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27. 『感謝を知って』

「みーんなあー、連れてきたよー!救世主のお出ましだー!」


「声でか。そんな言わんくても伝わるだろ」


「いやいや、主人公の当場だよ!盛り上げていかなきゃ!」


 タタっと村人たちがいるところへ二人は駆けよって、リーネルが大きく陽気な声で村人たちへとそう告げた。

 途端、それに気づいた者たちがみるみるこちらを見つめてきて、


「おおー!待ってました!アルトさん!こっち来て飯食ってくれえ!」


 最初に反応してこちらに話しかけたのはそれなりに顎に髭ををはやし、笑えば笑うほどシワが寄っているおっさんだった。

 だいぶ上機嫌に接してきた彼にアルトは見覚えがあり、


「あんたは、洞窟で見張りをしてた人か?」


「そうやい!覚えててくれたか!俺はタックっていうもんだ。この村の木こりのおっさんと思ってくれい!」


「タックさん、お酒飲んだ?ちょっと匂う…」


「なんやい!なんやい!リーネル!これが飲まずにいられっか!なんてったって、村のみんな死人無し、というか牛悪鬼に襲われたってのに全員無傷で生き長らえてんだ!奇跡だ!これほどめでたい日はねえ!」


 タック、と名乗った中年男性は少し頬を赤らめており、見る限り意気揚々とした様子だ。それにリーネルは自身の鼻をつまみ、手で周りの空気を払い除ける仕草で「うえぇ」と顔を歪める。


 おそらく手に持っているのは酒瓶だろう。彼から酒特有の匂いが充満していることから相当飲んだ事がわかる。事実、手にする瓶の中身は空っぽだ。


「タックさん、年なんだから。飲み過ぎは良くないと思うけど。」


「今日だけやい!今日だけ!今日は飲まなきゃなんねえ日なんだよ!他の男連中もぐびぐびいってんぜえ!」


「うわあ、おじさんたち。みんな顔赤い。たしかに祝い酒って言えば聞こえはいいけどさあ」


「あぁ、そうさ、そうだ、そんなんやい!今日は祝ってなんぼの日!それもこれも全部アルトさん!いや、もうさん付けはいいや!アルトの兄ちゃん!あんたのおかげだ!感謝しても仕切れねえ。こっち来て食ってくれや!ここにある食いもんは全部あんたにあげてえ。」


 口腔から酒臭い息を吐きながら、タックはドーンと有り余る食材に手をかざす。肉、魚、野菜、穀物など様々なものがそこにあるが、それは膨大な量であり、


「いや、食えるか。一人で食う量じゃねえだろ明らかに」


「うわっはっはー!それもそうだ!あんた口も上手いんだなー!」


「臭え」


 手にする酒を飲みながら、タックは盛大に笑い上戸。どうやら、凄まじくツボが浅くなっている。顔が赤い、臭い。


「あの、アルトさん」


「ん?」


 と、大笑いをかます酒豪に呆れていると急に後ろから声をかけられた。振り返るとそこには一人の女性と一人の小さな女の子が佇んでおり、


「あんたは、セシル、さんと、……ミナ、無事だったか」


「はい、アルトさんのおかげで私も娘もこの通り無事です。ほら、ミナも、ちゃんと言うこと言いなさい。ね?」


「うん、……お兄ちゃん、無事で良かった。」


「…おう」


 二人から感謝の言葉を述べられアルトは笑みを浮かべてそれに応じる。

 洞窟で別れて以来の再会だ。兎にも角にも息災で何より。


「んー?アルト二人と顔合わせてたの?」


 と、そこでリーネルがそう言って首を傾げた。

どうやら彼女はアルトとこの親子が見知った顔だったのが意外だったようであり、


「ええ、そうよリーネル。ミナはアルトさんに助けてもらったのよ。彼が娘を牛悪鬼から守って洞窟まで連れてきてくれたの」


「へえ、そうなんだ。アルト、私のとこに来る前にそんなことしてたの。」


「リーネルも、ありがとう。あなたも村を救ってくれた人だもの。私は感謝しているわ。」


「えへへ。いや、そんなそんな、セシルさん。大袈裟だよー」


「いいえ、決して大袈裟ではないわ。ほら、ミナもリーネルに、ね?」


「うん、ありがとうリーネルお姉ちゃん」


「うんー!ありがとう、ありがとうミナ!可愛いのお、お前は、よしよしよし!」


 ポツリと頬を赤らめながら告げたミナ。その様にときめいたリーネルが娘の頭を撫でる、撫でる。

 ミナが抵抗しないこともあり、彼女はとても満足げだ。


「アルト、これだよ、これ。このくらいアルトも素直になれ!」


「却下」


「ミナ!ミナ!もっかいリーネルお姉ちゃんって呼んで!」


「……ん、リーネルお姉ちゃん、ありがとう」


「アルトも呼んでいいよ!はい、リーネルお姉ちゃん!」


「却下」


「もう、いけずぅ。ミナ!リーネルお姉ちゃん!」


「…リーネル、お姉ちゃん」


「ありがとぉ!」


「むぐっ」


 呼び名に飢えているリーネルは、小さな子から姉呼ばわりされて喜色満面な様子だ。

 思わず、ミナに思いっきり抱擁している。思いがけないことでミナが苦しそうだ。


「あはは、相変わらずね。リーネルは」


 と、そんなやりとりを微笑ましく見ながらセシルが口に手を当ててそう告げる。

 その彼女の言い草からアルトは目を歪めて嘆息し、


「相変わらずなのかよ。こいつのこのザマは。」


「そうね。リーネルは元気のいい女の子。ミナもよく遊んでもらってるわ。」


「遊びが過激になってるぞ。」


 力いっぱいミナを抱擁し、リーネルは満足げな様子。

 だが反面、抱かれている少女の方は「んむー」となけなしの声を発している始末だ。なんなら今のミナの籠った声音は救難信号にも聞こえる。


「そーんな心配せんでも世話ねえよ。アルトやん!

子供は元気いっぱいなのが一番!そして、元気になるには、飯を食うのが一番だ!何やってんでい!早く飯食えや!こっちのもてなしが受け取れんのかあ!てめえは!ひっく。」


 と、そこへ顔を赤らめた酒豪がバラバラな声音で口を出してきた。


「なんで、最後キレてんだよ。あんたは酒飲みすぎだ。フラフラじゃねえか。」


「あぁ、タックさん。こっちで休んでください。ミナ、ちょっとこっち来て」


 なぜか怒号を発し、その勢いのせいでフラリと体をよろけさせたタック。その様を見かねたセシルが心配げに彼の老いた体を支えながら座れる場所に連れて行く。ミナもリーネルの捕縛から抜け出し、タタっと母親について行った。


 二人の親子が酒臭いおっさんを介添えしそこから離れたため、一人になったアルト。

 だと思ったが「んー」と背伸びをしながらリーネルがこちらにやってきて、


「あぁ、堪能したー!やっぱ小さな子って可愛いなあ。柔らかいし、ぐへへ。」


「汚ねえ。発言が汚ねえ」


「もうちょっと、抱きついておきたかった。アルト、抱きついていい?」


「それした瞬間、焼いた肉をお前の目玉に突っ込む」


「脅しが具体的だあ!」


 目を見開いたリーネルの驚嘆にアルトは適当に睨んで応じる。


 それからアルトは周りに目を向けて村人たちの和気藹々としている様子を見た。

 それぞれの場所で老人や若い夫婦、小さな子供などが仲良さげに話しあって、駄弁りあっている。

 燃え盛る炎を中心として食に手を運ぶ村人たちの表情は全員が全員一人残らず満面な笑みを浮かばせていて、


「…どったの?アルト」


「………いや」


 前に映る光景を見て、アルトは少し黙りこくる。

それからキョトンとした彼女の顔を横にして、周りの様子に目を向けたまま小さく口を開き、


「俺は人の命を救ったのかって思っただけで」


 空白の間を置いて、アルトはまんま思ったことをそのまま口にしてそうこぼした。


 正直彼にとって、あの炎の夜、人の命を救ったという実感なんて湧いていなかった。

 牛悪鬼と戦っている時はただ倒そうと必死になっていただけだったのだ。言うならば、それは魔物を倒さなければならないという騎士団に勤めていた時に培った一種の義務感によって刀を振るっただけのこと。アルトにとっては単なる当たり前の行為であったのだ。


 しかし、今、目の前で談笑し合っている者たちを見て、自分が成したことを尠くも実感する。


 もしかしたら彼らは、アルトが牛悪鬼を倒さなければ死んでしまっていたかもしれない人達で、


「そうだよ。アルトは多くの命を救ってくれた。私の命を救ってくれたし、村のみんなも守ってくれた。アルトがいなかったらもっと被害は大きかったと思う。アルトがいてくれた事で多くの人が死なずに済んだんだよ?」


「そんなん……。それはお前にも言えたことだろ?」


「ううん。私なんて全然。一人じゃ多分救えなかった。アルトがいてくれたから今、みんな笑顔でいるんだよ」


 横にいる彼に噛みしめるようにリーネルはそう告げる。

 実際、彼女は一人で牛悪鬼と戦っていた中、窮地に立たされた場面もあったほど。そんな時に駆けつけてくれた者がアルト、死の扉の前から引っ張り出してくれたのが他でもないアルトなのだ。


「本当にアルトはすごい事をしたの。感謝される事をしたし、立派なことで勇気のいる事で素晴らしい事を君はしたんだよ。ありがとね、本当に。私の命を救ってくれて。村を救ってくれて。村のみんなを救ってくれて。本当に本当にありがとう」


「…………」


 自身の中にある心の丈をリーネルは一心に告げる。


 そんな彼女の感謝の意を真正面に伝えられたアルトはどうにも言葉を返せなかった。

 

 王宮にいた時は多くの賛辞を耳にしたことはザラにあった。多くの国民から拍手喝采され、称賛の言葉を聞いたことはある。


 しかし、こうも一人の人間から「ありがとう」という思いの丈を一心に伝えられたことは彼にとって初めてのことだった。

 彼女の声音が、言葉が、柔らかな目線が心の中に溶け込んでいき、温かくジンワリとものが体の中に湧き出てきた。心地良く、それにこんな真正面から気持ちを伝えられたことで少し小っ恥ずかしさもあった。


 タックのおじさんから「ありがとう」と言われた。

 セシルさんから「ありがとう」と言われた。

 ミナから「ありがとう」と言われた。

 

 それらの言葉がアルトの脳裏に焼き付く。

 彼らの温かなその言葉が心の底に強く、強く刻まれた。


「感謝されるってのは……ありがたいことだな。俺は間違ってなかったって、思える」


 軽く頬をかきながら、アルトはそう言葉をこぼす。

 そんな彼を見たリーネルは、軽く笑みを浮かばせて、


「そんなこと…アルトにありがとうって言うのは私の本心だもの。私はただそれを伝えたいだけ。ここにいるみんなもそう。」


「ありがとなリーネル。俺に感謝の気持ちを伝えてくれて、多分その言葉で俺は助かってんだ」


「ううん。全然、何回でも言ってあげるし、何回言っても感謝しきれないくらいだよ」


「そうか、」


 そう言葉をこぼし、アルトはただ微笑んだ。微笑んで、感謝されて嬉しいという感情を表情に浮かばせた。

 褒められて嬉しかった。ただ嬉しくて頬が緩んだ。


「飯、………食べさせてもらっていいか?まあ、腹が減ってだな」


「うんうん、どうぞどうぞ。どんどん食べてくださいな」


 嬉しくて、笑って、アルトはただお腹が空いたと言う。その今の彼の表情には固さなどはない。無邪気で子供らしく「ご飯が欲しい」とただただそれだけの要求。

 リーネルはそれを聞き、何よりも嬉しそうに笑ってそれに応えるのだった。














ーーーーーーーーーーーー


「それで、アルトさんはイルエス王国の人なんだ?」


「あぁ、そうだな」


「おぉー!じゃあ、アルト兄ちゃんはそこで剣とかビュンビュン振り回してたのか!」


「毎朝、素振りは欠かさなかったな」


「アル坊や口を動かすだけでなく、飯を口に運べよな。まだまだ沢山あるけえのぉ。」


「そんな食えねえよ。ばあちゃん」


 炎の前の座席に座り、淡々と口を開くアルト。今の彼の周りには多くの村人たちが集まっていた。


 村の救世主の顔を見たいと、一人話しかけてきたのがそれの始まり。一人、二人と次第に増えていき、あれよあれよと言う間にアルトの周りは様々な村の人たちで賑わっていた。

 一番驚いたのは、老婆が地に額をつけて感謝の意を表した土下座だ。「もういいから、やりすぎだから」と必死にアルトは声をかけたのだが、老婆は「こんなもんじゃ足りゃせん」と泣きながら顔をあげなかった。

 なんとか、他の村人たちの説伏もありどうにか納得してくれたが、老婆はあれも食ってくれこれも食ってくれと続け様に言ってくる始末。


 それから村のわんぱく坊主だったり、村の外のことについて興味を持つ若者なども集まったりしてきて、アルトはそれらの相手をしながらかなり時が経っていた。


「んあ?そういや?」


「…?どうしました?アルトさん」


 と、村の者たちと談笑し合い、焼かれた肉や野菜などを口に頬張っていたアルト。そんな彼の頭の中で詳らかでないことが浮かんだ。

 若者がそんな様子に首を傾げる。それに「いや、まあ」と応じて、


「そういやさ、村のみんなここにいんのに、長老の姿が見えねえんだが。あの白髭の爺さんどっか行ったのか?」


 洞窟で出会ったこの村の長老と名乗ったあの老人。リーネルの祖父らしいがその人の姿が見当たらない。

 村全員がこの場にいるというのに、長老だけいないとはいささか訝しく思うのだが、


「あぁ、オーベウさんか?多分、ちょっと離れたとこにいるんじゃねえかな。あの人、静かなとこ好きなんだよ」


 すると、そんなアルトの疑心に応えるように一人のおっさんがそう告げた。


 それを聞き、アルトは「そうなのか?」と応じる。だが、次いで彼は再び眉を顰めて、


「あれ?そういや、リーネルのやつもいねえな」


 ふと、アルトをこの場に連れてきた張本人、天真爛漫な彼女の姿も見えないことに気づいたのであった。
















ーーーーーーーーーーーーーーー


 炎を中心に賑わっている場所から少し離れた地。

 森の入り口付近で一人の老人と赤髪の少女が相まみえていた。


「リーネル。話というのは何じゃ?」


「うん、あのね、おじいちゃん」


 老人オーベウが実の孫娘に問いを投げる。

 その老人の眼差しに鋭さなどは全くない、柔らかく朗らかでどんな言葉でも受け入れてしまうような優しい目つきだ。

 

 祖父に見つめられたリーネルは胸に手を持っていき、ふうと一息息を吐く。心を落ち着かせて、頭の中を整理する。

 それからオーベウの問いに応じるようにリーネルは徐に口を開いた。


「やっぱり私、お父さんの意思を継ぐよ」



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