33. 『お部屋のお話』
「え?」
横にいるレットから言われたことにアルトは思わず食事の手を止めて目を見開く。唐突にそんな事々しい発言を聞き、自然と眉を顰めてしまい、
「街が、全壊?」
「そうだね。知らなかったかい?そのせいもあって今日の街は人が少なかったね…」
「全壊って……。どういう意味だ?その街の住民とかは?」
「まんまの意味さ。全員死亡、らしい。その街の建物も全て無惨にも壊されていた。過度な発言じゃなく本当に全てみたいだ」
「な⁈」
声音を落としながらそう言うレットの言葉にアルトは驚きを隠せない。しかし、それも仕方ないというものであり、街の住民も民家も全てが崩壊したという実態など、無闇に「そうなのか」なんて信じきれなくて、
「僕も知ったのは今朝さ。今日、うちに来た朝刊にそう書かれてあったんだ。」
「それは、誤報ってのは?」
「いや、その可能性は薄いね。なんたってその朝刊は国が直々に発注したものだから。信憑性としては高いんだ。見るかい?」
「あ、あぁ」
アルトは騒然な様ながらもコクリと頷く。
それを見てレットは椅子から立ち上がり、近くに適当に置かれていた一つの束になった紙切れを持ってきて、アルトへ差し出した。
「ほら、これがその街の状態」
「………っ!これは」
手渡された紙切れに目を通し、思わずアルトは驚きを露わにする言葉をこぼした。その中身に写っているものに図らずも目を奪われてしまい、
「この部分、複製魔法かなんかの映し絵…なんだろうけど、もしかしてこれが街の現状か?」
「そうだね。魔法は僕よく分かんないけど。君の言う通り、それがそうさ」
アルトが指差した部分の物言いにレットは首を縦に振り肯定した。
一方、紙束に目を通すアルトはさらに目を歪めてしてしまい、
「これは、………酷過ぎる」
アルトが苦々しく感想をこぼしたのは文章だらけの紙切れの中、その一部分に貼られてあったその街の映し絵だ。
おそらく「全壊した」という街の一箇所なのだろうが、そこに映されている街の光景は見るからに無惨な有様だった。
民家は全て崩壊しており、美しかったであろう観光資源も軒並み破壊し尽くされている。綺麗な噴水も屈強な戦士の像も街中に生えていた美しさ際立つ木々も全てが悲惨な実物へと成り果てていた。
だが、そんな街の映し絵からさらに目を引くものがあって、
「これは、…人の腕?」
ガラクタだらけの街の中、映し絵の中にあった瓦礫だらけの光景の中にポツポツと何かそこにはあるべきではないものが落ちている。
じっと目を凝らして見てみるとそれはどうやらバラとなった人の腕、ひしゃげた人の足などが乱雑に転げているようで、
「言ったろう?全員死亡だって。その書かれている内容によると、街中に人の死体が転げていたんだと。四肢とか切り離されて殺されたり、心臓を刃物で突き刺されていたり。そんな死体ばっかみたいで」
「そんなん、…敵は?…誰がやったとか、分かってんのか?」
「それは、今調査しているんじゃないかな。少なくとも内容によれば今は分かんないらしい。目撃証言とか一切ないみたいだからね」
「無いのか?こんだけ街が破壊されてるってのに?」
「いや、多分全壊しているからこそなんだと思う。全員死亡、ってことはそこにいたもの、その街で目にしたもの全員が殺されたってことさ。全員死んでいるだから証言する人がいない。」
「……っ⁈そんな」
「だから、何が、どんな者が街をこんな状態にしたのか全く分かっていないのさ。けれども、街を一つ崩壊させるほどの者。みんなが恐れるのも無理はない」
「まじかよ…」
「お辞めっ!」
と、アルトとレットの会話に横槍を入れるようにゴトンと大きな音を立てて新たな皿が目の前に置かれた。
食材を運んできた本人を見ると、不機嫌そうに鼻を鳴らしているおばちゃんがそこに立ち、鋭く目を尖らしていて、
「今は食事中さ、だってのに物騒なことで話してんじゃないよ。ご飯が不味くなるじゃないか。」
腰に手を置き、口を尖らせながらおばちゃん、テーアはそう不平を投げる。
そんなおばちゃんの様を見てレットはほんの少しだけ目を見開いた。だが彼は、瞳を落としながらも詫びの言葉を紡ぎ、
「あ、あぁ、すまないテーア。こんな時に話す事じゃなかったね。」
「あんたもあんたさ。気が滅入るのもわかるけどそれをこんな若い子たちに話しても仕方ない事じゃないか。悲嘆に暮れても巻き込んじゃいけないよ」
「そうだね。そうなんだけど」
「レット。長年一緒にいるアタシとしてあんたの気持ちも分からないでもないさ。失って空っぽになった経験はアタシにもあるからね」
「ありがとう、テーア」
「……?」
レットとテーア二人の交わし合う言葉。それにアルトは一つの不可解な言葉に引っかかる。
それは今テーアがレットに対して言ったことで、
「失った?」
「ん?」
ポツリとアルトが言葉をこぼしたところにテーアが首を傾げながらこちらに目を向けた。
しかしおばちゃんは「ああ」と納得したように小さく言葉をこぼして、
「その街にね、レット…アタシの夫の友人がいたのさ。それで、今朝の朝刊のこれ。つまりは、そういうことさ」
悲嘆げに嘆息しながらテーアはアルトへとそう告げた。チラリと横を見ると、瞳を落としているレットの様子があり、
「そうか…」
アルトは悲壮げにただテーブルを見つめるレットを目にし、一言ポツリと言葉をこぼす。
つまるところ彼の友人がその崩壊した街にいたということは被害に巻き込まれたということ。この映し絵から分かる街の現状と、そして全員死亡という凶報だ。
レットが肩を落とすのも無理もないことであり、
「んん、しかし落ち込んでばっかじゃいられないのも確かだからね。アタシは悪い報せより良い話がしたいのさ。そういえば、あんた達名前はなんて言うんだい?」
と、手をパンパンと叩いて、その場の空気を入れ替えようとしたテーアがアルトへ目を向けてそう尋ねた。
唐突に名を聞かれ「んあ?」と、彼は目を丸くし、
「あぁ、んと、俺はアルトって名前。んで、こっちにいるのがリーネルって名前の、………なんでお前寝てんだよ」
「……ふみゃぁ」
自己紹介がてらに横にいるリーネルに目を向けると彼女はテーブルに頭を委ねながらスヤスヤと寝息を立てていた。
話に参加してこないと思ったらすでに夢の中にいたようだ。
「疲れていたみたいだからね。お腹膨れて寝ちゃってるんだね。」
「あぁっと……なんかすまんな、おっちゃん。おっちゃんにとっちゃ深刻なこと話してんのにこいつこんなとこで寝ちまって」
「ハハ、いいよいいよ。暗い話だったから、むしろ彼女の耳に入らなくて良かったかな」
「はあ……たくっ」
頭をガシガシ掻きながらアルトはスウスウと寝息を立てるリーネルを見てため息。
レットに気を遣わせてしまい、図らずもちょっとした罪悪感が芽生える。
「ほおほお」
と、アルトが嘆息している中、カウンターにいるテーアがずずいとにやけながら軽く顔を近づけ、
「そうかいアルトに、リーネルと。二人はどういう恋仲なんだい?」
「んあ?」
唐突におばちゃんからそう質問されたアルトは盛大に不満げに目を細め訝しげな表情を浮かべた。
彼にとってそれは大いにくだらない問いかけであって、
「いや、なんだよそれ、違えよ。なんでそこ確定してんだよ。普通に赤の他人だ」
「店前でくっついていちゃついてた者達が何を言ってんだい。」
「あれは違うっつっただろ。俺とこいつはただの旅人だ」
「どこまでやったんだい?さすがにチューはしてんだろ?」
「このおばちゃん、話聞かねえタイプか」
話の流れを察し、アルトは上を仰ぎため息。
めんどくさい手合いの相手であると彼の直感がそう告げていて、
「どこまで進んでんだい?」
「何がだよ。何もねえよ」
「いいじゃないか、教えておくれよ。話を盛り上がらせようじゃないか」
「別の話で盛り上がれ」
「夜、抱いたかい?」
「おい、それは飯時にするもんじゃねえ類の話だろ」
「はっはっは!一端の男がなあに言ってんんだい。こんな可愛い子前にして何もないわけないだろう」
「何もねえっつの。ただの旅人。それ以上なんてねえよ。」
「ア…ルトは………」
「あ?」
と、おばちゃんの言うことに異を唱えていると、不意に横のリーネルがか細く言葉をこぼした。
どうやらそれは彼女の寝言のようであり、
「私、と、……夫婦………、エヘ」
「……………」
「女の子の方は素直じゃないか」
「なんでこいつは寝言で答えてんだよ」
ジト目を向けながらリーネルを見ると、幸せそうに夢の中に浸っている様子が見える。
アルトは不満さを剥き出しにするが彼女は睡眠にご執心だ。
一方、おばちゃんはそんな彼女を見つめては、目元にシワの寄ったにまりとした笑みを浮かばせ、
「可愛いねえ、この子。リーネルって言ったかい?アルトとやら、今夜はこの子とゆっくり休みな」
「一応聞くけどおばちゃん、それはどういう意味だ?」
「部屋は一緒にしたげるから一晩添い寝したげなって意味に決まってるだろう?」
「余計なお世話だよ!俺とこいつの部屋は分けろ!」
唐突におばちゃんがとんでもないことを言い出したことにアルトは鼻息を吐きながらプンスカと抗弁する。
しかし、目の前のおばちゃんは「はあ」とため息を吐きながら目を細めて、
「あんたは素直じゃないねえ、せっかく初夜を迎えさせてやるって言ってんのに。……全く、うちはそんな店じゃないんだよ?けど、あんた達は許したげるって言ってるんだ」
「最悪な配慮だわ。ここは宿泊屋だろ?客の泊まる部屋なんていくらでもあんだろ?部屋二つくれ、金は払うから」
「一部屋は1000テール。二部屋は20000テールだね。それでも買うかい?」
「ぼったくりにも程があるだろ⁈客へのもてなしはそれでいいのかよ!」
「あんた達を一つ部屋の下で寝かせる。それがアタシのできる最大のもてなしさ」
「拉致垢ねえ!おい、おっちゃん!あんた店の主人だろ!この状況、どうにかしてくれ!」
おばちゃんの本当にいらない気遣いに癇癪を起こしたアルトは横にいるレットに助け舟を求める。
だが、おっちゃんはなぜか両方の手のひらを組みそれで顎を支えながら彼はただ前の一点を見据えていて、
「アルト君…」
「…あ?」
「大人の階段を登るのだ」
「決め顔でなんてこと言ってやがる!」
せっかく求めた助け舟もそれはすでに敵船のものだったようだ。
この夫婦二人は、全くもって考えることは一緒のよう。さすがだ、長年仕事を共にしてきただけのことはある。
「けど、そんなとこで息合うなよ。くそ」
「さあ、どうする。若者。1000テール?20000テール?どちらを払うんだい?」
「待て、俺はまだ抗議すっからな。おかし過ぎんだよその金額は」
テーアから言われたその金額だが、正直今アルトの手元には20000テールなんて持ち合わせていない。村でオーベウからもらったなけなしの金貨は3000テールちょいだ。つまり、このままだと二部屋分は確実に払えないのだが、
「20000テールってのがありえねえ。明らかに高すぎんだよ。通常の二部屋分の価格を言えよ」
「はっはっは!何を言ってるんだい。アタシは最初っから通常の金額を言っているさ!」
「くそ、隠しやがって」
「アルト君」
「…ん?」
「1000テール、払うだけでいいんだ」
「あんたは決め顔すりゃ何言ってもいいとか思ってんのか⁈」
横いるおっちゃんは未だ渋い面持ちでただ前を見つめていた。あんなに眉根にシワを寄せて、果たして疲れないのだろうか。
「うみゃ……」
「あ?」
と、アルトが夫婦二人に抗言している中、新たな声音が木霊する。
それは、再びリーネルが寝ながらこぼした言葉で、
「アルト、と………寝る…ぅ」
「決め手となる発言が出たね」
「……………」
「うむ」
リーネルの寝言が告げられ、その場にいる一同が各々反応をする。
おばちゃんはニヤリと笑みを浮かべながら言質をとったとほくそ笑み。
おっちゃんは相変わらずの決め顔からフッと微笑を浮かべ、コクリと頷く。
そして、アルトに至っては、
「こいつ、起きてんじゃねえだろうな」
剣呑で鋭い目つきで寝ているリーネルを睨みつけながら、そう言葉を吐き捨てる。
ついでに、ベチっと彼女の後頭部を叩いたが、どうやら余程深い眠りに落ちているらしくリーネルは変わらずスヤスヤと眠っているのであった。
テールはこの世界でのお金の単位です。
1テールが1円という感じです。




