第32話 結晶鉱山2
「こんな場所に他の生き物が来るなんて珍しい。ねぇ、あなたたちは誰?」
結晶生命体の少女はそう口にするとこちらをじっと見つめている。
敵意は感じられないが注意は必要だ。
「私は狐塚詠春という。まぁ旅人だ」
「狐塚くるみ。詠春の妻よ!」
「嘘はよくないと思うが」
「言ったもの勝ちよ!」
「変わってるのね、あなたたち」
少女はこちらを見ながらくすくすと笑いそう口にする。
笑い方を見ている限りでは普通の少女のようだが、いったいどういう経緯で結晶生命体になったのだろうか。
「私は【ソフィー・シルウェスト】と申します。かつてミストラル魔法帝国シルウェスト朝シルウェスト15世の第三皇女、だったものです」
結晶生命体の少女、ソフィーは自身のことをそう紹介した。
どうやら元帝国の皇女様だったらしい。
一体どこの世界の皇女だったのだろうか。
「すまない。私は旅をしているがミストラル魔法帝国というものを知らない。どこの世界にあったのかも私にはわからないんだ」
素直にそう告げると、ソフィーは悲しそうな顔をする。
「そう、ですか。ミストラル魔法帝国はやはりもうないのですね」
話しぶりからするとおそらくさっきまでいた世界に存在していた昔の国なのだろう。
雛菊が生殖能力を失った第二紀人類から第三紀人類を作り出した時の話をふと思い出した。
つまりソフィーは結晶人との接触により滅びることになった第二紀人類であると思われる。
「私が聞いた話では君たちの文明が滅んだあと、新しい人類が管理者によって生み出されたらしい。もちろん、君たちの因子を受け継いではいるはずだけどね」
「そうであるなら、少しは救いかもしれません……」
ソフィーはそう口にするものの、依然として表情は暗いままだった。
「ねぇ貴女。ここにはどのくらいいるの? 大雑把でいいわよ? 教えて」
「わかりません。ただ長い時間ここにいる気はします。ここには朝も昼も夜もありませんので」
「それは……辛いわね」
「でも、いつの間にか使えるようになっていた結晶を生み出す力からいろいろな道具を作り出すことができていたので苦痛は少なかったと思います。今いるこの城は私が住んでいた城の一部を再現したものですし、彫刻や絵画などは私が少しずつ作って増やしていきましたから」
ソフィーはそう語ると、手を軽く振る。
すると近くに様々な彫刻や絵画が出現したのだ。
「素敵な絵ね。もしかして得意だったの?」
くるみが問いかけると、ソフィーは嬉しそうな顔をする。
「道楽皇女などと呼ばれていました。それくらい彫刻をしたり絵画を描いたりすることが好きだったんです。魔道具なんかの作成も得意なんですよ? 魔法回路の設計もしていましたので」
「それはすごいね」
どうやらソフィーは芸術系や魔術関係の才能に恵まれていたらしい。
さすがは高度魔法文明の皇女様といったところだろう。
うーん、欲しい人材だなぁ。
勧誘できるだろうか。
「ありがとうございます。でも……ここにいる限りは使えるタイミングもないんです。私はここから出ることはできませんから」
どうやらソフィーはこの領域から外に出たことはないようだ。
結晶人は外部からの干渉がなければ基本的にその領域に縛られてしまう傾向にある。
なので勝手に他の世界に干渉して外に出てくるといったことがない。
「ねぇ、詠春。あっちはだめでも私たちの領域でならどうにかできるんじゃない?」
「結晶人を迎え入れたことはないけど、試す価値はあるかもしれないね。私の領域なら抑え込めるから」
せっかくくるみの提案もあることだし、勧誘を試みるつもりだ。
おそらく話がこじれることはないだろうと思う。
「ソフィー。もしよければだが、私と契約しないか?」
再び暗い表情をしていたソフィーにそう提案すると、こちらに顔を向け小首を傾げた。
「契約……?」
「そう。結晶人となって生まれ変わってしまったソフィーが外に出るためには色々と制約があるんだ」
「制約……」
ソフィーは言葉を繰り返す。
「貴方と契約をすれば外に出ることができるのですか?」
「できる。まぁ厳密に言うなら結晶人が他の通常世界に出てくると無視できない影響が出るんだけど、それを私が抑え込むという感じになるんだ」
「あの、そもそもの話なのですが、結晶人とはなんなんでしょう? 私は私のことがよくわからないんです……。今の私が外に出るとどんな影響があるのかも……」
「それもそうか。わかった、説明しよう」
結晶人についての説明の前に、ここに存在している空間結晶に付いての説明を行う。
端的に説明するなら、空間結晶とは空間の狭間に生成される奇妙な結晶体のこと。
いろんな生物や物質や現象の情報を記録して格納したりする結晶だったりする。
それを私達は採集し、別の形に加工して使用することができることを伝える。
「なるほど」
「それで結晶人というのは、その空間結晶の核に魂の情報を記録され生まれ変わった存在のことを指すんだ。いわゆる情報生命体というもので、核が壊れても存在は消えずまた別の核に情報を移して生まれ変わることができる。魂に刻まれていた情報こそが本体の生命体だね」
続いて抑え込まずに外に出てしまった場合の影響について端的に説明する。
すでにソフィーが経験したように、情報生命体は肉体を持たないがゆえに自身の存在情報をそのまま外に露出している状態になっている。
この情報は非常に莫大なもので、読み解こうとすれば脳が焼かれても不思議ではないほど。
結晶人を構成する空間結晶はその情報をほとんど隠さないし、なんならさらにひどいのは空間結晶自体にも莫大な情報質量があるので更に情報量が増える。
つまり、結晶人は自身の情報質量に加えて空間結晶の情報質量も併せ持つことになる。
これを通常の世界で放出した場合、自然の摂理が歪んだり感じただけで気が狂ったり、読み解こうとして脳から死に至ったりと様々な問題が起きてしまうというわけだ。
「神格を持った情報生命体なんかが何も考えずに通常空間に出てきたらさらにひどいよ。いわゆる神格災害というやつなんだけどね」
肉体を持たない神は地上に存在することはできない。
なぜならその存在情報で地上を狂わせてしまうからだ。
人はそれを神力などと言ったりするけどね。
「それで私達の世界は一度滅んだのですね」
「そういうこと。管理者が追い払ったものの被害は甚大だったそうだ」
「……」
話を聞いたソフィーはしばらく黙り込む。
頭の中でまとめているのだろう。
それからしばらくして、ソフィーは口を開いた。
「貴方が抑え込めるのなら、私は貴方と契約したいです」
それは決意の宿った言葉だった。
なら私にできることは1つだけだ。
「わかった。歓迎するよ。となれば新しい体が必要だろう。結晶体は改めて保管する必要があるな」
「ん。さくら姉に確認してみる」
「頼む」
こうして私は新しい仲間を迎え入れることにしたのだった。




