はラルカンの申し出正直に言えば嬉しかった。
しかし、なかなか返事を返す事が出来なかった。
貴族として政略結婚は常識でありそれに関しては不満に思う事などなかった。
だが、ラルカンの申し出は政略というよりも同情のように見えてしまった。
彼だけには同情して欲しくなかった。
同情を理由に婚約という言葉を伝えて欲しくなった。
「それは、私に同情してですか?」
「ち、違います!わ、私は君が学園で首席でいると聞いた時、負ける訳にはいかないと己を鍛えてきました。確かに君の王宮での噂を聞いた時は心配で仕方がありませんでした。しかし、だから同情で婚約の話をした訳ではありません。私は王宮の様々な公務を行ってきた貴女とならば一緒に領地を支えてくれると思ったから婚約を申し込んだのです」
一緒に・・・。
彼の言葉に昔の夢が甦る。
彼の言葉は信じられるかもしれない。
だけど・・・
『婚約破棄』『見窄らしい女』と言うワードが私の決意を遮っていた。
「マーガレット、引き受けなさい」
「お、お父様・・・」
「お前が迷う気持ちも解る。しかしお前の置かれた状況を考えるとラルカン殿の申し出はありがたく受け取っておくべきだ。それにラルカン殿は決してアヤツとは違うと私が保証しよう」
「・・・解りました。ラルカン様宜しくお願いします」
マホーニー辺境伯令嬢マーガレットとマグーシュ公爵ご子息ラルカンは婚約を結ぶためマグーシュ領へ向かう事となった。
久しぶりに戻ったマホーニー領、久しぶりに会ったお父様やお母様と再び別れを伝えなくてはならない事に寂しさを感じお父様の方を見詰める。
「何、寂しがる事などない。隣国といっても一時の事だ。すぐ一緒になる」
この時は、お父様の言葉を理解する事は出来なかった。




