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26. 『紅く照らす炎』

「ほんじゃ、ま、ご飯を食べて元気になりましょう!アルト、立てる?頭クラクラしない?」


 鉄拳制裁を食らった彼女。だったが、すでに痛がる様子などなく、もはやけろっとした様子でリーネルはアルトへそう告げた。


 そんな彼女の態度にさすがに気の変わり様が早すぎると、アルトはもはや呆れてため息をつく。

 だが、もう特には俎上に載せず、慮るように問いを投げたリーネルに、アルトは「平気だ」と彼女の言に返答し、


「所々に傷はあるけど、別に立てねえほどじゃねえよ。飯か、……いいのか?食わしてもらっても?」


 怪我の処置までしてもらい、さらには食事まで用意してくれるという手厚い応対。こんな他所から来た赤の他人にそこまで待遇させられるのはいささか気が引けてしまうのだが。


 けれども、アルトがそう気兼ねして言ったことに対し、リーネルは腰に手を当てて不本意だというように口を開き、


「何言ってるの?さすがにそれは謙虚すぎ。アルトがこの村にしてくれたことはなんだと思ってるの?救世主にご飯の見返りなんて求めるわけありません。」


「いや、怪我の処置とか長いこと寝させてくれただろ。それだけで十分なんだが。」


「いやダメです。遠慮なんてしないでください!遠慮したら怒るから!」


「何で怒るんだよ…」


「全くもう、村のみんなも言ってたんだよ?アルトに感謝したいって。」


「…村のみんなが?」


「そう!だから、食べてって!おもてなしはご飯くらいしか無いんだけど、それでもいっぱいあるから!」


「…………まあ、そういうことなら食うけど。」


「うん!よし!了承!じゃあ、ちょっと待っててね!みんなにアルトが目え覚めたって伝えてくるから。ご飯の用意できたらまた呼びにくるよ!」


 リーネルはそこまで言うと立ち上がり、「すぐ来るから!」と笑顔でアルトに手を振って、部屋から駆け足で出て行った。

 

「………」


 明朗快活な女性がいなくなり、部屋に静寂が生まれる。この静けさから、いかに彼女が天真爛漫な性格だとより一層印象づけられた。


 部屋に一人になり、アルトは布団で黙す。考え込むことは彼女が出る前に告げた言葉だった。

『アルトがこの村にしてくれたことはなんだと思ってるの?』

『村のみんなも言ってたんだよ?アルトに感謝したいって』


 ………。


 自分はそこまでのことをしたのだろうか。

 牛悪鬼を倒し、村の脅威を退けた。たしかにそれは自覚している。それは事実であるし、彼女もそのことを豪語していた。


 しかし、その程度のことは前の世界ではいくらでもやっていた。騎士団に所属し、数多くの魔物を討伐していたアルトだ。


 この程度のことなど造作もない。たかが牛悪鬼三頭との対峙であるし、むしろ不甲斐ないくらいである。たかだか、牛悪鬼ごときにあんなにも苦戦するなんて前の世界では考えられなかった。

 魔法を使えなくなってしまっているからと言えば仕方ないのかもしれないが、そんなこと言ってられないのが戦場ではないか。

 

「……くそ。代償かよ」


 正直、時を飛んだことの代償により魔力を失ってしまったことのデメリットは大きい。

 足や腕を失わなかったことには、そりゃ最初に安堵はした。だが、よくよく考えると、前の世界で戦う際に魔力を駆使していたアルトだ。その彼にとってこの損失は大きすぎる。

 これからは戦時は魔法無しだ。炎も水も風も土も光も闇も生み出せない。

 戻される前の世界で魔法適性力がすこぶる高かったアルトはその基本的な魔素の6属性を自在に操り、様々な魔法の術式を生み出し敵を葬り去っていた。

 だが、


「それが、一切使えないってか。容赦がなさすぎる。」


 世界を戻った代償として失ったものは彼の取り柄であった魔力。

 つまり、今確実に言えることはアルトの戦力は大幅に減退したということだ。


 文句を垂れるのも仕方ない。これは非常に重要視しなければならない事態なのだ。


「本気できついな、おい」


「おーい。アルト、ただいま!こっち来て!みんな待ってるよ!」


 すると、今の自身の実状にアルトが一人黙考していた最中、ガラリと部屋の戸が開いた。

 声をした方に目を向けると、笑みを浮かべせたリーネルが手を振り上げている。

 と、思ったら突然彼女はむすっとした顔を浮かべて、


「んんー、また、アルトなんか悩み顔になってる。ダメだよ、一人で抱え込んじゃ。眉をひそめないで、笑え笑え!」


 部屋に戻ると同時にリーネルは不機嫌そうにそう告げる。どうやら今のアルトの面持ちがお気に召さなかったようで、


「笑えって……、今もお前は俺に不満顔してただろ」


「アルトが目を落として悩んでたからでしょ!そうしてなかったら私もこんな表情になりませんでしたー。」


「そうかよ。分かった分かった」


「そそ、今は悩むのは後!ご飯が先!行こっ!早く。村のみんなアルトのこと待ってるから!」


「みんなって、……まさか、村の人達が?全員?」


「そうだよ。アルトが起きたって言ったらみんな張り切ってお料理お料理!村が救われたことと、アルトへの感謝も込めて、今夜は壮大なご飯パーティーだ!」


「……そんな大仰な」


 声を大にして告げた彼女の言葉にアルトは目を歪めながら微笑する。

 しかし、そんな彼の態度に取り合わずリーネルはタタっと部屋の中へ小走りし、「いいから」と笑顔で言葉をこぼしてアルトの手を握った。

 

「……こっちは怪我人だぞ。もっと丁重に扱いやがれ」


「怪我してるんならみんなでご飯食べて治しましょう!いざ、食卓の地へ!」


 アルトを布団から引っ張り上げ、リーネルはそのまま彼と共に部屋を出る。

 玄関を開け、外へ出た。同時に、周りに目を向けると、どうやら傾いていた陽の光はだいぶ沈み、影が増してくる時刻だと分かった。


「……うお」


 しかし、夜になる時間帯だというのに思いの外、屋外の風景は明るかった。

 なぜなら、村の中でも特に開けた場所。そこで炎が凄まじく燃え上がっており、村の風景を紅く照らしていたために。


 一瞬アルトは、その燃えゆる様を見て図らずもたじろいでしまう。

 けれども、すぐにそれが全く危険なものではないことはすぐに分かった。


「…………」


 その業々と燃える火を囲み、村人たちがワイワイと盛り上がっている様が見てとれたために。


「……炎」


 それを目にし、思わずアルトはそう言をこぼす。併せて目を見開き少しばかり驚嘆した。

 と、それを見かねたリーネルが横から言葉を言い添えて、


「あの炎は私が魔法でつけたんだ。牛悪鬼たちのせいで壊された家の残骸とかをあそこに燃やしてるの。この日のことを忘れないためにね」


「あぁ、……そうなのか。魔物の恐怖を忘れないようにってことか」


「ううん。それもあるけど、そうじゃない」


「………?」


 アルトが推し当てて言ったことに、リーネルは微笑みながら小さく首を横に振った。

 それから握る手に少し力を入れながら彼女はアルトに対面して、


「あの炎はアルトが村を助けたっていう証。あれだけ勢いよく燃やしてるのは、今日のことを忘れないため。アルトっていう勇気を持った人がこの村を救ってくれたってことを忘れないため。」


 思いをしっかりと伝えるようにリーネルは彼に向き合い、そう告げた。心にある思いの丈をしっかりと分かってもらうために。


「………そう、か」


 彼女の真っ直ぐな瞳で見つめられたアルト。それに彼は短く応じ、それから前を見据えて燃え上がる炎に目を向けた。

 猛炎が空高く燃え盛っており、真紅と琥珀の色彩が存在感を解き放っている。

 力強く、天を衝くかのように紅蓮の猛火が燃え立つ。


「………」


「綺麗だよね」


 炎の燃え様に目を奪われていたアルト。

 それを見かねたリーネルが微笑みながらそう呟いた。

 不意に彼女を見ると、その艶やかな瞳には燃え盛る炎が映し出されていて、


「私ね。炎が好きなんだ。炎って危ないものかもしれないけど、暖かいし、ずっとずっと炎を燃やしててさ、なんか生き長らえようとしてるって感じがあるんだよね。だから私は炎魔法の適性があるって知ったときは嬉しかったし、炎を自分で生み出せることに誇りを持ってる。あはは、それって、変かな?」


 燃えゆる炎を見つめながら、唐突に彼女はそう言葉を囁いた。それは心で沈思していたことをポツリとこぼしたような小さな声音だ。

 それがアルトには彼女の心根だということは十分に分かった。


「…別に変じゃねえよ。いいんじゃねえの。」


「えへへ、ありがと。アルトならそう言ってくれると思ってた。」


「…そうかよ」


「うん。……んじゃ、行こっか」


「はいはい」


 ニコリと軽く微笑を浮かべリーネルは彼の手を引っ張る。それに引き寄せられるままにアルトも小さく微笑みを浮かべて、優雅に美しく燃える炎の元へと付いて行った。














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