3 自由を得られた令嬢
カラカラカラカラカラ
「ここは?」
心地よい馬車のリズムと馬車の窓から差し込む日差しで目を覚ます。
いつ寝てしまったのか解らない。
外の景色が流れているので馬車は走り続けている。
だが、何故か流れる景色は懐かしく感じた。
5年間、王宮から出たことがない私が懐かしく思うなんて不思議に感じる。
視線を隣に向けマーサにここがどこなのか訪ねてみた。
「既にマホーニー領に入っております。辺境伯邸までもう少しでございます」
「嘘でしょ!?私、そんなに寝ていたの?」
王都から辺境伯領まで3日はかかる。
と言う事は私は3日間も寝ていた事になる。
マーサから話を聞くと静かに目を瞑る私の姿を見て何度も心配となり寝息を確認したという。
私はマーサに感謝の言葉を伝えると懐かしき景色を楽しむ事にした。
懐かしき空気の匂い、懐かしき町並み、懐かしき教会の鐘の音を嗜んでいると、馬車はマホーニー辺境伯邸に辿り着いた。
私の到着を知ると邸で働く従者が出迎えてくれた。
懐かしい人達に挨拶を交わす。
従者達の目には涙が見られた。
私の姿を久しぶりに見れ懐かしく泣いていたのではない。
戻って来た私の姿が以前の姿と全く違っていたためであった。
侍女達は『赦せません』『お痛わしい』と呟く。
邸の扉が開かれた。
邸ではお母様が待っていた。
「ただいま帰りました」
「よく帰って来ました」
お母様と抱き合う。
「さぁ、グレムにも挨拶をして来なさい」
「はい、お母様」
マーガレットはお父様であるマホーニー辺境伯に挨拶と報告をと、お父様が待つ執務室へと向かった。
執務室の扉を開ける。
辺境伯は私の姿を見るとペンを起き執務の手を止めた。
「ゆっくりしていきなさい」
お父様が私に掛けた言葉はこの一言だけであった。
しかし、私は気付いていた。
お父様が握りこぶしを震わせていたことを。
娘が『見窄らしい女』と社交界で囁かれ辺境伯として立場や肩身が狭かったはず。
だけど、お父様から届いた手紙は娘を問い詰めるものではなく、心配する内容ばかりであった。
そして目の前にいる娘の変化にお父様が怒りを感じてくれていた事が解っただけでも嬉しかった。
その事が解ったのでお父様から投げ掛けられた言葉はたった一言であったが、その一言に様々な気持ちが含まれている事が解り、涙と共にお父様に感謝の気持ちを伝えた。
自領に着いた私は自由を謳歌した。
しかし、5年間行ってきた事は既に癖になってしまったのか、マホーニー領の公務を手伝っていた。
決して無理をする事はない程度に。
無理をする必要もない。
この領地には自身の業務を怠ける者などいなかったから。
公務を手伝うが眠る時間を削る事はなかった。
食事の時間もゆっくりと会話を楽しみながら取ることができた。
一月ほど経つとやせ細っていた体には丁度良い筋肉が着くようになり、目のクマがなくなり髪の艶を取り戻す事が出来た。
今の彼女を見て『見窄らしい女』と言われていた令嬢と同一人物だと思う者はいないだろう。
私の優秀さは自領でも直ぐに示された。
領内からの陳情書に私が素案を作成しお父様に提案するとお父様は娘の案を採用した。
素案は上手く働き領内に活気が湧く。
皆が私を褒め称えていた。
書類には私の名が刻まれていたからだ。
王宮では一度も刻む事が出来なかった名であった。
この一月の間でマホーニー領はミルミルと豊かになっていった。
その要因がマーガレットがもたらせたものだとするならばマーガレットが立ち去った王宮はマホーニー領とは反比例する形となる。
~ 王宮 ~
パーティーでの騒ぎを聞きつけた陛下は息子を呼びつけた。
「お前、マーガレットに婚約破棄を申したというのは本当か?」
「はい。あのような見窄らしい女が将来の王妃などあり得ません」
「見窄らしい?」
国王は知らなかった。
今のマーガレットの姿を。
国王は疑問に思った。
マーガレット嬢が行っていたのは息子の公務だけだと思っていた。
しかし、息子から語られるマーガレット嬢の姿は異様過ぎた。
「陛下、マーガレット様の姿がございません。既に王宮を出たものかと思われます」
「出ていったか。あのような見窄らしい女などもっと早く追い出せば良かった」
「黙れ!!」
国王の一括にグレイブは萎縮する。
(どういう事だ。この馬鹿が婚約破棄を宣言したのはつい先程だ。なのに既に荷をまとめ出ていったというのか?おそらく荷物や馬車は予め準備していたと考えられる。となると、マーガレット嬢は馬鹿がやらかす事を知っていた事になる。知っていて王都から急ぐように出ていった)
国王は理解した。
マーガレットの意思を。
マーガレットが戻って来る事はないと。
愚かな息子の為にあてがった婚約者を愚かな息子は自身で手放す事となった。
愚かな息子は気付いていない。
自身の将来に安定が消え去った事を。
「お前が勝手に婚約破棄をしたのだ、マーガレット嬢が行っていた公務の全てはお前の公務だ。お前が責任を持って行え」
愚かな息子はここまで告げても理解出来ていない。
今まで一度も行った事もない公務を自信をもって返事を返した愚かな息子を冷たい視線で見届けた。。
愚かな息子は己の愚かさに気付きもせず国王がいる部屋から出ていった。
「どういう事だ?」
次に国王の問いは王妃に向けられていた。
王妃は定期的にマーガレットとお茶会を行い状況確認を行い王へと報告していた。
しかし、報告されていた内容と息子から伝えられたマーガレット嬢の姿が結び付かない。
疑問に思った国王は王妃を問い詰めた。
王の隣に座る王妃の顔色が悪くなり、汗がタラタラと流れ落ちる。
しかし、話す様子はなかった。
ならばと国王は問う相手を変えた。
「宰相、お主は知っておろう」
「わ、私が知る限りでは───」
国王は初めて知る事となる。
王宮内で蔓延る怠惰を。
マーガレット嬢が抱えていた尋常でもない公務を。
そして、それを見て見ぬふりをしていた隣に座る者を。
「どうしてだ?」
国王は再び王妃に問う。
王妃の手がフルフルと震えたかと思うと国王を睨み返した。
「どうして?当たり前で御座いましょう。未来の王妃となる者が辺境伯などの田舎者の娘など認められるはずがありません!」
国王は思い出した。
隣に座る者が身分だけを飾り知性も何もなかった事を。
国王は後悔した。
マーガレット嬢を愚かな息子の婚約者としてしまった事を。
報告を信じマーガレット嬢の事を確認しなかった事を。
「カイルが卒業したならば直ちにグレイブの公務をカイルに移す事にする」
これは事実上、王太子の交代を意味する指示であった。
国王は諦めなければならない。
隣に座るプライドだけの者を。
愚かな息子の事を。
そして、愚かなグレイブはマーガレットがいなくなった事で生じる歪みを翌日に知らしめられる事となった。
「なんだ、この書類の山は?こんなの出来る訳なかろう?」
グレイブの机の上には書類が山のように積まれていた。
グレイブは過去を思い出し今まで一度もこれ程の書類が溜まった事はなかった。
「グレイブ殿下のサインが必要ではない書類等はマーガレット嬢が代わりに行っていましたので今までは書類が少なかったのですが、此方が本来殿下が行うべき仕事の量です」
グレイブは積まれている書類を取り出し開いて見てみる。
書類に書かれている内容を理解する事すら出来なかった。
今までサインするだけであったグレイブが解るはずがなかった。
書類を一つ取り出すと書類の中身は市井からの陳情書であった。
「なんだ、この陳情書は?何の対策も練られていないではないか、このような状態で私のところに持ってくるな!」
グレイブのところに届けられた陳情書は市井の声と言う原石のままであった。
今までは素案という加工されていた事により宝石のように素晴らしい輝きのように庶民から讃えられてきた。
「申し訳ございません。ですが、陳情書の素案につきましては全てマーガレット様が行っておりましたので・・・」
ここで『マーガレット』の名が出てきた事で一瞬グレイブの眉がピクリと動く。
「だが、このような仕事はお前達が行う仕事ではないのか?」
グレイブは陳情書を文官に投げ返した。
グレイブが言っている事は強ち間違ってはいない。
しかし、陳情書には草案を練るべきもの、保留すべきもの、破棄すべきものの仕分けは王家の者が行わなければならない。
文官が伝えるがグレイブには解らなかった。
愚かなグレイブが理解出来る訳がなかった。
しかし、重要度の仕分けを文官達が行えば不正が生まれてしまう。
陛下は手を出すことがないためどうしてもグレイブが仕分けするしかなかった。
結局、行われた仕分けは『適当』という愚かな仕分けであった。
「なんだマーガレットの行っていた公務など誰でも出来るではないか」
この時、グレイブはまだ解っていない。
適当に行われた陳情書の仕分けがどのような結果となる事が想像力が欠如したグレイブには解るはずがなかった。




