25. 『これからのこと』
「なんでさっきあんな事を聞いたってのは、今俺が倒そうとしている敵がいて、それがとんでもなく馬鹿強い相手だからだ」
リーネルを前にしてアルトは真剣な表情でそう告げた。
時を戻ったことや、女神に会ったことはさすがに言えない。多分、混乱させるだけであるし、アルト自身にも分かってないことだってある。
けれども、話す、と彼女に伝えたので言えることはできるだけ言いたい。彼女は多分受け止めてくれるから。
「そうなの?それがアルトの目的?それで強い私に助言を求めたと?」
「第三者の考えが聞きたかったから、さっきは質問しただけだ。俺はそいつを倒すために今ここにいる」
「あぁー、そういうあれね。………そんなに強いの?その敵って」
「……あぁ、強い」
リーネルが眉をひそめながら問いかけた言葉に対し、アルトは噛みしめるように小さな声音でそう返した。
強いなんてたった一言の言葉では表すべきではないくらいに、魔帝は異次元の存在だ。
正直、一度対峙した今だって、奴の底なんて全く分かってない。こちらは全力で持ち得る能力の全てを駆使したというのに、魔帝にはまだまだ余裕があるようだった。兎にも角にも段違いの強さだ。
唇を噛むように自身の目的についてそう言ったアルト。
そこにリーネルが首を傾げながら問いかけて、
「ちなみに、その敵ってのは、何者なの?アルトがそんなに反目する相手だから、まあ、悪い奴なんだろうけど。」
「そいつは……。端的に言うなら、そいつは魔物の部類に入る奴だ。一概には言えないが」
魔帝なんて言われているのだから、奴は魔物なのだろう。
しかし、実際に対峙したアルトにはあの強大な敵が魔物なんかで括られるものではないと感じさせられた。強さも段違いだが、奴は存在からして何か異次元なものだと思わされるほどで。
「……」
「…?」
と、アルトが説明した矢先、前に居座るリーネルの周りの空気が変わった。
急な変化に彼女を見やると、唐突に目を鋭くし、眉に皺を寄せて前を静観している様子。ただ一点を彼女は鋭利な瞳で直視し、口を固く閉じていて、
「…魔物」
「リーネル?」
沈黙していた最中、彼女は小さくそう言葉をこぼす。その声音に先ほどまでの明るく柔らかな感じはない。
彼女はとても冷たく、とても低い声音で一言そう呟き、鋭く瞳を睨ませており、
「………」
「なあ、リーネル。……あ、いや、……聞かれたくないことだったら、悪いけど。お前は魔物と何かあんのか?」
彼女が睨みつけるように目を鋭くしているのを見て、アルトはそう問いを投げる。
そう質問した意味。それは、今のリーネルの様子には見覚えがあったためだ。
炎の戦地で牛悪鬼と戦っている時、彼女が敵対している黒い怪物に向かって睨めつけていた瞳、その時の目つきと今の彼女の目つきが一緒だということ。
リーネルはあの炎の中での闘いの際、異常なまでにあの悪辣な黒い怪物に人並みならぬ恨みの念を抱えていたことは共に戦っていたアルトには分かった。
牛悪鬼に対する彼女の殺意は横にいたアルトでさえも身震いを覚えたくらいだったほど。戦っている最中、思わず彼女のその様を瞠目してしまったため、今でもそれは印象深い。
あの時は、おそらく彼女は魔物に対して何かしらの因縁などがあるのかと、ただそう思為したが。
「…ん?あ、ううん。ごめんね、いきなり黙っちゃって。ちょっと魔物とは……昔にいざこざがあっただけ。ま、それだけだから、気にはしないで」
「…そうか。」
アルトの怪訝そうに問いかけたことに、笑みを見せながら、なんともないと軽く手を振るリーネル。
その仕草を見たアルトには、今彼女が浮かばせている笑顔が取り繕っているものであると、なんとなく分かった。
やはり彼女には過去に何かしらあったのだろうと、そう察せれる様子で。
「……えへへ。ごめんね。ちょっと話の筋逸らしちゃって。」
「なんで、今度はお前が謝ってんだ。別に言及しねえよ。人に話せないことの一つや二つあるっつったのはお前だろ。」
「うん。ありがと。気遣ってくれて。」
「俺だってお前に気遣われてんだ。お互い様だろ」
「アルトは優しいね。好きだよ。」
「最後の言葉は余計だ」
素の笑顔でさりげなく好意の言を伝えた彼女。それをアルトはバッサリと捨てるように、横に目線を飛ばしそう言葉を返す。
けれどもそんなのには一切動じず、リーネルは彼に笑いかけ、
「はいはい、ごめんなさい。んじゃ、話戻そっか。えと、アルトの倒す強い敵が魔物だと。…魔物。うん、すぐに撲滅しよう」
「一瞬で結論に達しすぎだ。どんだけ嫌ってんだ」
「嫌いなものは嫌いって言い切り、好きなものは好きって言い切る!これ私のポリシー!」
「そうかよ」
いっそ清々しいくらいの嫌悪感の持ち様だ。魔物を前にした彼女の敵意はそれは凄まじいものだったが、あまりに凄絶すぎて人としての一線を超えないか心配になる。
いや、それは心配しすぎか。さすがに大丈夫だろう。おそらく、多分。
「まあ、いいか。今考えることじゃねえ。」
などと、懸念することにアルトは適当に見切りをつける。
と、そこでリーネルが口を開いて、
「うーんと、じゃあその魔物を倒すことがアルトの目的と。で、その魔物はとてつもない強さだと」
「ん?あぁ、そうだ。悩みの種だな。それは」
「じゃあさ、じゃあさ。私がもしそのアルトの言ってる敵と戦ってみたらどうなる?」
「瞬殺される」
「おおう。即答」
身を乗り出して聞いた割に食い気味にそう返答され、リーネルは少したじろぐ。
思っていた返答と違ったと言わんばかりの様子で彼女は目を歪めて肩を落とした。
しかし、仕方ない。これは決して彼女を軽んじているわけではなく、端に魔帝の強さが雲の遥か上なため故の返答だ。確かにリーネルは強いが、到底、彼女が太刀打ちできるものではない。
それほど、魔帝は強すぎて、異様に異常に異次元な存在すぎるだけなのだ。
「…むむう」
しかし、アルトの即答に彼女は少し釈然としないように眉をひそませていて、
「えぇ、私まあまあ強いと思うけど。瞬殺なんてさすがに…」
「瞬殺だ。一方的だ」
「あ、じゃあさ。この村のみんなで特攻したら?」
「瞬殺される」
「私と、みんなと、他の集落の人たちと一致団結して立ち向かっても?」
「瞬殺」
「アルトが立ち向かったら?」
「…それは、まあ、ちょっとは抗って…」
「瞬殺されるんだね?」
「即答してんじゃねーよ」
あながち間違いではないのでこれ以上追及しないが、くそ、ちょっとむかつく。
とりあえず彼女の言葉にジトリとした目で不満さを醸し出しておき、顔をしかめる。
それからアルトは軽くため息を吐き、「とりあえず強いやつなんだ」と言葉を加えてから、今言った事柄をだいたい整理して彼女に紡ぎ、
「とにかく、そいつを倒すことが俺の目的。で、俺はこれから故郷に帰る。イルエス王国に帰ってそこにいる騎士団の連中と会う、それが今俺が考えていることだ」
過去に飛ばされたとは言え、それは数年くらいだろう。それならば故郷に帰ったとしても見知った顔は何人もいるだろうし、そこである程度準備を整えたいというのも本音。
「まあ、こんなとこか。俺の目的とこれからどうするかってのは。」
「そう、……そうか。そっか、そっか。うん、分かったよ。話してくれてありがとね。うーんと、じゃあ、アルトは今からそのイルエス王国に帰るの?」
「そういうこと。怪我の処置とか世話んなったな」
「いえいえ。元気になって何よりです。それじゃ、私もイルエス王国に行く準備しなきゃ」
「…………。………なぜ?」
「ん?何が?」
ある程度話を終えひと段落し、この村から別れを告げる意思を示したアルト。
だったが、今リーネルが応じた言葉の中に反応せざるを得ない発言があって、
「なんで、お前が俺の故郷に行く準備するんだよ」
「え?今の話の流れだと私もアルトの行く場所向かう場所に同行する流れじゃないの?」
「いや、知らん。どっからそうなった。」
「どっからって言うと、アルトが私の胸触った時から?」
「………ほっくり返してんじゃねえ。てか、は?最初の最初じゃねえか、どういうことなんだよ」
「最初からだね。そもそも私はアルトのこと好きって言ったでしょ?それなのになんで私がアルトと離れるの?」
「どうして今、俺が不可解に思われてんだ?」
おかしくなった話の流れに異を唱えたい。なぜ、今リーネルはキョトンとした面持ちで首を傾げているのだろう。
不可解に思いたいのはアルトの方なのだが。
「え?嫌だよ?私、アルトと離れるなんて。一緒にいたいけど?結婚するんじゃないの?」
「いつからそんなに話が飛躍しやがった。つーか、俺の話聞いてたか?俺は故郷に帰るっつってんだ。お前がついてくる理由ねえだろ。」
「付いて行くのは私がアルトを好きだから。理由はこれ!以上!」
「理由になってねえ。だいたいお前が俺の国に来て何になるんだよ。俺にメリットねえから断る。」
「メリット、…メリットか。メリットは、えと、…私と一緒にいれること?これだ!」
「それは俺に何の得もない。だいたい、帰ったら騎士団に戻ってすぐ戦闘の用意すんだよ。お前が割り込む隙はねえ」
「あら?じゃあ、私その騎士団に入る!」
「あ?何言ってんだ?それでどうなるんだよ。どうにもならねえよ」
「騎士団に私が入ったら百人力だよ!私強いもん!良いこと尽くし!」
「お前程度が入ったところで、お前の力じゃ霞むだけだ。なめんなよ、国を代表する騎士団を。お前なんて師匠の足元にも及ばねえ。」
「うえぇ。そうなの?アルトのお師匠さんてそんなに強い人?」
「あたりめえだろ。師匠は国の中で一番強い人だ。誰もが認めてる最高の騎士なんだよ。」
「ふえぇ、すごいんだね。最高の騎士かぁ。本当に?盛ってない?」
「盛ってねえわ、馬鹿野郎。お前なんて師匠と対峙しても10秒も持たねえよ。師匠だけじゃねえぞ。他のみんなも全員が全員実力を持ってる人ばっかだ。」
「ほお。なんか強そうな感じ。アルトが言うその騎士団って」
「強そうじゃなくて、強いんだよ。あの騎士団に所属している人たちはは戦果を上げて功績を持ってる強者しかいねえ。」
「…………」
「あの人たちは俺が尊敬して、誇りを持てる戦友だ。」
「…………」
アルトは自分の所属している騎士団についてそう高らかに語った。
そんな彼の語る様をリーネルは笑顔を浮かばせながら黙って聞いている。アルトの言うことに耳を向けて、ニコリと頬を緩めていて、
「なんだよ……」
「いえいえ」
黙している彼女を不審に思い、アルトは喋るのをやめジト目を彼女に向ける。
それに軽く応じるリーネルは「うん」とうなづき、優しい眼差しでアルトを見つめ、
「嬉しそうに語るね、アルトはその騎士団のみんなが大好きなんだね」
「な⁈」
リーネルから意想外な発言をされ、アルトは思わず目を丸くした。いつのまにか自慢げに話していたことを彼女の指摘で気づかされた。
相変わらずリーネルは突発的なことを告げてくる。
「………」
しかし、特に彼女のその言葉には否定の意思を示す気はなかった。アルトが今彼女に語ったことは全てアルトの本音であるため。
「……別に、好きとかじゃねえよ。でも、大事な人たちだ。世話になった人たちばっかだ」
一つ一つの言葉を刻むようにアルトはリーネルへとそう告げる。
生まれた時から騎士団の者たちには多くのことを学ばせもらった。アルトは国王の息子であるというのに彼らは分け隔てなく接してくれたことは感謝しかない。衣食住を共に過ごし、戦地を騎士団のみんなと乗り越えた。
「そう、」
噛みしめるように言ったアルトの言葉に、リーネルはニコリと柔らかい笑顔を浮かばせる。
「そっか、アルトにとって大事な人たちなんだね」
「あぁ、そうだな。違いねえよ」
「会うのが楽しみだなー」
「……。……なんでまだ、付いて来る気なんだ?」
「ダメ?」
「ダメだ。お前はいらん」
「おぐふうっ!」
少しも甘さを見せず、キッパリとはっきりと断りをいれるアルトの発言に、リーネルの心がダメージを負う。
しかし、彼女は「負けない、屈しない」などと自身を鼓舞し、なんとか好きな異性からの断絶の言葉に耐える。
それから、彼女は強い眼差しを浮かばせながら「よし!分かった!こうしよう!」と、ぴっと1本指を立ててはアルトへと眼線を向けて、
「分かりました。アルトに同行するかどうかは考えときます。アルトもそこら辺は考えといてください。お互い考慮しとくってことで!」
「いや、考えるもなにも却下なんだが」
「考えといてください!」
「…………」
無理矢理、勢いだけで説得させる彼女の言。それにアルトは呆れてしまいもう何も言うまい、とただ嘆息する。
正直、まだ言い返せたが、彼女の性格からこれ以上抗弁しても拉致が開かなくなると思ったので、特に追及はせず。
なんて、言い合い話し合いの時を過ごしていると、唐突にアルトの腹から要望を発する音が鳴り、
「………」
「あ、アルト。お腹減ったの?」
半身だけを起こしているアルト。その腹部からかすかに、クゥーっと情けない音がした。
体内が空腹の信号を発し、アルトはチラリと視線を移し外の景色を見つめた。
どうやらだいぶ日が傾いており、今は夕方あたりだと外の景色から察せられて、
「そういや、俺はどんくらい寝込んでたんだ?」
「んあ?んーっと、まあ戦いが終わって半日くらい?」
「そんなに寝てたのかよ」
半日、つまり一日の半分を睡眠に費やした。戦闘時が真っ暗な夜の時間帯だったため相当時間が経っているということだ。さらにいうと寝る前なんて牛悪鬼との死闘を繰り広げていたわけである。そりゃ、腹も減る。
思えば、物凄く空腹感があり、一度腹が鳴ると続け様にグウグウと腹部から音が鳴り止まない。体が食べ物を求めているのがわかる。
一方、アルトのお腹の音に気づいたリーネルが、にまりと笑みを浮かべて、
「全く、可愛い音いっぱい鳴らして。はいはい分かりました。お腹すいたんでちゅねー」
「おい、なんだその言い草は」
「世話のかかる子ですこと。待ってくださいね。すぐにご飯用意してあげまちゅからー、よちよちよち」
「次、その口調したら、殺す」
「こらっ!ダメですよ!殺すなんて言葉使ったら!ちゃんとした言葉遣いはお姉ちゃんがちゃんと教えてあげまちゅからあ」
「死ねぇっ!」
「あがぁいっ!あうぁっ⁈」
頭を撫でた彼女の腕を慈悲もなく思いっきり叩きつけ、彼女の前頭部を容赦なく握り拳で制裁を加える。その勢いは、もう叩き割ってやるくらいに。
「痛ったい⁈え⁈一番痛い!今の一番痛い」
「お前のウゼー言葉でもさっきのは最高にイラついたからな。その腹いせだ。クソカス馬鹿女」
「罵言に磨きがかかってらっしゃる⁈目が怖い!」
冷たく敵を見る目でアルトは冷酷なまでにリーネルを見下す。それはもう怒りを体現させるように、怒髪天を貫くほど。
正直、左眼の力を駆使するまであった。今は眼に全く熱さというものは無いが。熱く煮えたぎる感覚がしてたら彼女を左眼で睨みつけていた、ガチな方で。
「俺の機嫌を損ねないよう発言に気をつけるんだな。次は今以上に強く殴るからな」
「今以上⁈頭割れちゃう!」
「さっきのも叩き割るつもりでやったんだが、くそ力及ばずか。自分の非力さが情けない」
「冗談でも恐ろしすぎるよ⁈」
自分の頭部を手で押さえながら、リーネルは涙目を浮かべていた。
しかし、そんな女性の涙に一切同情の念など持たず、アルトは依然として彼女を鋭利な眼差しで刺すように睨み付ける。
「お姉さんはお姉さんするの失敗…」
一人、「うぅ」と潤目を浮かばせながらリーネルはポツリとそう呟いたのであった。




