34. 『一つ屋根の下にて』
全く、なんてことになってしまったのだろう。
アルトは今、リーネルと宿泊屋の一部屋にいた。
手元に目をすると、チャリンと音を立てる鍵がある。カウンター席でおばちゃんから渡されたのはこの鍵が一つだけ。
つまり、借りれた部屋はこの一部屋だけだ。
「こいつめ………」
チラリとそこに目をやり、アルトは一人ぶつくさに文句をこぼす。その言葉の投げかけた先は未だに寝息をたてているリーネルであり、
「くっそ。何も知らずに寝台とりやがって」
今、リーネルは部屋のベッドに幸せそうな寝顔で睡眠している。余程、眠りが深いのか彼女を運んでいる最中も全く起きる気配がなかった。
とりあえず借りれた部屋のベッドにリーネルを放り投げておき、アルトは今、現状に呆れているという始末である。
「まあ、いいや、俺は適当に床にでも寝ればいい。……まあ、その前に風呂入らないとだな。さすがに丸2日歩いてたんだ。臭え」
村を出て、草道を歩き、汗水を垂らしながらこの宿泊屋に着いたのだ。さすがに体は洗わないとまずい。それに腹は満たされたとはいえ、疲れも癒したいところだ。それには湯に浸かるのが無難だろう。
「よし。……なら、まずこいつか」
アルトはジトリとした目つきで快い寝心地に浸っているリーネルへと目を向ける。
それから、彼女の体を揺すってやり、
「おい、起きろ。寝てんじゃねえ。」
「………んむみゅ」
「起きろっつってんだろ。風呂入れ馬鹿」
「…………んむんぅ」
「おら、目え覚ませ」
「…むぃぃぃ」
リーネルの肩を揺らして起こそうとするも目を覚ます気配が無い。
呆れたアルトは彼女の頬を引っ張りなんとか夢の世界から彼女を帰還させようとするが、いかんせん彼女は起きる気配が無かった。
のっぴきらない状態にアルトは「はあ」と煩わしそうに長いため息を吐き、
「おらっ!!起きろっつってんだろ!馬鹿!」
「うびゃあぁぁ⁈」
アルトの盛大な怒鳴り声、かつ思いっきり寝台への足蹴りにより、リーネルが勢いよく跳ね起きた。
それから彼女は目をシパシパさせながら虚なままで周りを見廻し、
「………んみゃ、アルト?……結婚?……お化け?」
「どんな夢だ…」
寝起き直後リーネルのポツリと言った言葉の羅列。夢の中で見ていたことなのだろうが、かけらも内容が理解できない。
いったい彼女の思考経路はいったいどうなっているのやら。
「…んあれぇ?アルトがいる?……あれ?てかここどこ?」
「おばちゃん達の店の部屋だ。今はこの一室を借りてんだよ。それよか、お前は風呂入ってこい。」
「おばちゃん?……んえ?あ、そういえばご飯は?」
「飯は終わってるわ、馬鹿野郎」
しょぼしょぼとした目つきでリーネルはそう言葉をぼやく。
どうやら、彼女は寝る前との記憶が混雑しているようであって、
「はあ……いいから、とっとと起きろ。部屋出て左の方に行けば風呂場あるらしいから」
「んみゅう、んと?…お風呂?んえ…と、うんー、分かったー」
眠そうに目を擦りながらリーネルは曖昧な返事。
次いで彼女は上着を脱いでベッドに放り投げては、それからなぜか下着に手をつけて、
「馬鹿っ!なんでここで脱いでんだ!脱衣所あっからそこで脱げや!」
「んんー?だって……私いつも…部屋で脱ぐし、別に…お風呂場で脱ぐのも、ここで脱ぐのも変わんな…………ん?」
と、ふいに、眠そうに目を細めさせていたリーネルの瞳が見開く。次いで彼女はその場にいるアルトにキョトンとした顔を向けながら、
「なんでアルトもこの部屋?」
「……ちっ」
目を丸くしながらそう言ったリーネルに対しアルトは横目でふてくされながら舌打ちを鳴らした。
しかし、リーネルは「え?」「え?」と動揺をあらわにしていて、
「えと?お部屋はこれだけって言った?二部屋じゃなくてこの部屋だけ?」
「……………」
「アルトと私は一緒の部屋で寝るの?」
「…………」
「えっ⁈アルト、まさか!」
「そのまさかじゃねえ!おめえが言ったんだわ!」
短く息を吸い込み、口元を手で押さえながらリーネルは驚きと嬉しさのある反応をする。が、それをアルトは断固として見当違いだと抗言。
けれどもリーネルは嬉しさによるにやけが止まらないようであり、
「嘘、こんなに私のこと思ってくれてたなんて。お姉さん嬉しい」
「うざいうるさいうざい。うざいからさっさと風呂行け」
「あ、そかお風呂か………。うん!お風呂入ってくるね!ちゃんと体洗ってくるから!」
ベッドの上でリーネルはくしゃりとした笑顔でそう言うと、ピョンと飛び降りて扉を開ける。
と、思ったらそこで彼女はくるりとアルトの方を向いて、
「ちゃんと体洗ってくるから…」
「早く行け」
赤面を浮かばせながら告げたリーネルの言葉の付け足しにアルトは不機嫌そうに素っ気無く応じる。
リーネルはそんな彼の様を見て「ふふん」と愉快な笑みを浮かべて上機嫌に風呂場へと向かった。
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「ああ~、熱っちいな。けど、生き返る~」
浴場、湯船につかったままアルトは上を仰ぎ大きく息を吐く。
湯の温度としては少し熱いくらいだろうか、少しだけ肌にぴりりとした感触が疲れた体に良い効能をもたらしていた。
「はあ~、部屋戻ったら入る前にノックしねえとだな、めんどくせぇ」
快適な温浴に浸りながらアルトはそう言葉を吐く。
リーネルが浮ついたまま風呂場へと行った後、アルトもこの浴場へと向かった。
店のおじさん、レットが言った通り今日は客がいなかったのも相まって風呂場は貸し切り状態だ。
男湯で一人、アルトは湯浴みを堪能しており、
「客がいねえ。ってのは、街が壊されたってのと関係あんだろうな」
湯に浸かりながらアルトは眉根を寄せてそう独りごちる。
カウンターの席でレットから聞いた話と、手渡された記事に載せられていたあの映し絵。
正直、聞いただけ、その街の一部分を目にしただけであるが、それでもその街が悲惨な現状であると重々把捉できた。
そんなことがあったせいで今は旅人などいないのだろう。街を一つ崩壊させるほどの者だ。旅をしている途中にそんな者と出くわしたとなったらひとたまりもないだろうから。
「肝心なのは、何がやったか分からないってとこか。」
街の住民が全員死亡したということ、それだけでことの深刻さが伺えてしまう。
しかし、何者がそんなことをやったのか、一体何のためにやったのか。今のところ真相は闇の中に包まれていて、
「大方、魔物だとは思うけど、けど奴らは人間を食うだろ?なんで死体が残ってたんだ?」
魔物の特性として人を食すのは世間に知れ渡った事実だ。
そのため、あんなにも街中に人の死体が残っていたのは不可解にしか思えない。
「それに、なんであんな綺麗に切断されてたんだ?魔物は武器とか使わねえだろ?」
映し絵を見てわかったことは人の腕や足が切断された状態で街中に転げ落ちていたということ。それだけで惨い様だが、しかし硬い爪や牙を持ち得る魔物達にとってあんなにも鋭利な切断面を残す殺し方は不可解としか思えない。
魔物にとって刃物など使うものでもないはずなのに、
「分かんねえなぁ。…………まあ、もう上がるか」
よくわからない事態に考えを巡らすが、けれどもある程度区切りをつけ、アルトは風呂からあがる。
「熱っつぅ、浸かりすぎたか…?」
立ち上がった瞬間、軽く頭がくらりとし、少し体がよろけた。しかし、どうやらすこぶるいい湯だったようであり、徒労感がなくなりさっぱりとした感覚が身体中に広がっていた。
「良い設備だ。店に文句はない。……だってのにおばちゃんも、おっちゃんも無駄な配慮がいらねえんだよなあ」
脱衣所で体を拭きながらアルトはこの店の夫婦に軽く文句を垂れる。これからあの部屋に行かねばならんのかと図らずも大きなため息が吐き出た。
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「おい、入るぞ。いるか?リーネル」
「あ?アルト?お風呂上がったの?ちょっと待ってて!」
「あん?」
浴室を出て寝室の部屋の前に立ったアルトは、部屋内にいる女性に入って良いかと確認がてらに扉をノックした。だが、何故か入室の許可は得ることが出来ず、扉の向こうから「待って」という声がかかり、
「なんだよ?俺は早く寝てえんだが」
「んんと、ちょっとね!ここをこうして、よし!」
「?」
「はい!いいよ!アルト、入ってきて!」
「……………。入るぞ」
部屋内でいったい彼女が何をしていたのか不安視するが、結局、寝所はこの部屋なのでガチャリと扉を開けて入室。
と、部屋の中にはベッドに横になったリーネルがいて、
「何やってんだ?お前」
「さあ、私を召し上がれ」
「馬鹿か?」
「それともこっちがいい?…さあ、こちらへおいで」
「馬鹿か?」
アルトが怪訝な目を向ける先、そこには服を少しだけはだけさせ、布団の片方にスペースを開けて寝ているリーネルがいた。
「こっちは準備できてます。さあ、このお布団の中に!この温もりの中に!一緒に!」
「馬鹿か?」
必死の形相で鼻息を鳴らすリーネルのその様に、アルトはもはや呆れて同じ言葉しか発せない。
それから彼は自分の顔を手で覆いながら重いため息を吐き、
「もういいから、お前はその布団使え。俺は床で寝るから」
「え⁈駄目だよ!ちゃんとお布団に入らないと!」
「いいから!お前はそれで寝ろ!」
「あびゅうっ!」
リーネルの物言いにアルトは布団を掴み上げ無理やり彼女を羽毛の中へと覆わせる。
「むうむうむう」
急にそんなことをされリーネルは驚く暇もなく布団の中で蠢いていた。
と、思いきや彼女は布団の中からひょっこりと顔だけ出して、
「駄目だよ、アルト風邪ひいちゃう。」
「いいっつってんだろ。布切れはまだ一枚あるからそれだけで俺は十分だ」
「いけません。ほら、こっちおいで?」
「うっせ、早く寝ろ」
「駄目だ、よ…アルト、お、布団…」
「あ?」
「ふみゅうぅ…………」
「………寝た」
ジト目でそこを見るとリーネルはスウスウと小さく寝息をたてていた。どうやら、疲れていたことと羽毛布団の快適さにやられ、睡魔に打ち勝てなかったようだ。
「どんだけ一瞬で寝てんだよ。…いや、まあ仕方ないっちゃ仕方ないんだろうが」
ほぼ2日ぶりの快適な寝台である。空腹の苦しみから解放され、長距離の徒歩での移動による疲れが癒された上での羽毛布団だ。そりゃ、気持ち良さに眠くもなるだろう。
「……俺も寝るか」
スウスウと完全に眠りこけているリーネルを見てアルトも自然とあくびが溢れた。
「これで十分だっつの」
一人薄暗い部屋でアルトは一枚の布切れを手にし、そう言葉をこぼす。それからくるりと布を覆いかぶさり寝台に背中を預けて、彼は夢の中へと入り浸った。




